第7話 夜が続けば月も出る(7)
ゲームは結局『コマ』さんが一番先に上がった所でやめてしまうことになった。
まだ誰も入浴をしていないことを突然『クマ』さんが思い出したからだった。
入浴時間は決まっている。不運なことに誰も時計を持っていなくて、プレイルームの時計もどうしたことか壊れて止まってしまっていたのだった。これでは時間がわからない。と、とりあえず一回寮へ引き上げることにしたのだった。
この学園には3つ寮があると言ったが、それぞれが離れた塔が1つずつ各寮に割り振られている。その上階と下階とがそれぞれA寮B寮と分かれ、その中に男子寮、女子寮があり、AとBの真ん中の、本館とつながっている階に共有スペースがある。3年間部屋割は変わらず、共有スペースといってもちょっと長居が出来る広い踊り場程度の空間のため、生徒達はほとんど自室で過ごすことになる。だから違う学年でA寮B寮と分かれてしまうと、ほとんど顔を見ることもない。だから同じ寮なのに『コマ』さんのことはまったく見たことがなかった。
「最後の最後に知らない子と話せてよかったよ。」
にこにこしながら『コマ』さんが言う。寮ごとに場所が離れているので、サヤは早々に二人きりになってしまったこの知らない先輩との時間がとても気まずかったが、彼はそうでもないようであった。
「俺Bなんだけど、Aって、どう?」
B寮が下階で、A寮が上階だ。正直下に行ったことがないので、どうと言うこともできずに困ってしまう。話しかけてくれているのにすごく申し訳ない。
「なんか、ちょうど2人ずつで、すげえ都合いいよな。」
「はい。」
ようやく言葉を発することが出来てほっとする。『クジラ』さんと『クマ』さん、そして『アライ』さんと『カナ』とが同じ寮で、ちょうど6人全員がうまいこと分かれていて、わざとみたいだった。
「こんな寒くて暗い夜に一人で戻らなきゃいけなかったら結構きつかったから『ハト』ちゃんがいてよかったよ。」
「私もです。」
正直、あなたならどうってことないだろうと思ったが、多分間を持たせるために言ってくれているのだろうとわかったのでうなずいておく。
サヤ達はクラス・エーテル。シンボルカラーは黄色。そこで、ああ、と気づく。
クラス・エーテルの紋章はちょうど六芒星の形をしている。そういうことか。ようやく『クマ』さんの言っていたことを理解した。ダイヤモンドゲームはこの学園のためのゲームのようだ。たしかに。クラス・エーテルの紋章の形はそのまんまゲームの盤面そのものだ。クラス・マーレはそこから星のとんがりを二つ取った形だし。
「やっと着いたな。」
『コマ』さんが寮への渡り廊下の扉を押し開ける。その扉を境に、床石の形、そして色までが変わる。本館と寮とをつなぐ渡り廊下はこの一本だけだ。何かの拍子にこれが落ちてしまったらと思うと少し怖い。そしてやっと寮の扉にたどり着く。
『コマ』さんは、腰につけた道具袋の中から慣れた手で鍵束を引っ張り出す。
この学園の変なところ。学生に指定の道具袋を持たせるところ。スカートやズボンのベルトにくくりつけるタイプの道具袋。そこに入れている道具類の中で一番大事なのが鍵。大事な部屋への入り口は鍵で開けなくてはいけなくて、どの生徒も少なくともこの寮の入り口の鍵と、自室の鍵との2つは持っている。『コマ』さんの束にはじゃらじゃらとかなり沢山の鍵がついていた。
その中の一つ、先に星と黄色い石のついた鍵が、この入り口にぴったりはまる。
この鍵がないと寮には入れない。だからよその寮には入れない。
『クジラ』さんたちのクラス・マーレの寮。そして、『カナ』たちの、赤をシンボルカラーに持つクラス・ソルムの寮にも。青、赤、黄色のそれぞれの寮にはその寮生しか入れない。本当にダイヤモンドゲームみたい。同じ色のコマしか、その陣地にはいってはいけない。ぎりぎり渡り廊下まで。
そのためか、渡り廊下は少し無防備な感じがする。まだ家の外にいるみたいな。
だから、突然大きな爆発音がしたとき、ついつい自分よりも強そうな『コマ』さんにしがみついてしまったのだろう。音がずいぶん遠くの方で、身の危険を感じるほどでもなかったというのに。
「なんだ?」
『コマ』さんが、音のした方の窓に駆け寄る。強く彼の服の裾にしがみついてしまったサヤも引きずられるようにして窓に倒れ掛かる。『コマ』さんがらしくないかすれた声を出した。
「なんだあれ。」
クラス・エーテルの寮があるのは敷地の一番奥だ。だから、学園の裏門がとてもよく見えたのだった。
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