褐色銀髪美少女受肉おじの異世界旅行

モルモル

第1話

 どうしてこうなった。どこで間違えていた、どうすれば良かった。

 もう何度したかも分からない自問を繰り返しながら、陽の差し込まない路地を走っていた。

 まだ7つにもならない弟の手を引いて、たまに振り返り追手の存在を確認する。


「急いで!」


 後ろをついてくる小さい影をそう急かすも、血の滲んだ足を見ればそれが酷であることは明らかだ。

 着の身着のまま裸足で飛び出してきてしまったため靴も履いていない。

 そんな状態で足も止めずに、痛みに耐えながら走っている。

 姉の足も同様に血にまみれていたが、事の重大さゆえに切迫した頭が痛みを処理しないでいる。


 思えばアタシたちの行きつく先は生まれた時から決まっていたのかもしれない。

 少しばかり早いか遅いかだけで、このゴミ溜めに生まれ落ちた段階でどこにも行けないまま、ここで生きてここで死ぬんだ。


 そんな諦めにも似た感情が頭をよぎった時。


 フッ、と路地の陰から人影が飛び出してきた。

 注意していなかったわけではないが、元々入り組んでいてまっすぐ進んでいるかも分からなくなる迷路のような地形だ。

 それに加えこの暗さと狭さ、見落とすのは当然と言えよう。

 ぶつかる、と気づいた時には遅く、この傷だらけの足で急制動を掛けられるはずもない、そのまま人影に突っ込んでしまった。

 ところが人影はスルリ、と不思議な動きで身を躱し、結果的に前を走るアタシが1人で足を縺らせ転ぶという惨めな結果になってしまった。


「――つぅっ!」

「……ごめんなさい、大丈夫だった?」


 頭上から優しく声が掛かる。

 人影のものだろうか、声から判断するに意外にも少女であるらしかった。


 見上げると私を覗き込む小さな月が。否、月だと思ったのは少女の瞳だ。

 フードを被り、路地の暗さと相成って顔はほとんど見えなかったが、金色の瞳がこちらを心配そうにのぞき込んでいるのがわかった。

 うっすらと見える輪郭は整っていて、打撲による骨格の歪みや、できものによる歪さは見受けられない。何よりフードの端から垂れる銀髪のツヤが、健康状態の良さを物語っていた。


 きれいだな、と銀髪金瞳の少女に対する素直な感想を口に含みながらも、すみません、とだけ答え弟を引っ張っていった。

 後ろから呼び止める声が聞こえた気がしたが、生憎こちらは命にかかわる緊急事態なのだ。

 あんなお嬢様のような人物にに構っている暇はない。

 しかし、あれだけ身なりの整った人間が何故フードなんかを被って裏路地に? などと、どうでもいいことを考え付く頭を振って、追手から逃げきる事だけを考える。



――



 アタシたちは元々、王都のスラムで暮らしている普通の家族だった。

 弟が生まれた矢先に父は仕事で亡くなったが、私が大きくなるまで母が1人で支えてくれた。

 アタシが働けるようになると入れ替わるように母が身体を壊したが、それでも看病しながらなんとか生活していた。

 そんなある日、仕事から帰ると母が居なかった。

 机の上にいつも着けていた指輪と銀貨数枚を残して。

 嫌な予感がして弟に聞くと、仕事に出かけたそうだが、そんなはずはない。

 看病していたからわかる、母は働けるような身体じゃない。

 それどころか歩くことすらままならないはずだ。


 スラムには至る所に目がある。みんながお互いを監視し合い、金になる情報や物を探しているから。

 僅かな金と引き換えに情報を得て、母の居場所はすぐにわかった。


 ただし、もう手遅れの状態で。


 母はベッドに横たわっていた。

 その上には男が跨っていて手にはナイフ。

 ベッドは血で濡れていて、それがもう冷たいものだと濃い臭いが教えていた。

 アタシはとにかくこの男を母から離さないと、そう考え、それがまずかった。


 そいつはここら辺では悪い方で有名な悪党の幹部だった。

 いつも通り注意深く観察していたら、母から教わった手を出してはいけない人物の1人と特徴が一致することにすぐ気が付いただろう。

 しかし逆上していたアタシはそんな事にも気付かず、殴りかかっていた。


 その結果がこの有り様だ。

 気付いた時には奴の股間を蹴り、動かなくなった母を背負い、家である廃小屋まで連れ帰っていた。

 冷静になってみれば状況は察しが付く、おそらく母は自分の死期を悟って身体を売ったのだ。

 女としての価値がある身体ではなく、悲鳴を上げ血を流す玩具としての体を。

 なんてバカな事をしてしまったのだろう。


 折角母が身体を張って用立ててくれた金をその本人を探すために使い、こんな最下層の生活の中でさらに敵を作るような行動をしてしまうなんて。


 連中の社会は、ナメられたら終わりだ。

 アタシのような小娘が喧嘩を吹っかけてきたのに殴られっぱなしなんてことはあり得ない。こちらの事情を組んでくれるほどの聖人でもない。

 ならば、追手はすぐに来るだろう。

 私の素性など、それこそスラムの連中がペラペラとしゃべるだろうから。

 ――――殺される。

 それからの行動は早かった。

 銀貨とパン、母の指輪をカバンに放り込み、小屋を飛び出した。

 とはいえ子供の足では隣街まで行けないし、そもそも自分たちに行く場所など…………



――



 やがて行き止まりに来てしまった。

 この辺りはろくに整備もされておらず、増改築を繰り返したせいで道が徐々に狭くなっている。そのせいでこの先はネズミしか通れないような細さになっていたのだ。

 自分たちのやせ細った身体でもさすがにこれは通れはしない。

 向こう側は大通りだろうか、僅かな喧騒と明かりが見える。

 周りの壁はは身長の3倍以上の高さがあり、よじ登れるような突起もない。


 どうするか悩んでいる内に、背後から重い足音が響いて来た。

 それはあっという間に大きくなり、やがて路地のカーブから姿を現す。

 不幸にも足音の正体が予想を外れることはなかった。

 追って来た悪党は全部で4人。

 その中の明らかにガタイが違う1人はこいつ等のボスであり、腕っぷしでは王都の衛士でも手を焼くような奴だと聞いたことがある。

 私たちとは天と地ほども戦闘力には差があり、それはつまり万に1つも逃げられる可能性がない事だ。



 彼らは追い詰めた私たちにゆっくりと歩み寄る。



 そんな彼らの背後からもう1人姿を見せた人物がいた。

 マントとフードを目深に羽織っているせいで、見えているのは足首と顔だけだ。

 その風体に見覚えがあった。

 ついさっきぶつかりそうになった少女だ。


「――おい、なんか用か。お嬢ちゃん」


 ――失せろ。という言外の威圧を込めて詰め寄るも、マントの少女は微動だにせず、突っ立ったままだ。

 あるいは動けないのか、彼らはスラムでは知らない者はいないくらいに名の通ったゴロツキだ。

 強姦、強盗、殺人、等々犯罪と名の付くことは大体経験済みだ。

 体からは暴力の匂いしかせず、二回り以上体格の違う男からすごまれたら、大抵の人間は委縮し身体が硬直してしまうのも無理はない。


 男も同じことを考えたのだろう。

 少女を転ばせてビビらせようと、あるいはそれ以上の危害を加えようと。

 顔を握り潰せそうな手を、彼女に伸ばす。


 自分たちに同情しているだけならば逃げてくれ、これから起こるであろう胸糞悪い景色を想像しながら少女に願った。

 ところが、現実には男の手は少女に届かず、代わりに伸ばした腕の下からナイフが突き出てきた。

 彼女がマントの下で抜いたナイフを男の腕に突き刺したのだ。

 少し呆けた後に響く絶叫。

 後ろにいた取り巻き達も事態を飲み込めずにどよめいている。


「私も、アンタらに用があるんだよね」


 先程アタシを心配してくれた声とは思えないほど、冷徹で感情がなかった。

 グニィ、と捻りながら引き抜かれるナイフ。

 傷を悪化させないために、すぐに腕を引かなかったことが仇となった。

 夥しい量の血が流れる男の左手は、残念ながらもう使い物にならないだろう。在ったとしても犯罪以外に使うことはないだろうが。


「ずいぶん手広くやってたそうだが、やりすぎたな」


 少し男っぽい口調で呟きながら、ナイフを構える少女。


 痛みに激昂しもはや言葉など耳に入らなくなった男は、大砲のような蹴りを少女の顔面にぶち込んだ。

 並の人間ならば、一撃で頭蓋の破裂か、よくても顔のパーツが醜くなることは避けられないだろう。しかしこれもまた、その場の誰も予想していない結果になった。

 少女のしたことは単純、その場にしゃがんだ、ただそれだけである。

 それだけだが、先程に続きその行動は男の意表を突いた。


 奇妙だ。

 確信はないが、奇妙なことが起こった。

 アタシは彼女の敵意の範囲外にいるからこそ、冷静に気付けたのだろう。

 マントの少女、蹴りが繰り出される前に、しゃがんだような。


 彼の脚がとらえたのはマントのみで、本体である少女は股下を潜りながら両脚の腱を切り裂いているところだ。

 これで右手に続きまともに歩くことも出来なくなってしまった。

 自分たちの中で一番の戦闘力を持つであろう人物が、瞬く間に斬り伏せられたことにより、他の3人は動揺を隠せないでいた。


「……こっ、このガキを殺せぇぇぇぇぇぇぇ‼‼」


 大男の怒号で我に返り、次々に得物で襲い掛かる。

 同時にマントを脱いだ少女も男たちに向かって走り出す。

 銀に濡れた髪は僅かな陽光を反射して、それそのものが輝きを放っているかのよう。

 照らされた顔は、金瞳を爛々と輝かせながら不敵に笑う。



――



 数回の剣戟の後。

 立っている者は1人。


 アタシは生まれてこのかた神様と言うものを信じたことも無ければ祈ったことも助けを求めたこともない。

 しかし、今目の前に広がる光景を見て、神に感謝せずにはいられなかった。

 奇跡を起こす存在、人ならざる存在、そんなものが眼前に降り立っている、そう感じた。

 

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