こんなに不幸なのに救われないのはおかしい!

ちびまるフォイ

自分でいられなくなるという不幸

「はぁ……なんで私ばかりこんな目に……」


友達はみんな何をやってもうまくいく。

なのに私は何をやってもうまくいかない。


外に出れば雨が降るし、店に入れば注文も無視される。

道路を歩けば自転車にひかれそうになり、電車は私のときだけ遅延する。

私が操作するたびにパソコンはショートするし、スマホはすぐ割れる。


不幸の神様がいるなら確実に配分を間違えている。


「こんなの明らかにひとりぶんの不幸じゃないよ……」


「お困りですか?」


下に転がる石から顔を上げると、営業マンが立っていた。


「はぁ……また私ばかりこんな目に……。

 なんですか? 幸運の数珠ですか?」


「いえいえ。僕はただのしがない保険販売員。

 あなたがみるからに不幸だったので声をかけたんです」


「そのとおりですよ。私は何をしても悪い方向ばかり。

 何もしなくても不幸になるからもうホント地獄です」


「でしたら不幸を保険適用しませんか?」


「はい?」


「あなたが不幸な目に合うたびに、

 私どもから保険金をお渡ししますよ。

 そうすればいかに不幸な目でも多少はいいでしょう?」


「……たしかに。そうかもしれない」


精神的にまいっていたのもあるが、不幸保険にあっさり加入を決めた。

不幸保険にはいくつか種類があるようで何でもかんでも不幸をカバーできるわけじゃない。


「じゃあ、この不幸と、この不幸保険に入ります」


「かしこまりました」


不幸保険の翌日。

その日はちょうど私の誕生日だった。


カーテンを開けると気分が落ちるようなどんより空模様。

激しい雨風が窓にたたきつけて今日の気分を台無しにしてくれる。


「はぁ……私って、なんて不幸なんだろ……。

 もうこの世界そのものに誕生を喜ばれてないんじゃない……?」


仕事もあるので外に出ると、道路を走る車が水をぶちまけた。

撒き散らされた泥水は私の全身を余すところなくずぶ濡れにした。


「どうせこんな目に会うと思って……ん?」


スマホに通知が届いた。


『不幸保険対象の不幸に遭いましたね! おめでとうございます!

 不幸保険金をお口座に振り込ませていただきました!!』


「あ、そういえば不幸保険入ってたっけ」


普段ならこのまま道路に飛び出して死んでしまいたくなるが、

不幸保険金が入ったことで後ろ向きな考えはひっこんだ。

お金の力ってすごい。


会社につくとイライラしている上司が仁王立ちで待っていた。


「なんで遅れたの?」


「実は……ここへ来る途中で車に泥水をかけられて

 さすがにそのままくるわけにもいかず、途中で着替えていたら遅れました」


「はぁ……あなた社会人としての自覚がないわよ。

 だいたいね、くどくどくど、くどくーど、せやかてくどくど」


「なんで私ばかり……」


上司のねちっこいパワハラを聞き流しながら、

もはや定番となった私の十八番「なんで私ばかりの歌」がはじまる。


と、そのときまた通知が届いた。


「あなた! 人が注意しているときくらい電源切りなさい!」


「すみません! まっさきにここへ来たもので!」


チラと見た通知にはまた不幸保険と書かれていた。


『不幸保険対象の不幸に遭いましたね! おめでとうございます!

 不幸保険金をお口座に振り込ませていただきました!!』


その後の上司のメンタル攻撃は続いたが、

頭の中は不幸保険で何を買おうかばかり考えてハッピーだった。


ランチになるといつもよりちょっと豪華なものを選んだ。


「不幸保険ってもう最高!」


「午前にめっちゃ叱られてたのに、すごく嬉しそうだね」


「今まで不幸に泣き寝入りするしかなかったのに

 不幸保険があるおかげで前向きに考えられるようになったの!」


「ふーーん。それより、肩になんかついてるよ?」


「……え? きゃああ! と、鳥のフン!? 最悪……」


落ち込みついでに条件反射でスマホをチェック。

しかし、今度はなんにも通知が来ていない。


「あれ? なんで? 不幸なのに保険が……」


頭の中で申し込んだときの対象不幸リストを思い出した。

私が申し込んだプランには鳥による糞の空爆による不幸は対象外だった。


不幸保険が適用されないと、

この不幸をなんの見返りなく受けるしかなくなる。


「もう最悪!! なんでこんな目に遭うのよ! ひどすぎる!」


私は会社を早退して不幸保険会社へと直行した。


「ここにある保険ぜんぶに加入します!!」


「ぜ、ぜんぶですか!?」


「不幸な目にあったのに不幸が補償されないのが嫌なの!」


「こちらとしては問題ありませんが……」


私はありったけの不幸保険へと加入した。


もうどんな不幸に見舞われたとしても

かならず不幸保険がよりそって不幸をやわらげてくれる。


その日から私は大きく変わった。


タンスの角に小指をぶつけても。

付き合っていた恋人からフラれても。

録画していたドラマが中継延長で録画されなくても。


「不幸最高! ありがとう不幸!!」


もう落ち込むことはなくなった。

どんな不幸があっても私はハッピー。


そんな変化を間近で見ていた友達は驚いていた。


「なんか最近変わったよね。エネルギッシュっていうか」


「そう?」


「前はなにか新しいことに挑戦する前には

 "どうせうまくいかない"って言っていたじゃない」


「どうせうまくいかなくてもいいって、

 最近思えるようになってきたの!」


「そ、そうなんだ」


「それより、なにか私に向いてないようなこと、ない?

 私が不幸な目に遭うようなことってない?」


「なにを求めてるの!?」


友達からはポジティブドMというレッテルを貼られた。

私はただ日々の不幸保険を稼ぎたいだけなのに。


ありったけの不幸保険をハシゴしまくっているため、

日々の不幸保険維持量もバカにならない。


もっと不幸な目にあって稼がないと割に合わない。

不幸な目に遭わない日のほうが収入がないぶん、不幸だ。


「どこかに不幸ないかなぁ」


私はわざとミスを繰り返して上司に叱られるようになった。


「なんであなたは毎回同じ場所をミスするの!?」


「はぁ」


「はぁじゃないわよ!! ちゃんと聞いてるの!?」


「いや、あのもう不幸になったんで、それ以上はいいです。

 私ほかの不幸を探さないといけないんで」


「このっ……!」


もはや天の恵みを待つように不幸が訪れるのを待っていてはダメ。

積極的に自分が不幸になるように動く必要がある。


幸せは歩いてこない。不幸は走っても来ない。


週末、友達が家に来たとき部屋を見て言葉をなくしていた。


「ちょっとなにやってるの!? この部屋なにもないじゃない!」


「生活が不便なほうが不幸になれるでしょう?」


「そういう問題じゃ……ワタシとの写真は!?

 学生時代の卒業アルバムは!?」


「捨てたよ。すごく辛かった。でも不幸保険がたくさん入ったから」


「そんな……おかしいよ……」


「どうして? なにがおかしいの? 私は前向きだよ。

 こんなにハッピーなのにどうしておかしいの?」


「もう……こんなのありえない……」


友達は私を見限って去ってしまった。

十年来の大切な親友が離れるのは不幸だった。


私はすぐにスマホの通知を待つ。


「はやく不幸保険が来ないかなぁ♪」


届いたのは通知より先に電話だった。


『もしもしご遺族の方ですか!? 実は……』


病院にいくとすでに両親の顔には白い布がかけてあった。


「申し訳ございません……手は尽くしたのですが……」


医者は顔をうつむいて重い口調で話している。


「大変な不幸で非常に辛いことだと思います。

 ですが、ご家族のぶんも生きてほしいと思って……」


私の顔を見た医者が言葉を飲む。

両親の遺体を見たときに思わず嬉しくて顔が緩んだ。


「こんな……こんな不幸が私に来てくれるなんて!

 お父さん、お母さん。本当にありがとう!

 不幸をくれたおかげで、私こんなに幸せだよ!」

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