💧 最終話 涙 💧

 サイの日常はポップだ。


 目が覚めると外は雨だったが、気持ちはすこぶる晴れやかだった。

 ベッドから起き上がり、着替えをすると姿見の前に立って服装をチェックする。


 「やることはやったし、さて、次は何をしようかな?とりあえず、アメリカに戻ろうか」


 時々日本に戻ってアヤの様子を見にこよう。そして、幸せに暮らしてるかを確かめよう。

 

 「生田、もしアヤのこと泣かせたらこの世から消す……」

 

 そんなことを呟きながら、髪をポニーテールに結ぶ。


 自分のために命を差し出す覚悟だったろうアヤの決心は、ある意味魂を手に入れたことと同じように思う。もう、それだけで十分だ。

 この先また生まれ変わったとしても、無理に自分を思い出さなくてもいいとサイは思っていた。

 あれほど海に戻りたいと思っていたのに、自身の魂の消滅を恐れていたのに、それより今はアヤの方がずっと大事だった。


 (たとえこの先、自分がどんな運命を辿るとしてもきっと後悔はしない)


 鏡を見ながら、サイは不思議なことに気がついた。

 自分の目から溢れるものは何?この温かいものは、涙?


 それは、サイにとって初めてのことだった。どんなときも、コウが死んだ時でさえ涙など流したことはない。いつも明るく、軽やかに生きてきた。涙とは無縁の生き方をしてきたはずだ。そしてそれは、感情豊かな人間だけのものだと思っていた。

 サイは頬を伝うそれをそっと指先で触れてみた。

 アヤが流した涙と同じ感触だった。

 サイは少し口角を上げて微笑むと、涙を拭って部屋を後にした。



 耳にイヤフォンを差し込み、スマホからお気に入りの洋楽を流す。それから玄関の取っ手に手を掛けて勢いよく開けた。

 玄関を出て扉が閉まり、サイの後ろでガチャッと施錠音がする。

 サイは背筋をシャンと伸ばして、ゆっくりと歩き出した。



        「人魚の約束」完

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人魚の約束 藤沢 遼 @ryo-fujisawa

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