風鈴の村

電咲響子

風鈴の村

△▼1△▼


 その日、私は仕事を終え帰宅し些事さじをこなした後、いつも通りインターネットサーフィンを始めた。

 ブゥンンッ…… ピロン。

 愛用のノートパソコンが立ち上がり、同時に愛用のブラウザが立ち上がる。


 私は、かねてより気になっていた都市伝説サイトにアクセスし、そのなかの一件をクリックした。


△▼2△▼


『風鈴。それはよこしまな思念から身を守る道具。さらに不適な熱からも快を得られる、日本文化に根付いた道具、または呪具』


 なるほどなるほど。……呪具?

 どちらの意味なのだろう。ますます高まった。"風鈴の村"へ行くことの願望が。


△▼3△▼


 私は短期休暇をとり、へと向かった。

 もしスクープをゲットできたなら、社内での高評価は当然として、ひそかにあこがれている先輩にもアピールできる。

 そしてなにより、自分自身が抱いている好奇心を満足させられるのだ。


 風鈴の村。


 おおよそ予測はできている。

 きっと、あらゆる建物に風鈴がぶら下がっているのだろう。


△▼4△▼


 私の予想は当たっていた。

 見渡す限り、風鈴、風鈴、風鈴。


 田畑が広がり、空気は澄み渡り、閑散としている。誰もが思い描く田舎の風景にプラスされた異様な一面。

 それが全ての家屋に吊るされた風鈴だ。


「どちらさんで?」


 心臓が飛び跳ねた。突然かけられた声に、私は身を震わせた。


「……え、ええと」

「ああ、驚かせちまってすまんね。都会もんかね?」

「あ、はい…… 取材でここに」

「ん。新聞記者さんってことかな」

「そのようなものです。スクープをゲットして―― それで、日常がそれで。あの」

「もういい。だいたいわかったから。どうやら我々の生活に興味があるらしい。それなら包み隠さずお話しよう。強制はしない。今日の午後八時、村の公民館で待ってるよ」

「…………」


△▼5△▼


 逃げようと思えば逃げられた。――ん? 逃げる? なにから逃げるのだろうか。

 それはともかく私は決断した。風鈴の謎を解き、未開の地の謎を解き、みずからの願望を叶えるのだ。


「ようこそおいでなすった」


 数百人はいるだろう。私が招かれた場には年齢を問わず多数の村人がいて、私の一挙一動を注視していた。


「何年ぶりかね。ここに都会もんがいらしたのは」

「んんんっ。わしの記憶だと…… 七年ぶりかな」


 私は用意された座布団に正座し、村長たちの会話を聴いていた。


「さて。それじゃお客さんを歓迎しようか」


 そのげんと同時に村人がいっせいに動き、その場の村人全員と私に食事が配膳された。


「「「いただきます」」」


 私も、


「いただきます」


△▼6△▼


 食事はとても美味しく、心身を満たしてくれた。


「ちょうど良い頃合ころあいじゃな。さあ、あんさんの目的を聞こうか」


 突然の問いかけに動揺したが、しかしプロの意地がある。


「はい。この村に風鈴が」


 ギッ!

 ゴグ!


「娘さん。世の中には触れてはならぬものがある」


 ……な、なに、くび、に……


「冥土の土産に教えてやろう。我々の村のしきたり。それは"死者に風鈴を捧げる"というものだ。だが、それは決して余所者よそものに知られてはならない。万が一知られたなら、直近の仏とともにまとめてほふるのだ」


 …………。


△▼7△▼


 一陣の風が吹く。

 村全体に、りりりん、と涼しげで哀しげな音が鳴り響く。


 新たに造られたの墓にも。


<了>

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風鈴の村 電咲響子 @kyokodenzaki

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