第5話 夢と現実

 洞窟の岩の隙間から朝日がチラチラと入り、美紅の顔を照らす。美紅はその光から逃げるように顔を背け寝返りをうつ。……すると目の前に何かの気配がした。恐る恐る目を開けてみる。その気配の主も恐る恐る……。


「「ーー近っ!!」」


互いが驚いて飛び起きた。美紅と赤い蛇の楽瑶が目を合わせている。


「おい、近すぎるだろ!」


「いやいや、そっちこそです」


「お前が近づいてきたんだろ」


「え……」


美紅はあたりを見渡すと……首を傾げる。昨日いた場所と違うことに気づく。


「確かにそうかもです、すみません。……途中で起きちゃって、そういえば蛇ってどういう寝方するかと気になって近づいたんですよ。そしたら起きてるかと思ったら寝てたんですよ!」


「?」


楽瑶の頭に?が浮かんでいるようだったが、言葉の意味がわかったのか!が浮かんだように見えた。


「蛇ってのはな、人間でいう瞼がないんだ」


「そうなんですね。目が開いてるのに爆睡してるかのようだったので、面白くて見てました。でも眠くなったので、その場で寝ちゃったみたいです」


「……俺は大蛇に睨まれて食べられそうになった夢を見たけどな。……情けない、目の前の気配に気がつかないとは。平和すぎて体が鈍ったのか……」


ブツブツ言っている楽瑶を横目に、美紅は体を伸ばして眠気を取ろうとしている。まだ体が痛いのかいたた……と声に出しながら。


「今、何時なんでしょうね?」


「いや、知らない。人間みたいに時計で行動するわけじゃないからな。朝、昼、夕方、夜でいいんじゃないか?」


「……大雑把ですね。でも確かにその方が楽かも。時計ないし、太陽の位置で判断するしかないですよね。昔の人ってどういうふうに生活してたんだろ?」


「そんなことより、さっさと行くぞ」


「え……もう行くんですか?というか、どこに?」


「昨日言ってた水場とか食料確保だろうが。ボケんな」


「昨日も思いましたが、なかなか乗り気ですよね」


美紅の言葉に焦ったかのように動揺を見せたが、気を取り直して


「俺はさっきも言ったが、勘を取り戻したいだけ。昔はな、蒼詩様の奥方様と共に人間や妖怪と戦ってなー、大活躍だったんだぞ!」


楽瑶は自分の武勇伝を語っている。美紅は話半分に聞いているのか時折、上の空だ。


 蒼詩さんの奥さんか、どんな人なんだろ?でも今はいないのかな?聞いていいのかな、聞かない方がいいのかな……。


「おい、話聞いてんのか!」


「……も、もちろん聞いてますよ!カッコ良かったんですね。……そろそろ行きませんか?」


「そうだな、行くか」


楽瑶は満足そうだ。美紅はそんな楽瑶を見て、扱いやすいかもと思った。美紅が立ち上がると、楽瑶はスッと洞窟の奥に行った。美紅は奥に何の用だろと楽瑶の姿を見ていた。すると、ぞろぞろ大小の蛇を連れて戻ってきた。


「今日はこいつらが手伝ってくれる」


「……え、何を?」


「食料確保だって言ってんだろ?」


「そうなんですけど、この小さい蛇さんは何をしてくれるんだろ、と思って」


「それもそうだな……あ、木の実なら取ってこれるかもな」


「……でも可愛いから大丈夫です」


美紅はその小さい、といっても50cmくらいの蛇を両手ですくい上げる。その蛇はじっと美紅を見ている。


「人間が珍しいのかもな。……お前は蛇に触っても平気なのか?」


「あ、はい、害はなさそうですし。私、田舎育ちなんで。……この子は妖怪なんですか?」


「いや、ただの蛇だ」


「あ、そっか、しゃべらないですもんね」


「……俺たち蛇の一族、いや、妖怪自体もだいぶ減ったよ」


楽瑶が珍しく俯きがちになる。美紅はそれを見て話題を変えようとする。


「楽瑶さん、行きましょう」


美紅の声にパッと顔を上げる。


「……お、おう」


美紅はその小さい蛇を地面に下ろすと、今度は楽瑶が腕に巻きついてきた。


「……え、なんです?……気持ち悪い」


「……え、気持ち悪いって……」


その場で固まる二人。楽瑶はなんだかショックを受けている?


「……気持ち悪いって、気持ち悪いって」


「だって、腕に勝手に巻きついてきたら嫌じゃないですか?」


「……そうなのか」


「そうですよ」


「じ、じゃあ、移動のために体に巻きつかせてほしいは?」


「……う、うん?」


「高いところから見たいから」


「……あ、あーそういうこと。それならいいですけど」


美紅がそう言うと楽瑶はするすると美紅の腕に巻きついて首の方まで移動する。


「……首は締めないでくださいよ」


「そんなことするか!」


首に蛇を巻きつけている美紅は、今自分はどんな格好なんだろと思っていた。


「あれ、意外と低い」


「……身長がですか。平均身長くらいですが。……行きましょう」


洞窟の外に向かって歩き出す美紅。その後ろに蛇がぞろぞろ付いてくる。美紅は後ろを振り返り、驚いた顔をしたがすぐに前を向いた。

洞窟の外は相変わらず霧が出ていた。朝日が差し込んでいるが、霧のためよく見えない。美紅は立ち止まる。何か考えているのか上の空だ。楽瑶が美紅の顔を覗き込むが、美紅はぼーっとしたままだ。


