王都

 ガニメッド王国、王都アルタイル。

 その下町にある宿屋兼食事処の一つ、「烏たちの巣」。

 1階に厨房とテーブル席、2階部分が宿の客室、裏庭に風呂が設置されている。

 宿屋のランクで言えば中の下でありながら、風呂と言うサービスを提供している珍しい宿。

 それゆえ初心者から中堅者の女性冒険者に人気であるが、一人当たりの利用可能時間が短く設定されていることから宿名を付けられた不名誉な宿でもある。


 一週間後、スラムで悪漢たちに追われていたアン&アール姉弟はその宿屋の厨房に住み込みで働いていた。

 あの後母の遺体を埋葬し、恩人の紹介により身元も保証できない身で働かせてもらっている。喪失感はあるものの立ち止まることがなかったのは、この世は元々そういう世界だと理解していたからだろうか。


 時刻は朝から働いていた者たちが一仕事終えて朝食を摂る頃、まだ仕事に慣れない彼女達からしたら、この時間帯は一日で3番目に嫌いな時間である。

 同じ理由で2番目は昼食時、1番目は夕飯時である。

 姉であるアンはテーブルの間を行ったり来たり、弟のアールは厨房で食材の仕込みを手伝っている。


 そんな中欠伸をしながら階段を下りてきたのは、2人を袋小路から救った小さな英雄。王都で有名になりつつある冒険者であり、路地でぶつかりそうになった銀髪の少女だった。


 簡素なレザ―アーマーとナイフという最低限の装備した彼女は、いつもこれくらいの時刻に降りてきて、仕事場である王城に直行するのだ。

 まだ開ききっていない瞼を擦りながら、ついさっきまで寝てました、と言わんばかりの様相で厨房のカウンターにやって来る。

 アンはいつも通り、肉と野菜を挟んだバケットと果実水を入れた籠を一回り小さい恩人に手渡す。


「おはようございます、ルナさん。これお弁当」

「お! サンキュー」


 前日の内に注文しておいた弁当を受け取って出勤するのが彼女のルーティーンだ。

 ルナが有名な理由の一つとして、冒険者でありながらガニメッド王国の第3王女に雇われており、半分近衛騎士のような役割が与えられている点がある。


 だが一番の理由は、彼女の美貌によるところが大きい。

 日焼けしたような褐色肌は健康的な印象を与え、バランスの良い体形・容姿と相成り、目を擦る仕草や、寝ぐせの付いた髪でさえ様になっている。

 そして彼女の後を引く少女特有の淡い甘い香りがまた、男女問わずクラクラさせているのだ。


 主にソロで活動している冒険者だが、どこかのパーティに交じった時には小動物のように可愛がられることもしばしば。

 ソロで活動していることからも、ルナ本人の能力も当然ながら高い。前・後衛どちらに置いても期待以上の役割をこなし、どうやっているのか索敵などの斥候まで行える。

 唯一の弱点は、身体が小さいが故にあまり大きい荷物を運べないことくらいか。


 そんな優秀な冒険者ちゃんが誰彼構わず愛想を振りまくものだから、同年代の男子たちが初恋と思春期を爆速で迎え、ファンクラブまでも出来上がっている。


 彼女自身はと言うと、多少自分の容姿に自信はあるものの、軽く微笑みかけるだけで卒倒する人間がいるほどとは気付いていない。

 精々が村の看板娘くらいの認識だった。


「それじゃ、行ってきます~」

「はい、いってらっしゃい!」


 そういってルナを見送るのが、アンの日課にもなっていた。

 そんな彼女は今日も無邪気に、テテテー、と可愛い足取りで王城に向かう。



――



 王都アルタイルの中心にそびえる白亜の王城。

 馬車などが入る大きい正門の脇にある衛士用の扉から入り、控えている守衛に挨拶をしながら、第3王女の私室に向かう。

 廊下は豪奢なレッドカーペットに所々調度品が置かれており、その豪華さがそのまま国の力の強さを示している。

 道順は慣れたもので、守衛の幾人かとはすでに顔見知りだ。

 本来傭兵という立場であれば、城内部の人間からは煙たがられるのが普通だが、ルナを見る目が優しいのは彼女の容姿によるものか。

 そこに性的嗜好が混じった視線がないところは、流石は城を警備するエリートなだけはある。

 途中から衛士よりメイドの方が多くなり、そういうエリアに入ってから数回ほど角を曲がると目的の王女の私室がある。

 王城の中で第3王女の寝室とは別に、客人を相手にする際によく使うため、その内装や装飾を好みに改装した一室である。

 白を基調に金色の彫り物がしつらえてある扉を軽くノックすると、扉が少し開き、隙間からメイドがルナの姿を確認してから主に来客を伝えるため一度引っ込む。

 この間が毎回もどかしいが、流石にこれくらいは弁えないと、王女のお気に入りだろうと誰かに背中から刺されそうなので、大人しく待っている。

