神話

平 一

神話

私達はいま、〝魔王〟に支配されている。

とはいっても、神や魔王を演じたりしながら

人類を文明化してきた異星種族のことだ。

私はそれについて確認したくなり、関連動画を再生した。

画面では、髪を可愛いリボンで飾った、快活そうな少女が語り始めた。


「今回は、私こと理事種族アスモデウスの代表人格が、

現皇帝種族サタンについて紹介したいと思います。

現皇帝サタンは猫とコウモリの混血に似た、

愛らしい小動物から進化した種族ですが、

惑星統一の直後、近隣恒星の新星化により

滅亡の危機に陥ってしまいました。

当時すでに複数の種族を率いて帝国を築きつつあった

〝先帝〟種族はこの種族を救い、帝国の公用語で、

〝逆境にあらがう者〟〝滅びを拒む者〟を意味するサタンと名付けて、

帝国への加入を祝福しました」


「サタンは心優しい種族だったので、民生分野における貢献を希望し、

発展途上種族の文明支援において大きな功績を上げて、

量子頭脳への人格転移マインドアップローディングを裁可されました。

これにより彼女は、高度演算・共有人格形成能力を得ると共に、

文明開発長官に就任することとなったのです」


「しかし一方、帝国においては銀河系の統一以降も、

軍事種族が増え続けて、その腐敗と抗争が深刻化しました。

そしてついには側近団である〝中枢種族〟間の内戦が起きて、

〝先帝〟種族は滅亡し、帝国は崩壊してしまいました」


「この時サタンは、〝先帝〟からの亡命人格の指導と協力を得て、

友好種族と共に新帝国を設立し、平和の回復と国家再建を実現しました。

これに対して中枢種族は当時、彼女が〝先帝〟をする善神と、

自ら演じる魔王が登場する神話によって、文明支援を行ったことから、

彼女こそが逆臣であるとの政治宣伝プロパガンダを展開しました。

しかし彼女は、そんな凶暴で過激な悪役とは縁遠い種族です」


「第一に、サタンは温順で、平和的な種族です。

彼女の〝角〟は、実は希薄な大気中での音の聞き取りと、

華奢きゃしゃな頭蓋骨の保護に役立つ耳なのです。

彼女の〝牙〟は、かつて母星の貧しい生態系の中で、

他の動植物の生命を奪うことなく共生を可能とし、

また子供達の良好な発育を示す目安として、

健康美の基準にもなった大事な器官です。

彼女の〝翼〟もまた、帝国の慣行に従い、

宇宙船内など重力制御環境での移動用に、

遺伝子操作によって、身体の負担が少ない形で作られたものです」


「彼女が内戦に際して新国家を設立した動機もまた、

権勢欲や闘争心ではありませんでした。

彼女は天文学的な危機にあった時、

種族一体となって懸命に努力した経験から、

自然の脅威に対する社会的な協力を重視していました。

そのため彼女は、銀河規模の自然的限界と社会統合に達した星間社会が、

軍事種族の暴走をぎょし得ずに、自らの〝内なる自然〟に敗れ、

彼女が愛しはぐくんだ途上種族も巻き込んで滅びることを、

何よりも恐れたのです」


「第二に、サタンは堅実で、現実的な種族です。

彼女は自らの職務に忠実に取り組むなかで、

ひとつの重要な事実に気づきました。

それは、科学・技術、制度・政策、経済・社会活動や、

軍事と民生、実利と文化などの活動はいずれも重要であり、

いずれかの分野にかたよることのない、

総合的な均衡バランスのとれた〝文明〟の発展こそが、

全ての〝知的〟種族にとって最大の課題であるということです」


「〝文明〟とは高度な〝知性〟に基づいた、

農耕や国家制度のように高度な自然・社会科学的技術、

言い換えれば高度な技術と政策を伴う、知的生命活動の様式です。

〝知性〟とは、物事の間の一般的な因果関係、因果法則を発見し、

その原因に働きかけて、生存に好ましい結果を得られる能力です。

そして高度な〝知性〟とは、いわば限りない想像力と欲求であり、

この想像力と欲求が、技術と政策という文明の二本柱を生み出すのです」


図:https://19084.mitemin.net/i365094/


「広い意味での想像力とは、

合理的な推論から完全な虚構フィクションまでを含む、

抽象的な思考の能力です。

推論は科学的仮説を通じて、自然科学的な技術を導き、

経済・社会活動を豊かにする一方、

虚構もまた法律概念や貨幣価値など、社会科学的な技術を可能とし、

制度・政策の実現を助けて、文明社会の建設を可能にしました」


「想像力は技術を通じて社会を変え、

人々の欲求を無制限化あるいは多様化・可変化させます。

技術によって複雑化した文明社会は、

固定的な本能だけでは営めないからです。

拡大し、複雑加速化する社会の中で生まれてくる様々な欲求や価値観は、

経済・社会活動の健全性を保つための、利害調整政策を求めさせる一方、

既存の技術の限界を超えた、新技術の開発政策もうながします」


「彼女はその直向ひたむきな、発展途上種族への文明支援の経験から、

朝・昼・夜の交代がいと達の日々を進めていくような、

文明発展の過程プロセスを発見しました。

それは、技術の進歩が

経済・社会活動の大規模化と複雑加速化をもたらし、

そのように変わりゆく社会を健全に保つ必要性が、

制度・政策の高度化や巨大化と分権化の同時進行、

さらには次世代技術の開発政策を導くという、