「……おーい」


楽瑶が小さめの声で呼びかけると、美紅はハッとしたように元に戻った。


「この霧の中に入って行けばいいんですか?」


「ああ、転ばないように気をつけながら行けよ」


「この霧って、妖怪たちの住む場所とを分けてるって言ってましたっけ?」


「そうだ、俺がいるから大丈夫だ、戻ってこれる」


美紅は恐る恐る前に進む。先に進むに連れて霧が濃くなり、何も見えない。……このままじゃ日が暮れそうだと思ったのか楽瑶は


「お前たち、先に行け。道を案内しろ」


蛇たちは美紅の前に出た。邪魔になりそうな草木を踏み潰してくれているようだった。美紅は感心したかのような声で呟く。


「お〜、ありがたい」


しばらく歩くと霧が薄くなり、霧を出られたようだ。


「……現世!」


美紅の突然の声に少し驚いた楽瑶。


「いや、さっきも現世だったぞ」


「あ、えと、なんとなく」


訳がわからないと変な顔をしている楽瑶。美紅は別のことを思っていた。


 夢だと思ってたことが夢じゃなかった。でもこっち側?に戻ってくるのがなんとなく嫌だった。夢から覚めてしまう気がして。でもみんないるし、夢から覚めてないし、今までの日常に戻らなくていいし……これからどうなるかわからないけど、新しい自分!


美紅は清々しい顔になり、


「さ、行きますよー」


張り切っているようだ。


「なんだよ、急にやる気かよ」


楽瑶は何がなんだかわからないといった顔になる。



 しばらく歩くと、水が流れている音がした。湧き水か、綺麗な水が川となって流れていた。それほど大きな川ではなく、深さもない。よく見ると魚もいるようだ。


「……水だ。綺麗」


美紅は川のそばに行き、両手で水をすくっている。


「ここの水は飲めると思う。……飲んでいいって、早いな!」


美紅は水をゴクゴクと飲んでいた。


「……あ、美味しい!これなら飲めそう。すみません、喉乾いてたので」


「そうか、それならいいんだ。……ここは野生の動物も来るから気をつけーー」


「あ、魚いるー」


「おい、俺の話を聞け!」


楽瑶は美紅と目線を合わせる。いきなりにゅっと顔を近づけられたため美紅は、はいと言わざるを得なかった。


「……野生の動物もいるから気をつけろ。一人でここに来ることはないと思うが一応な」


「熊とかいるんでしたっけ?」


「そうだ。ここは俺たちの土地ではないし、ここでお前に何か起きたとしても何も言えない。……けど、俺がいるから大丈夫だ!」


「……さっき体鈍ってるって言ってませんでしたっけ?」


「お前そういうこと言うか?」


「……ごめんなさい」


そんな二人をじっと見ている蛇たち。命令を待っているようだ。


「おし、役割分担だーー」


「あ、ちょっと待ってください。顔とか洗いたいので」


美紅が顔を洗うと手に血のようなものがつく。楽瑶はそんな美紅の姿を首に巻きついて下から見ていたが、地面に下りて蛇たちに指示した。


 うわっ、どんな顔してたんだ、私。あ、頭から血が流れたんだよね。どのへんを怪我したんだろ?


美紅は恐る恐る頭を触っていく。巻いてくれていた布の端切れを外してみる。布は血で真っ赤に染まっており、元の色がわからなくなっていた。そして、頭の上から前にかけて血の塊がついていることに気づく。しかもだいぶ腫れているような。美紅は怖くなったのか固まっている。


 これは……やばいんじゃないの?病院行った方がいいんじゃないの?……病院?なんか貧血なのか頭くらくらしてきたし。左の手首も痛いし。というか、水で染みる……。


痛がっている美紅を心配するかのように、楽瑶が声をかける。


「おい、大丈夫か?」


「……痛いです。頭の傷もどうなってるかわからなくて不安になってきちゃって」


「蒼詩様が手当てしたらしいから大丈夫だろ。人間に効く薬を使ったと言ってたような?」


「薬のことは知らないですけど、手当てしてくれたのは聞きました。……そばにいてくれたし」


「ふーん……蒼詩様、やっさしー」


「あ、でもそばにいてくれたのは蒼詩さんかわからないですけど」


「お前……蒼詩様って言えよ……」


「あ、そうですね……ちょっとごめんなさい、頭くらくらしてきて、休みたいです」


美紅はぼんやりとした表情をしている。楽瑶は美紅の訴えに何も言わず、こっちだと美紅を木陰に連れていく。腰を下ろし、ぼーっと前を見ている美紅を、楽瑶は心配そうに見ている。


 貧血かな……ちょっと何も考えられないかも。


美紅はそのままぼんやりとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月明かりとともにー蛇の妖怪と出会った日から私は変わっていった……そして支配するー 雪乃司 @reiru5924

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