七夕だけど後輩が部屋に居る
海ノ10
まぁ、七夕とは言ってもあんまり関係ないよね
「七夕とか毎年世間が騒いでましたけど、今年はみんな七夕で盛り上がるどころじゃないですね!」
「まぁ、新型ウイルスとか騒がれてるからね。なんかソーシャルディスタンスとか三密とか気にせずに僕の家に入り浸ってる後輩がいるけども」
「なんの話してるんですか、先輩?」
「目の前にいる女子の話」
僕のベッドの上に勝手に寝そべってエアコンの風を独占している後輩は、僕のそんな嫌味を込めた言葉を無視する。
「まだ梅雨ですけど、きっと冬とかまでこんな感じで続くんですよ。するとどうなると思いますか?」
「知らないけど」
「なんと、あの
「今年の不謹慎オブザイヤーは君で決まりだね。とりあえずウイルスの流行を喜ぶのをやめようか」
「自粛自粛って言われて気が滅入っているのに、自粛の好意的解釈すら許されないんですかぁ?」
「うん、とりあえず君は
家に来ている段階で自粛もクソもないだろうに、この後輩は何を言っているのだろうか。
退屈な気持ちもわかるが、僕が一人で元気に過ごしているというのに、なんで邪魔しに来るんだろう。彼女には友人がいっぱいいるはずなのに。
「い、や、で、す~。だってこの家暇つぶしのものたくさんあっていいんですよ。課題とかでわからないとこあったら先輩に聞けますし」
「僕を何だと思ってるんだお前は」
「性能のいいスマホ」
「よし、お前そこに正座しろ」
勝手に人の家に押し入っておいて、人をスマホ扱いするとは許せん。いくら見た目がいいからって、何でも許されるほど世界は甘くないのだ。
「正座って――まさか先輩、わたしが正座の体勢になる時にスカートの中身を見ようと――」
「するわけないだろ馬鹿が。興味ないわ」
「本当ですか?
……興味あるなら、先輩になら見せても……」
「えっ……」
「いいわけないじゃないですか~、ちょっと期待しました?」
「よし、お前今すぐ帰れよ」
「何でですか!?」
「自分の胸に手を当てて考えろ!」
「胸!? 先輩まさか――」
「もうその流れはいらん!
……はぁ、もうツッコミ疲れた」
ボケる側は好き勝手言えばいいので楽だろうが、ツッコミを入れる側は結構疲れるのだ。
しかもこいつボケつつ煽ってくるし。見た目がかわいくなかったら家から追い出してるところだった。
「先輩は体力ありませんね~」
「誰のせいだ誰の。
はぁ、なんで今年は七夕なのに笹も短冊もないんだ……」
「もしあったら何を書くつもりだったんですか?」
「家に入り浸ってる後輩がもっと丸くなりますように、って書くよ」
「追い出しはしないんですね~。あれれ~?」
「中身はともかく見た目はいいから目の保養にさせてもらってるよ。中身はともかく見た目はいいから」
「なんで二回言ったんですか!?」
抗議のためにガバッと体を起こして僕をジト目で睨んでくる後輩。
全く怖くない。猫に睨まれるくらいの気分だ。
「大事なことは二回言うって学校の先生も言ってただろ?」
「先輩の通ってた小学校と中学校は、わたしのところとは文化が違ったみたいですね」
「そっか。話が伝わらなくて残念だよ」
話がひと段落着いたので、僕は再び手元のラノベに視線を向ける。
ちょうどページを捲ったところで、背中から後輩に抱き着かれた。
「ちょっとせんぱーい。せっかく可愛い可愛いわたしが来てるのに冷たくないですかぁ?」
「冷たくないよ。いつも通りでしょ」
「冷たいですよ! 少なくとも付き合って二か月の彼氏の態度ではないです!」
「僕が甘くしたらしたで『先輩のキャラじゃないです!』って文句言ってたじゃん」
「そうなんですけど!
はぁ、ほんと先輩は女心がわかってないですね~」
「わかるわけないだろ? 男なんだし」
「諦めたらそこで試合終了、ですよ?
仕方ないのでわたしが先輩の代わりに短冊に書いてあげます。『先輩が女心を理解できるようになりますように』って」
「無駄だと思うけど……まぁ、書きたいって言うなら止めないよ」
「止めなくていいんですね!? そこは『自分の短冊は自分のために使いなよ』ってイケボで言うところですよ!?」
「へぇ」
「今日一番興味なさそうに言うのやめてもらっていいですか!? 今年の冷たい男オブザイヤーは先輩で決まりですよ!?」
ぎゃあぎゃあと文句を言う彼女だったが、僕は何も言わずに手元の本に視線を向けて、集中する。
短冊に書くことはやっぱり、『ずっとこの時が続きますように』にしよう。
僕は抱き着かれている背中に感じる柔らかさに神経を集中させながら、そう思った。
七夕だけど後輩が部屋に居る 海ノ10 @umino10
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