第6話

「その通りだが……なぜお前がそんなことを知っているんだ」


 怒りを湛えた顔で尋ね返すクアトとコーバスに、それはボロ布をまとった体を震わせて笑いながら答えた。


「ナニ言ッテルンダ。オ前達、自分デ言ッテタジャナイカ。コノ草原ニキテスグニ」


「……そうだったか?」


「言われてみれば……でもっ、まさか周りに聞いてる奴がいるなんて思わなかったんだ!」


 思い返せば思い当たる節がすぐに浮かんだ。その気まずさを隠すように、声を荒げて反論する。


「アマインダヨ、オ前達。聞イテタノガ俺ダケデ幸運ダゼ? 巡礼ナンテ言葉、今ジャ御法度ナンダカラヨ。街ナラ袋ダタキサレテタカモナ」


 魔物の返事にクアトもコーバスを返す言葉をなくした。村長からも、占い師の婆様からも、巡礼のことや太陽の神殿の話は決して人に知られてはいけないときつく言われていたのだから。


 言葉を失ってたたずむ若者に、魔物は思いの外優しげに語り続けた。


「マア、森カラ出タバカリデ、気分モ高揚シテタンダロ。俺ダケデヨカッタジャネエカ。問題ナシ!」


「……魔物に優しくされるなんて」


「素直ジャネエナア。ツイデニイウト俺ハ魔物ジャナイゾ。自分ニカケタ魔法ガ失敗シテ、チョットミスボラシクナッテシマッタダケダ」


「ちょっとどころじゃねえよ。女子供が見たら悲鳴あげるぞ」


 容赦のないクアトの追撃に心なしか魔物は少し肩を落として答えた。


「魔法使イダッタコロハ、ムシロヒーローダッタンダケドナ……栄枯必衰トイウモノカ」


「なんだ、エイコヒッスイって」


「栄エルコトト、衰エルコトヲ繰リ返ス……人ノ世ノ性質ヲ表シタ、遠イ昔ノ文明ノ言葉ダヨ」


「へえ、そりゃすごいな」


「待て、クアト。こいつ中々賢いぞ。ただのゴーストとは思えない」


「ダカラ、ゴーストジャナインダッテ。魔法ニ失敗シタノ!」


 魔物の言葉を無視してコーバスはクアトに語り続けた。


「村には暦以外の書物は少なかったから、聞き齧りでしかないが……古代の文明の言葉なんてサラッと使える人間は限られるはずだ。なんせ今の月の帝国は、自分たちが覇権を握る前の一切の記録を握り潰している」


「ヘェ、ソッチノ魔法使イ見習イ君ハ、マアマア賢ソウダナ」


「見習い……」


 見習い呼ばわりされてコーバスが今度は肩を落とす番になった。それを見てクアトが魔物に激昂する。


「っ、おいっ! 魔物! コーバスは魔法使い見習いなんかじゃねえよ。村じゃ1番の使い手だったんだぞ。知識も豊富だし……」


「いい、クアト。やめてくれ。自分の実力は自分が1番わかってるさ。村の外の魔法使いから見れば、俺なんかまだまだだ。言っただろう? 今回の旅について来たのは、自分の見聞も広めたかったからだって。だからいいんだよ。これから俺は賢くなるさ」


