うろんな穴

かくぞう

実は先日から不思議な事が起こり始めまして。

先々週少女を殺した後、倉庫に使っている自宅傍の小屋に一晩置き、次の日山に埋めてきてからの事なんです。

いえ待って下さい。私が悪いんじゃないんです。私の家の前に何日も自転車を留め置きする輩がいて、それがたまたまその子でして、私は良かれと思ってアドバイスをしようとしただけなんですよ。こういうのは常識的に、また一般的に見てもダメな事なんですよと。ほら壁にも留め置き禁止って張り紙が見えるでしょう?迷惑だからそう書いてるんです、と。こういうのはしちゃいけないからね。今度から気をつけてね、と。

そしたら抵抗を始め、焦った私は抑えようとしてはずみで…て流れなんです。ほら私は悪くないでしょう?大人としての義務を果たそうとした結果、仕方なく起こってしまった悲しい事故なんですよ。話を聞いた知り合いの皆さんも悪くないって言ってましたよ。



話が逸れてしまいましたね。ところで私、週一で小屋の掃除もするんですが(自分の家くらい掃除するのは普通の事でしょうけれど)先週小屋の中に入った際、掃除したはずの小屋の床に自分のではない、明らかに女性と思われる髪の毛が数本落ちているのを見つけたんです。ちょうど遺体の袋を置いていた場所なのですぐわかりました。ただ其処は確実に掃き掃除をしたはずです。まあ変だなぁ…くらいにしか考えていませんでしたけども。



その時はそこまで気にはしなかったんですが、次の日小屋の入り口に同じく長い髪の毛が数本があるのを見つけました。

掃除しても掃除しても次の日、更に次の日には髪の毛が出現しているのを見つけました。てっきり被害者の知り合いがこの場所を突き止め、何らかの嫌がらせでもしているのかと思いましたが、まあ普通考えてもないですよね。私なら警察にまず一報して終わりですもの。そんな頭のおかしい人間がいるなら怖くて夜も眠れなくなってしまいます。

また話が逸れてしまいました。ごめんなさいね。そうして髪の毛は点々と出現し続け、見た感じどうやら小屋から家へと向かうように見えます。玄関から廊下へと出現するポイントが移ってきてる流れを見て「あ、これはまずいな」と思い、回収した髪の毛を持って近所で見つけた霊能力者のやる事務所へ行ってみたわけなんです。



それで行ってみたらですね、相手のサービスが悪くてびっくりしてしまいましたよ。

私は女の子の事情をある程度ぼかして相談してみたんですがその霊能者、なんと私の事を嘘付き呼ばわりし出したんですよ。「1人だけじゃない、あなた他にも恨み貰うような事してませんか」と。見た目が誠実そうな青年だったのにガッカリですよ。こういう時普通お金を出す側に気を使うもんじゃないですか。私はお客ですよ?大体どうすれば良いですかと聞いた質問の答えにすらなってない。

やはり霊能力なんてインチキなんだなと思いつつ柄にもなくイライラしてしまいましたが、まあ大人として感情は抑えていたわけなんです。我ながら偉いと思いましたね。

それで話を適当に合わせていたのですが、今度はその霊能者、私の自宅に来て確かめたいと言う。ここで気付きましたね。ははあ、こいつどうやら私の住所を突き止めた上で何やら悪い事でもするつもりだな?と。誠実そうな顔の裏にとんでもない悪を隠し持ってる奴だと。

私は正義感が人一倍強い人間ですからね。ここで気付いたのが相手の運の尽きってやつですよ。こういうのを放っておけば世のため人のためにもならない。ええ、もちろん愛想の良い返事をして家に招待した後、成敗してやりましたよ。正義の鉄槌ってやつですよね。このことをSNSでぼかして自慢したらみんな大層褒めてくれましたよ。



そっちの問題を一通り片付けた後改めて観察すると、髪の毛は玄関から廊下、廊下から居間へ、そして寝室へと出現ポイントが移っている具合だったんです。またその頃あたりからか、何故か胃の調子が崩れ出しまして。何も食べてないのに食欲がなくなったり、咳も出始めました。どうしたのかなあと病院に行ったところ、特におかしな症状は何もないと言われてしまいました。私はすぐに直感を得ましたね。ヤブ医者ってやつですよこれは。病院の口コミは高評価ばっかりでしたけど、たぶん金で雇ったサクラだったのでしょう。私の目はごまかせません。

おまけに何なら胃カメラ入れてみますかって料金上乗せしてこようとしてきたのでお断りしました。金の亡者みたいな医者です。ここで思いました。心配をする患者の気持ちも理解できないひどいやつには理解させるのが一般常識的な大人の対応ってやつだと。ですから医者の帰りにちょっとコツン、てしてやりましたよ。この話もネットでしたらみんな賞賛してくれましたよね。



まあそんなこんなで忙しい中でも咳はどんどん酷くなり、食欲もまったく失せてしまいました。何も食べてないから無気力になるし、体を動かす気力もおきないわで散々です。私が何をしたというのか?こんないたいけな一般市民を脅かして何が楽しいというのか?とその髪の毛に想いを放っても症状が治ることはなく、いつしか私は自室のソファに座りきりになってしまいました。

