第8話 月が照らすは海の青(1)
学園の周りは深い森に囲まれている。サヤ達生徒の毎日は学園の城壁の中、敷地と森とを区切っている石塀の中で始まり終わる。その外側のことは、ほとんど思い出されることがない。殊にサヤは、巡礼に行ったことがないため、外側の世界が、自分でもあきれてしまうほどに他人事であった。
そんな世界を区切る城壁が今目の前で大きく穴をあけているのだった。
「おい、どういうことだよ」
渡り廊下の窓にあわてて駆け寄った『コマ』さんを横目に、サヤはまるで反応をすることが出来なかった。塀はまだほのかに砂ぼこりをあげている。ほとんど夜の闇に沈んでしまっている中ほのかに照らされている。照らしているのは、おそらく塀をぶち破ってきたと思われる黒くていかつい角張った自動車のヘッドライトだ。時代錯誤な造りの学園にあまりにもそぐわない近代的なツヤとまっすぐに伸びる光。サヤは、びしゃんと真正面から撃ち抜かれたような衝撃を受けていた。この空間において極めて異質な存在。車の周りには黒々とした人影がいくつも見えた。次々に車の後ろを覆っている
どうしたらいい。
助けを求めるように見上げたサヤの視線に気づいて『コマ』さんが息を吹き返した。
「あいつらに知らせよう。」
『コマ』さんの下した判断はとても正しいものに思えた。声はまだ出せなかったのでせめて思いきり大きくうなずいて了解したことを伝える。
「行くぞ。」
乱暴に出したばかりだった鍵をまたしまいこむと『コマ』さんはサヤの腕を掴んで走り出した。『コマ』さんにも余裕がないことが痛いほどわかった。
本館のクラス・エテール側にある教室棟を一息に駆け抜けたところで、入浴の準備を万全に整えた『カナ』と『アライ』さんに会った。二人のクラス・ソルムの寮が思ったより近くにありそうなことにサヤは驚く。正直他の寮に行こうとあまり思ったことはなかった。二人とも息を切らすサヤ達に目を丸くしている。
「やあ、どうしたの。」
口を開いたのは『アライ』さんだった。
「もしかしてそっちの方で何か大きい音がしたのと関係ある?」
「ある。」
「何があったの」
「わからん。けど、やばい。『クジラ』のところに行くぞ。」
たったそれだけで、『アライ』さんは納得をしたようだった。穏やかに首をかしげていたところからきりりと表情を引き締め『カナ』を押し出すようにしながら二人の後について走り出した。
「どういうことですか?」
いまいち状況を飲み込めていない『カナ』が情けない表情で先輩たちに尋ねかける。そんな彼の表情がすごく新鮮だった。
「わからない。」
そう返されて、黙って押し出されるしかなくなってしまう『カナ』が、ようやく同じ年の男の子なんだなと思えた。
ソルムの方へ寄り道してしまったためか、ようやくクラス・マーレの寮について時にはほとんど体力の限界だった。しかも無駄に上がったり下がったりしなければいけなかったこともあって走れていることが奇跡なほどに足ががくがくとしていた。
4人でなだれ込むようにしてマーレの渡り廊下を抜けほとんど体当たりをするようにして寮の扉に突っ込む。当然鍵がかかっている。
「『クジラ』ぁああ!」
大きく息を吸い込み、『コマ』さんが叫ぶ。『アライ』さんがそれに声を重ね、二人してばんばんを力任せに扉を手の平で叩く。ほとんどわけがわからなくなりながらもサヤ達もそのまねをして扉を叩き、声をあげた。必死に力を振りしぼりながら、寮が違うと扉や床の材質も違うんだなと思った。
騒ぎ出してすぐに、扉の向こうでがちゃがちゃと鍵を開ける音が聞こえた。内開きの扉が開くとともにあわあわと皆で倒れ込む。それを支えるようにして迎えてくれたのは『クジラ』さんだった。
「どうした。」
自分につかみかかるようにして倒れてくる『コマ』さんを支えながら『クジラ』さんが聞く。
「おい、やばいぞ。」
「侵入者か。」
絞り出すようにして声を出した『コマ』さんの端的な言葉で、彼は全てがわかってしまったらしかった。
月の鏡と雪の城 僕らは夜が明けるまで卒業できない 雨森すもも @amamori-sumomo
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