 しばらくして扉がゆっくりと開き、ようやく室内に入る許可が下りる。

 ルナと入れ替わるようにメイドは退室し、部屋にはルナと第3王女の2人きりになった。不用心と思われる状況だが、それだけお互いの信頼関係とルナの特異性を示している。


「おっすー。超絶可愛い美少女ちゃんがご出勤ですよ~」


 片手を上げて気軽に挨拶をするルナ。

 およそ王族にしていい言葉使いではないが、この場にそれを咎めるものはいない。いるのは薄い緑色のドレスに身を包み柔和な笑みを浮かべて、中央にあるソファに座る金髪の女性。


「ごきげんよう」


 ソファに合わせて低く設計されたぶ厚いテーブルに、まだ湯気の立っている紅茶を置きながら挨拶をする。彼女がガニメッド王国の第3王女、アングロ―ビー・デューレ・ガニメッドその人で、ルナと同じ転生者でもある。王女という恵まれつつ複雑な環境に転生した彼女は、転生した際に獲得したスキルで更なる地位向上を目指している。

 ルナは緊張した様子もなく向かい側にある椅子に座り、用意されてあった紅茶を一口飲む。


「こちらが依頼の報酬です」


 カチャリ、と軽い金属音のする小袋を机に置く。

 軽いといってもそれはあくまで重さの話、中身がどれほどの価値を持つのかといえば、一枚当たり100万円程の価値がある白金貨だ。

 中身の枚数をチラリと確認してから懐にしまう。


「言われた通り全員のして衛士に渡したけど、結局アイツら何だったんだ?」

「ただのゴロツキですよ。近々スラムを洗浄するので、その前準備みたいなものです。単騎であれらを壊滅させられる兵が今まで手元に居なかったというのもありますが」


 聞きはしたものの、さほど興味もなかったルナは紅茶とその横に備え付けられたクッキーを貪っている。


「今度は私もスラムに赴くので、貴方にも同行してもらいます」

「あ、そういえば俺近々旅に出ることにしたから」

「あ?」


 その言葉を聞いたとたんアングロ―ビーの動きが固まる。思わず前世での粗暴な言葉遣いが出てしまいそうになりながら、慌てて問い詰める。


「ちょっ貴方。わたくしとの契約は!?」

「契約って、ただの口約束だろ。そんな大げさなものじゃないじゃん」


 対するルナはクッキーの種類を物色しながら聞き流している。


「わたくしに恩がある筈ですわ!」

「確かにそうだけど、それ以上の働きはもうしてるだろ。命救ったり、お使いしたり、捕まえたり」

「~~っ! どこに行くつもりですか?」

「この時期ならレダ公国の船が港に着いてるだろ? そこに行こうと思う」


 レダ公国。

 歴史は浅いがガニメッド王国と並ぶ列強の1つであり、技術革新の中心にある国。

 そう称される由縁がレダ公国の船にあるのだが……


「……あそこの入国には特別な手形が必要ですわよ」

「にっひっひ。実は今回の仕事で別の闇グループとつながりが出来てな。金を払えば公国まで渡してくれるらしいんだよ」


 いやらしい笑みを浮かべながら貰ったばかりの小袋を揺らして見せる。

 綺麗な顔立ちをしていてよくもまあ、そこまで欲にまみれた表情ができるものだ、と心の片隅で感心ながら今の発言を吟味する。


「胡散臭ぇですわ」

「最初はそう思ったんだけどな。俺に嘘つくのが無理なのは知ってるだろ?」

「…………確かに」

「というわけで、近日中に王都を出るから。あ、これは友達との約束でもあるから、止めても無駄だぞ」


 友達との約束。

 彼女を拾った際の事情を知っているアングロ―ビーは、それがどんな意味を持つのか理解しているため、これ以上は追及できない。


「ええ、分かりましたとも。ただ最後に一つだけ、依頼したいことがあります」


 げ、と乙女らしからぬ声を漏らすルナを無視して続ける。


「王都から東に進むと森があるのは知っていますか?」

「ここから2日くらいのところにあるものなら」


 そこで間違いない、と首肯するアングロ―ビーに、何となく嫌な予感がして顔をしかめ始める。


「そこに巨人が現われたとの報告があったので、調査をお願いしたいのです」

「巨人~?」

「安心してください。巨人はすでに討伐済みです。ただその巨人の特徴が、貴方の育った街シルミウムを壊滅させた魔物と関係がありそうなので」

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褐色銀髪美少女受肉おじの異世界旅行 モルモル @molokyu

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