第8話
イエラの話は壮大なものであった。クアトとコーバスは、その全てを聞くのに3日間の時間が必要だったほどだ。コーバスはその間に底尽きた魔力の回復も済ませたし、2人は知りたかった知識を得ることのできた時間であった。
「村で聞いたよ。風、水、炎、大地の神殿へ向かえとね。でもそれがそんな大それた話だとは正直思っちゃいなかった。巡礼は今の世じゃ万死に値するという価値観だけが危ないと思ってたよ」
イエラの話がやっと終わった3日目の晩。風の強い草原を避けて、少し窪地になった森の入口で焚火を囲みながら3人は話していた。
「神殿で祈りを捧げるだけだと聞いてたんだが、やはりそんな簡単なものじゃなかったんだな」
「当たり前だろう。そもそもなぜ神殿が建てられたのか。そこから話始めたら巡礼なんてしようと思わんさ」
火にあてて焼けた干し肉にかじりつきながらイエラが言った。
「まあ、もっとも俺の話したこともあくまで月の帝国の前時代の話だ。神殿の建立はそれよりずっと昔。本当のことは自分の目で見なけりゃわかんねえだろうよ」
「どういうことだよ? お前、嘘を話したのか?」
イエラの言葉にクアトが反応した。
「そうじゃない。いいか? 神殿の話をもう一度するぞ……」
「もの」に名前すらついていなかった頃、人々はその「もの」の力を借りて生きていくと同時に、その「もの」のもたらす災厄を非常に恐れていた。その恐れを消すために、「もの」を崇めて、敬意を払い、時に牲を捧げながら、畏怖の気持ちを抑えこんできたのである。
それらの「もの」がやがて名づけられるようになって最初に造り上げられたものが神殿である。
神殿は名を持たなかったものたちを讃える為に造られた。それらは全て讃えられるだけの価値が人にとってあったからである。
風、水、火、土……そして太陽と月。人々の讃えるものはこの6つであった。それと同じ数だけ神殿が築かれたのである。
神殿が造られると、やがてそれに付随して出来上がるものがあった。それが町である。同じ「もの」を讃える者たち、その「もの」の力を借りて魔法を使う者たち、似た人間たちが集まって神殿の周りには町が造られていった。
神殿には町の民たちが数々の秘宝を隠し込んだ。自身が信じ讃える「もの」こそが、もっとも強く正しいものであると信じる為に、数々の宝であったり、精製された叡智であったり、牲を捧げて「もの」への恐れを取り払う習慣はなくなっていくのと入れ替わりに、自身の信じる「もの」の力をより強大なものにして、その庇護の下に生きる自分たちを守ろうとしていたのである。
その行動は他の「もの」との共生を意味しなかった。強さを求める限り、競うことは避けられない。競えば勝ち負けがつく。負けた「もの」の神殿からは多くの宝が運び出され、勝利を得た神殿へと運び込まれた。
火は水に負けた。水は地に負けた。地は風に負けた。風は火に負けた。太陽と月だけは互いに同じだけの力で引き合い、他の「もの」に手を出すことはなかった。
月の帝国が建てられるまでは。
四すくみで同じだけの勝ちと負けを背負っていた4つの神殿は、変わらず建ち続けていたが、そこに月の神殿は手を伸ばした。
太陽と張り合う力を残しながら、その他にも貪欲に手を伸ばした夜の覇者である月の力が、もしや1番強かったのかもしれない。
世界は月の神殿の下に落とされることとなった。全てを制圧した月の神殿は、抑え込んだ4つの神殿に月の紋章を掲げさせ、それまでの全ての歴史も、知恵も、全てを月の神殿のものとして扱うこととした。
4つの神殿はそうして力を失った。全ては月の管理下に置かれることとなったのである。その管理を掻い潜り、かつての遺産を掘り起こそうとする行為は大罪として認められた。それがいわゆる巡礼である。
4つの神殿の力を用いて、それまで拮抗していた太陽の神殿の存在をも覆い隠し、町から帝国へと姿を変えたのが月の神殿の正体である。
月の神殿はそのまま帝国の宮殿とされ、月の民でなければ入ることもままならない。太陽の神殿はどこにあったかも今ではもう誰も覚えていない。戦の最中に散り散りになった太陽の民たちの集落が世界に幾つか点在するばかりだ。
風、水、炎、大地の4つの神殿で祈るというのは、その神殿の隠し持つ叡智を説き起こすことである。そうすることで隠された太陽の神殿の場所がわかると伝えられている。
それはもしや散り散りになった太陽の民の願いが生み出した根拠のない願いであったのかもしれないが、太陽の神殿を求める者にとっては唯一の糸口であった。
クアトとコーバスは散り散りになった太陽の民の末裔である。そこに4つの神殿に訪れたことがあるというイエラの話は、大きな支えとなるものであった。漠然としていた「巡礼」の真の意味が分かり始めた彼らには、自分たちのなすべきことが見えていたからである。
「難しいことは正直わからない。だがお前の話を聞いてわかったことは一つだ」
そう言ってクアトは傍に置いていた弓を手繰り寄せて握り締めた。
「強くならなければいけないんだろう? 俺も、コーバスも」
「まあ、そういうことだ。帝国に喧嘩を売るっていうんだからな」
「その為にもまずは風の神殿に向かうことが必要なのかもな。話だけでは、どれだけの試練となるのか想像がつかない」
掌で自在に炎を遊ばせながらコーバスが呟いた。彼は回復してからずっと魔法を使い続けている。イエラから教えられた鍛錬のひとつだ。
「だがなあ、コーバスくんの魔法は俺がどうにかしてやれるけど。クアトよ、お前の得意な武術は俺はサッパリだぞ。どうするつもりだ?」
その様子を見ながらイエラがクアトに尋ねる。
「そこは自分でなんとかするさ。それに俺だって考えがないわけじゃない」
「お前に考えるなんてことができるのか?」
「……化物みたいな見た目だったお前を倒した時のことを覚えてるか?」
「回復魔法を纏わせた矢で俺を射ったときのことか?」
「そう。俺は1人で旅に出てるわけじゃねえ。俺とコーバスは2人で1人なんだよ」
そう言ってクアトはニヤリと笑う。
「物理と魔法の合わせ技、か……俺も見たことがないからわからんが。なるほどな」
「クアトの弓矢の腕は達人級だ。村の大人でも敵わなかった。近距離戦もうまい。体術でも負けなし。そこに俺の魔力でバフをかけて狩をしてたこともあったんだよ。矢なんていうものに魔法をかけたのはあれが初めてだったけどさ。でも1人ならできないことが、仲間がいればできることがあるってこと。その為にもっと俺が強くなんなきゃいけないんだけどっ、っさっ」
掌で転がす炎を落としそうになりながらコーバスが答える。
「話をしたくらいで集中が切れてたらまだまだだな」
イエラが笑ってもう一つの火球を生み出してコーバスの手に放り投げた。
「ほれ、2ついっぺんに操ってみろ。自分じゃなく他人が生み出した炎も思い通りに扱えるくらいにならねえと」
慌てるコーバスを笑いながら励まし、イエラは焚火に目を戻した。
「なるほどねぇ……仲間、ね。俺には考えつかなかったな。お前ら、案外やるかもしんねえなあ」
火球に気を取られて慌てふためくコーバスと、それを見てケラケラ笑うクアトたちにはその呟きは聞こえなかったようだった。
クアトの巡礼 椿 琇(ツバキ シュウ) @tubaki_syu
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