天の川ひと雫
織姫と彦星は年に一度、
七月七日の夜にだけ天の川を超えて一緒になることができる。
離れて暮らす二人にとって、次に会えるのは一年後。
今時の僕等はそんなに待たずとも、
電話を掛けたりメッセージしたりと互いの心に触れ合える。
そうは言っても、すぐに会えないという事実はなかなかに辛い。
遠距離恋愛…。
田舎を後にして、東京で三年…。
年に一度とは言わないけれど、会えるのは決してそう多くはない。
だが、遠く離れた相手を思う互いの気持ちは、
年に一度きりの彦星たちの気持ちには負けてはいなかったはずだ。
そんな彼らになぞらえて、「毎年七夕は二人で一緒に…」
そう約束をしたのは三年前だった。
去年は僕に舞い込んできた突然の仕事のせいで、
二度目の七夕にして早くも約束を果たせないところだった…。
ところが今時の織姫はそうはいかなかった。
雨の七夕は、水嵩が増し、
織姫は天の川を渡ることができないが、
かささぎの架けてくれた橋の手助けなど借りるまでもなく、
自ら東京行きの新幹線、最終電車に乗って、
今時の織姫はやってきた。そんな僕の彼女…。
今年の七夕も雨になってしまった。
そんな彼女だけど…。そんな彼女だから…。
もう今年で終わりにしようと思った。
すぐに会えないという事実は、やはりなかなか辛い…。
新幹線が駅のホームへと滑り込む。
もちろん今時の彦星は、織姫に到着時刻を連絡済みだ。
席を離れ、荷物を手に降車口へと向かう。
降車扉の窓に映るホームに、僕は織姫の姿を見つけた。
「何と言おう…」ここまできて言葉に迷う…。
扉が開く…。
僕は帰郷の一歩を踏み出した。
それは決意の一歩でもあった。
「おかえり!やっと会えたね!!」
満天の空の様な笑みを浮かべて彼女が言った。
それとは逆に僕の表情は強張る…。
一瞬のうちに、その表情の変化に気付いた彼女…。
「どうしたの?」心配そうに僕を覗き込む。
僕はごくりと唾を飲み込んでから、
ゆっくりと噛み締めるように、言葉を口にした。
「もう終わりにしよう…」
「ナニヲイッテイルノ???」
そう彼女の瞳は語っていた。
もう一度、言わなければならない…。
いや、もっときちんと伝えなければならない。
僕は再び唾を飲み込んだ後、ゆっくりと言った。
「もう終わりにしよう…。
来年からは…こうして七夕の日に会うのではなく…」
そう言いながら僕は、
ポケットの中で握り締めていた物を彼女にそっと差し出した。
「ずっと一緒にいよう…」
僕の手のひらには、雨で見えないはずの…
小さな"天の川の雫"で出来た指輪がポツンと乗っていた…。
唇を噛み締めたまま彼女は暫く黙ったままでいたが、
やがて…ひと言だけ言った。だが、その言葉は力強かった。
「うん!」
僕の手のひらの上と同じように
彼女の瞳には"天の川の雫"が浮いていた…。
-了-
天の川越しの二人 宇佐美真里 @ottoleaf
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます