第7話
光が収まるとゴーストのような魔物は消えていた。代わりに粗末なローブを着たクアトやコーバスより少し歳上と思しき青年が立っていた。
「あんた……誰だ?」
クアトが青年に尋ねる。
「ついさっき名乗っただろう。イエラだ」
「さっきの魔物みたいな奴が人間になったのかよ」
「だから元々魔物なんかじゃないんだよ、俺は」
「おい、コーバス。信じられるか?そんな話聞いたこと……って、おいっ!」
クアトがコーバスに話しかけながら彼の方を見ると、コーバスは地面に倒れ伏していた。
「大丈夫か!? コーバス!」
「あー、やっぱり負担が大きかったか。悪いことしたな」
「お前が何かしやがったのかよ!?」
イエラの言葉にクアトが怒鳴る。
「言っただろう。魔力の共有……つまり、俺が人間の姿に戻るのに、コーバスくんの魔力を俺に持ってきたんだよ。俺は魔力の抜け殻状態だったから、ほぼゼロだった魔力を、こいつと2人で足して2で割ったんだ。つまりこいつはいっぺんに魔力の半分を俺に持っていかれたことになっちまった。一度にそんな消耗した経験がなかったんだろう」
「なんつーことをしてんだよ! 早くコーバスを戻せ!」
「……うるせぇ、あんまり耳元で怒鳴るな……俺は大丈夫だ」
クアトの大声にコーバスが目を覚ましたのか、力ない声が地面から聞こえた。
「おい、コーバス。本当に大丈夫か? こんな奴のこと信用してよかったのかよ。何か出来ることはあるか?」
「魔力を一挙に失ったんだ。しばらく休まないと体は戻らねえよ」
クアトの問いにイエラが答えた。
「お前……何しれっと言ってるんだ! お前のせいでこうなったんだろうが!」
「まあ、そうだな。でも俺は約束したよな? コーバスくんを強くしてやるって、さ?」
そう言ってニヤッと笑うイエラにクアトは不快感を覚えたが、コーバスは寝転がって空を仰ぎながら呟いた。
「そうか……そういうことか」
「勘がいいな、コーバスくんは」
「? どういうことだよ」
1人会話から置き去りにされたクアトは2人に尋ねた。
「今までこんな風になったことなかっただろ? 制御しながら使うものだからな。当然だ。だがそれじゃあ限界を突破することはできない。クアトだったか? お前は弓がお得意のようだが、既に射ることができる距離の獲物を撃ち続けているだけで、腕前は向上するか?」
「それは……ないな。外れてもいいから、より遠くへ、より正確に射ることができるように鍛錬しないと」
「魔力もそれと同じだ。より強く、より大きく扱えるように鍛錬しなければ成長はない。多くの魔法使いはそれを忘れがちだ。産まれ持った魔力の量が違うというだけで、天賦の才能みたいに思い込んで、勝手に限界を決めている」
「じゃあ、コーバスは今、イエラに魔力を分けたことで限界を突破したってことか?」
「そういうことだ」
頷くイエラに不審な目を向けたままでクアトは重ねて尋ねた。
「魔力を分けただけでコーバスの限界になったのか? それだけのことで?」
「魔力を分けた先が強大であれば殆どの力を持っていかれるんだ。まあ、俺は……それは別にいいか。とにかく俺は少しばかり人より出来の良い魔法使いだったんだよ。それで器がでかかったから、コーバスくんから貰った魔力の量がデカかったんだよ」
「ふーん……で、どうすんだよ。コーバス動けねえじゃん。これじゃあ」
かろうじて目は開けているものの、大の字になって横たわっている親友を見てクアトは途方に暮れる。
「大地に張り付いてるんだから、数日で以前と同じくらい動けるようになるさ。それまでここで野営だな」
「はあっ!? こんなただっぴろい所で野営なんて危ねえだろ!」
「ここは森と平原の境目だ。魔物だの獣の類は滅多に来ない。それに貰った魔力を俺なら別の使い方ができる。結界でも張ってやれば襲われる心配なんかないさ」
「あのなあ、俺らは時間がねえんだよ。人に言うなって言われてたけど、お前には聞かれちまったからもう話すけど、太陽の神殿に行かなきゃならねえんだ。油売ってる時間なんてねえの。ノロノロしてたら村が大変なことになっちまう」
クアトは不満げにイエラに事情を話した。
「気になったんだが、なんで太陽の神殿なんて行こうとするんだ?言い方は悪いが死んでもおかしくない旅になるぞ。巡礼なんて。そこに向かうまでの神殿だってただ突っ立ってるだけじゃねえ。長いこと誰も寄り付かないんだ。魔物の棲み家になってることが多いしな」
「お前やけに詳しいな」
「昔、幾つかの神殿に行ったことがある。太陽と月の神殿には行けなかったがな」
「は? そんなことしたら危ねえんじゃねえのかよ」
「そうだ。危ないさ。その危ないことができるくらい俺は手練れの魔法使いだったの!」
「ふーん……」
「お前、信じてないだろ。まあいい。お前らも巡礼するって言うなら、知っておくべきだろう。俺が見てきたこと、話してやるよ。あとは自分の目で見て真偽を確かめてくれ。寝転がってるコーバスくんも話くらいは聞けるだろ?」
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