そのうち咳をした口から髪の毛が出てくるようになりました。長くて黒い髪の毛です。抜いても抜いても咳をする度出てきます。私の足元と履いたズボンの周辺は散乱した髪の毛が散らばって段々黒くなっていきました。食道や肺辺りにも髪の毛が内側からのっぺりと引っ付いているような感触があります。その感触が重くなるにつれて肺へ空気を送りこむのもそれなりに労力を割かなくてはいけなくなってきています。



ああーこれが死かぁ、なんて呑気に考えていたら目の前に人らしい影が出来てですね、見ると二つの大きな目ん玉が鼻の先にありました。霊能者が霊で現れるのもいつもは聞かないですし、おそらく自転車を家の前に放置していた少女の霊でしょう。その霊がテニスボールくらいまで見開いた眼球でこちらをじっと眺めてくるんです。目の奥はどんよりと濁ったダムの底みたいで、私に対して怒っているのか、喜んでいるいるのかすらサッパリわかりません。ただただじぃ…っと観察されている感じなのです。



私は私で相手を見つめ返しつつ、髪の毛だらけの呼吸も覚束なくなった喉でヒューヒュー呼吸をしながら朦朧としていたわけなんですが、ここでふとこの女の子に手をかけた際の記憶を思い返してました。

ここであれ?となりました。殺した、という記憶はあってもどう殺したかが全然思い出せないのです。死ぬ寸前だからなのでしょうか、頭が働かないからでしょうか。そういえば保管していた小屋に入れた時、袋はどこのメーカーのを使ったのかも思い出せない。でも袋を使った、という記憶はある。車で運んで山で埋めたけど、じゃあどの山に?どの時間に?穴はどこまで掘って?穴の場所はいくつ候補を考えてどれを選んだ?……ない。記憶が、ない。



私は記憶を辿りはじめました。殺した霊能者の事務所へ行くまでにかかった車のガソリン代は?殺した時の霊能者の服装は?使った凶器はゴツゴツしていたか?ツルツルしていたか?間違った診断をした医者の病院に支払った金額は?払ったあと財布にはいくら残っていた?部屋に投げた診断書は?どうにもおかしいのです。記憶がないし、凶器を使った手触りも覚えてないし、診断書をどこにしまったかや捨てたかの記憶もない。



逆に先程からゲーゲー吐いても吐いても喉に絡みつく長い髪の毛の感触の生々しさ。吐いた際に鼻腔からも多少入り込んだらしく、鼻の奥がわちゃわちゃな感触でひどい気分です。しかも微妙に動いてるのが気持ち悪い。

そういえば吐いてばかりなせいか部屋の中がツンとした匂いで充満していますが、そもそもこの薄暗い部屋から私はいつ出たのでしょう?

私は外には出かけていたのでしょうか?このツンとした匂いには胃液以外の汚臭も混じっており、より吐き気が膨らみますが、もう胃の中には出せる液体がありません。代わりに咳とともに長い毛の束が喉の奥から出てきて、下唇から垂れ、湿った毛の束の先が首元にぺたりと引っ付きました。奥歯と舌の付け根辺りが髪の毛の束で埋まり、舌は表も裏も、他人の髪が網のように絡みついています。

ズボンを履いたお尻辺りから生温かく溶解した汚物の感触がします。気持ち悪い。そして私は自身がソファに座ったまま失禁していることに気付きました。先ほどの汚臭の原因はこれだったようです。何時間か何日かはわかりませんが、私はしばらくこの部屋から動けていないのかもしれませんが、それがいつからなのか、どの位なのかが全くわからないのです。ここまできて私はどうやら思い込みだけで外に出ていたという自分の記憶を捏造していた事に気がつきました。



目の前の影に浮かぶ眼球はなおも私をじぃ、っと見続けていました。汚臭と湿気、そして脱水症状にかかった状況も手伝って、私は異常な興奮に側面の首筋が震え始めました。体を起こそうとしましたが、髪の毛が手足に絡んで動かせそうにありません。

あの思い込みをどうして覚えてしまったのか。それはこの目の前の殺めたわけではない、少女でもない黒い塊が原因であると思いました。理由も何もわかりません。ただ私に対して害意があるというのは明確にわかります。

私は叫びました。叫びました。助けを求めるためと、目の前の影への抵抗のために叫びました。叫んで、吸って、叫んで、吸って、何度も、何度も、叫んで、叫んで。吐いて。叫んで。叫んで。


ヒュー、ヒュー、と言葉にならない音でもかまわず、とにかく叫ぶと、二つの眼球が糸のように細まって影が大きくなり始めました。私は更に叫びました。叫んで。叫んで。叫んで。

叫んで。叫んで。叫んで。叫んで。


叫んで、影は大きくなって、叫んで、影はまた大きくなって、叫んでも、叫んでも、叫べば、叫ぶほど、影が、影が、影が。大きく。

私を。飲み込み。

叫んでも。

助けて。

叫んでも。

誰も。


私は。

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