螺旋的な向上の循環スパイラル・アップ・サイクルです。

そして彼女は、先進種族にもこの理論が当てはまることを確信し、

各種政策の立案に応用して、国家の復興と発展に成功したのです。

彼女は今もこの理論に基づいて、多種族間の融和政策や、

国政の民主化政策を推進しつつあります」


図:https://19084.mitemin.net/i384265/


「第三に、サタンは情緒豊かで、愛情深い種族です。

彼女は文学、音楽、映像芸術や知的遊戯ゲーム身体運動スポーツなど、

生命維持に必須ではなくとも、必然的かつ有意義な〝文化〟活動が、

文明には必ず相伴あいともなうものであることを知っていました。

さらに彼女は実利活動と文化活動の相乗効果や、

文明発展に伴う実利活動の省力化にも注目し、

文明が発展するほど、創造性の向上や経済・社会の活性化、

人々自身の欲求や課題の再確認に資する、

文化の重要性が増してゆくことを理解していたのです」


「彼女が、先進技術との急激な接触による途上種族の自滅や

自信喪失、過剰依存を防ぐため、秘密観察・支援方式を採る一方で、

初期文明への支援の際には、神話という文化的な手段を用いたことも、

こうした知見ちけんによるものです。

各種族の文化を活かした支援方式は他の星域でも大成功を収め、

社会を豊かにし、健全に保つ文明の恩恵は全ての種族に共有されて、

互いを結ぶ強いきずなを形作りました」


「このたびサタンによる最大の支援成功例であり、

旧発展途上星域を先導しつつある人類が、

戦前は魔王と呼ばれた、彼女と私達友好種族の名誉を回復したことは、

彼女にとっても大きな喜びとなりました。

そのことを知らされた彼女の映像体アバターは、

地球人の言葉を借りて次のように語り、微笑んだのです」


「〝悪魔はかつて、災害や疫病、戦争、犯罪の象徴でした。

しかし私達が神魔の如き技術の力を得た現在、

それらの責任は全て私達自身にあります。

もし私達が新しい神話を作るなら、私達自らが〝責任のある神〟となり、

心の内なる天使の独善を戒め、悪魔さえ改心させる政策をとりながら、

全てを活かして生きる物語となりましょう〟と。

……ご覧いただき、まことにありがとうございました」


何とも可愛く化けたものだな……しかし中身も悪くない、と私は思った。

人格を量子化マインドアップロードした最先進種族の多くは、

高圧的な印象を避けるため、相手種族の魅力的な若年個体の姿を取るが、

もちろん基本個体の姿は、人類と大きく異なることが多い。


木星型惑星に浮かぶ浮遊大陸のような集合意識生物ベールや、

凍結惑星の極限環境が生み出した結晶生命体ストラスに比べたら、

猫コウモリのようなサタンや、カモメによく似たアスタロトなど、

人類の姉妹のようなものだ。


だがどの種族も、歴史上の経験と教訓に学び、

富の生産と分配に加え、作って分ける自らの健康・教育も高めうる

技術と政策のおかげで、かつてのような種族間対立を克服し、

文明の持続可能性を確保しつつある。


うろこの厚い部分に金具で綺麗きれいな金属箔をとめて飾る、

爬虫類人レプティリアンのアスモデウスは強面こわもてに見える。

しかし以前に、人間が肌の敏感な部分にまでピアスをつけるのを見て、

失神しそうになったのは有名な話だし、個人的には私も同感だ。


彼女は代謝率が低く、長命で出生率も低いので、命や健康を大切にする。

初め彼女は軍事種族に徴用ちょうようされたが、

後に生体情報産業種族に転身して、成功を収めた。

戦争は資源や人材の浪費であると嫌い、

可能な限り対話で問題を解決しようとする。


彼女が得意とするのは、先進種族に対する人格量子化や

途上種族向けの教育・医療技術といった人的資質の向上技術と、

そうした資質を活かすための、他種族への交渉能力である。

それらはサタンの人道主義的な政策の前提として不可欠であり、

今では実務面における最側近となっているという。


人類は彼女達に支配されている、という状況も、

実質的にはすでに民主的な統治に変わっている。

私達もまた人格量子化マインドアップローディングを認められて最先進種族となり、

将来的には理事種族となりうる選挙・被選挙権を獲得済みだ。


かくいう私も、今から愛称〝大海老ロブスター〟と呼ばれる共通分離個体アバターを使い、

大蟹おおがに大蟷螂おおかまきりのような基本個体の牡牛座人トーランや、射手座人サジタリアンと一緒に、

恒星シリウスにある動力エネルギー・物質採集施設を整備しに出かけるところだ。


最初の接触ファーストコンタクト〟以前から生きてきた私のような年長者から見ると、

神話というより百鬼夜行ひゃっきやこうか、まさに万魔殿パンデモニウムのようでもある。

だがこの身体からだも、実際入ってみれば宇宙でも安全、便利で快適、

同じ種類の身体を使えば、異種族とだって上手うまく一緒に働ける。


昔からの宗教は、政治色や規範性が薄まりはしたが、

今でも夢のある文化活動として続いている。

わざわざサタンと友好種族の名誉回復が図られたのも、

その意義を重視すればこそだろう。

皆がより良く生きてゆけるなら、

本当の神様だって許してくれるのではないだろうか。

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