 コーバスの言葉を聞いた後、魔物は彼を吟味するように少し時間を置いてから切り出した。


「フン……オ前、名前ハ?」


「コーバス」


「無闇ニ名乗ルナ。魔法使イハ名ヲ知ラレルコトガ弱点ニナルコトモアル」


「お前が聞いたんだろうが!?」


 誘導尋問のような魔物のやり口に納得できずにクアトが怒鳴りつける。それをコーバスは制した。


「暴れるな、クアト。今こいつは俺の知らない魔法使いのルールを教えてくれたんだ」


「本当かよ!?」


「ヘッヘー、コーバス。俺、オ前ガ気ニイッタゼ。コレヲ持ッテオケヨ」


 そう言うとゴーストは手からチャラリと何かをコーバスの手の上に落とした。それは金色のメダルのようなものであった。


「なんだこれ? 金か?」


「いや……魔力を感じる。それもかなり強いな……」


「マジックコイン。魔法使イ同士デ連絡デキル優レモノダ。ソレガアレバ俺ハイツデモオ前ノ近クニ行ケル」


「そんなもんいらねえ! 捨てちまえ、コーバス!」


 クアトの大声を聞こえないフリでやり過ごし、コーバスは掌に落とされたコインをマジマジと見つめた。


「本で読んだことがある。こんなもの精製できるのは、かなり上級の魔法使いのはずだ……お前一体誰なんだ?」


「俺カ? 俺ノ名前ハ、イエラ。イマ名前ヲ聞イタナ? ソレガドウイウ意味カ。賢イ、コーバス君ニハ伝ワルト信ジテルゼ」


「コーバス、どういうことだ?」


 全く会話の要領を得られていないクアトがコーバスに尋ねた。


「……こいつ言っただろう。魔法使いは無闇に名乗るなって。なのに今、俺に名前を教えたんだ。味方になってくれるんだよ」


「ソウイウコト」


「ハァ!? こんな味方いても嬉しくねえよ!」


 コーバスから魔物の言動の真意を聞いて、あまつさえ魔物本人からも肯定の言葉を聞いて、その突拍子のなさにクアトは絶叫してしまった。


「いや……俺は正直ありがたい。クアト、こいつと同行したらダメか?」


「コーバス本気か? こいつ魔物だぞ、完全に見た目。狩猟犬連れてるのと訳が違う。無理に決まってるだろ!」


「コーバス君ガ手伝ッテクレタラ、ソノ問題ハ解決スルケドナ」


 サラリと挟まれた魔物の言葉にコーバスが反応する。


「手伝う? 何をどうすればいいんだ?」


「おい、コーバス! こんな奴の言うこと聞くな!」


「俺ノ弟子ニナラナイカ?師弟関係ニナレバ魔力ノ共有モデキル。ホンノチョット魔力ガ戻レバ、人間ダッタ頃ノ外見クライ修復デキルサ。ツイデニ姿形ヲカエル魔法ノ術式モ、コーバス君ハ目ノ当タリニデキテ勉強ニナルッテトコロダ」


 魔物からの提案はコーバスにとって魅力的なものであった。今まで彼は暮らしに使う為の魔術しか学ぶ機会がなかったのだ。知的好奇心が決して低くないコーバスには、この提案は魅力的なものに思えた。


「コーバス! こんな奴の言葉信じるなよ? 絶対こいつ、タチの悪い魔物だよ。そんなことしたら、呪いでもかけられてジワジワ体力減らされるんじゃねえか?」


「……ただの魔物じゃない。マジックコインの精製、俺に向けて名乗ったこと。理由はわからないが、こいつの言葉に嘘はない……と思う」


「完璧な自信はないのかよ!」


 言葉の最後で付け足された推測にクアトは不安を覚えてコーバスにたたみかけた。


「ないさ。ないけど……この賭けに乗りたい俺がいるんだ」


「マア、別ニ急カシハシナイヨ。マジックコインガアルカラ、イツデモ会エルンダシ」


「……」


「クアト、俺、強くなりたいんだ。これはチャンスな気がする。それにこいつ巡礼のことも知ってる素振りだった。俺は賭ける! 失敗だったら、悪いがお前1人で太陽の神殿を見つけてくれ」


「本気か、コーバス!? うわっ」


 今度はクアトが止める間もなく、コーバスは行動に出た。


 コインを握りしめたコーバスの掌から強烈な光が溢れ出てきて、思わずクアトは目を瞑る。


「イエラ! あんたの弟子になるよ、俺」


「毎度アリイ。イヤア、コレでヤット、人ラシイ姿に戻れるぜ。あっ、勿論約束は守って、色々教えてやるからな。安心しろよ、コーバス君」

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