39 ジグラート

 神国滅亡から一週間が経った。神国滅亡の報を聞いたアルドア王国は即時に王国剣士の部隊と神教の一団を派遣し、マリサの報告にあった魔人の調査と発見、討伐を目指すも有力な情報も無く、手詰まりとなっていた。

 一方、パモーレの追跡を受けるリヴァル達一行は神殿高地を後に、次なるダンジョンである。浮遊塔ジグラートへと向かっていた。神殿高地から徒歩で五日、雲を突き抜けるその塔は遙か遠方からでも確認出来るダンジョンであり、最高難易度に定められた冒険者達の夢の場所である。

 浮遊塔ジグラートは天界まで続くとされる空に浮かぶ巨大な円塔である。古い歴史書にも記され、太古から立っている塔と言われている。浮遊して塔を支えている大地は天界から持ってきたと言われ、天使が建造したとう言い伝えがある。ダンジョンとしては最高難易度に指定されており、現在、最上階まで登り詰めた者はいない。塔の頂上は雲を突き抜け、空を飛べる鳥種の獣人である鳥人でも限界高度がある為、天辺を見た者はいない。空に浮かぶ塔は攻略不可能な塔として長きにわたり、幾多の挑戦者達を退け続けている。


「あれがジグラートか――」


 野宿をした翌朝、一人先に起きたバロンが山岳地帯の先に浮かびそびえ立つジグラートを見て呟いた。山岳地帯でそびえ立つジグラートは一際目立ち、そして威厳を感じさせる。


「あはようバロン」


 その声でバロンは振り向く。そこにはアルが立っていた。寝癖が酷い。


「お、おはようアル。どうしたのその頭は?」


「よくぞ聞いてくれた! そう、これは――寝癖だ!」


「うん。見れば分かるよ」


「寝癖だからね! 寝糞じゃないんだからね! そこんとこ勘違いしないでね!」


「するわけないよ! てっ! 言うか、朝から下ネタは止めてくれよ」


「おっと! これは失礼! でもエルフはこれが朝の挨拶なんだよ」


「いや、それ絶対違うよね。下ネタを含んだ挨拶がエルフの挨拶だったら僕達人間の夢ぶち壊しだよ!」


「えっ!? そのなの!?」


 アルはとても驚いた顔を見せ、バロンは笑った。


「い、いや、なんでそ、そんなに驚いた顔するの!? アハハハッ!」


「笑う元気はあるようだねバロン。拷問の傷は癒えたみたいだ」


「えっ? ああ、おかげさまで。さすがエルフの薬学だね。あの程度の薬草であそこまでの回復薬を作るとは」


 バロンはここまでの道中でアルが調合した薬草により拷問の傷をほぼ回復させていた。バロンは薬学については専門外だが、ある程度は知っており、改めてエルフのアルの知識と経験に驚かされた。


「あれはほとんどのエルフが使える知恵の一つさ。大した事じゃないんだけど、バロンが必要と言うなら今度教えてあげよう」


「えっ? エルフの知恵なら是非ともだ。おねがいするよアル」


「了解だ」


「おはよう! アル! バロン!」


 そこに現れてたのはテントから飛んできたヘレネだ。


「おはようヘレネ」

「ヘレネ、おはよう」


 バロンとアルは挨拶する。


「ははっ! アルの頭変なの!」


 ヘレネはアルを指さして笑った。


「ヘレネ――これは僕の新たなヘアースタイルなんだ。笑うなんて酷いじゃないか」


 そう言ってアルは白い歯を見せるように笑った。


「絶対嘘! 寝癖だよね!」










 ジグラートの真下にある町ジグラート城下町。ジグラートは城ではないが、かつて誰かが城下町みたいもんだろと言い出した結果、定着してしまったという言い伝えがある町だ。町といっても村が少々大きくなった程度であり、店はほぼ露店で、建物と言えば冒険ギルドと宿屋程度である。


「へぇ~やっぱ冒険者ばっかだな」


 町に踏み入ったリヴァル達、リヴァルがすれ違う人々を見てそう言った。それもそのはずだ。ジグラートは冒険者達が作ったと言ってもいい町である。最高難易度の一つであるジグラートには世界各地から冒険者が集まる。人間、少数民族、獣人を含む亜人種などがリヴァル達の周囲を歩いている。


「皆、ここには僕の知人がいる。顔を見せたいのだがいいかい?」


 アルの問いにリヴァル達は承諾する。アルは皆を引き連れて、城下町の工房に向かった。そこはジグラート城下町唯一の武器工房だ。


「やあ、ガーエルト。久しぶりだね」


 アルが工房で一人のドワーフに声をかけた。人間に比べ背が低く体毛が多いが、圧倒的な筋力と耐久力を持ち、そして独自の技術力を持つドワーフは様々な物を作り上げる。中には名工として名を馳せている者もいる。

 ガーエルドと呼ばれたドワーフはアルを見ると、無表情でアルを見て鼻に指を突っ込んで言った。


「どちらさまで?」


「お前、ふざけんなよ――十年ぶりに会うのに鼻糞ほじくりながらとかありえないだろ!」


「何を言っているんだ? これがドワーフの再会の礼儀だろうヤリチンエルフ?」


「おまっ!? 今日は僕一人じゃないんだ。そういうのは止めてくれ」


 アルはそう言って背後のリヴァル達をガーエルドに見せる。


「えっ? じゃあ――色情狂?」


「もっと酷いわ!」


 リヴァル達はガーエルドに案内され、工房の応接間に通された。リヴァル達が席に座ると、ガーエルドはお茶を用意しようとするが、アルがそれを止める。


「お茶はいい。話があるんだ」


「えっ? 風俗街の話か? いい店あるなら世界の果てまでいくぜ」


 そんな話をするガーエルドにマリサはアルに無言の圧力を加える。その目付きは普通だが、明らかになんらかの殺意らしき物が含まれる。


「だからねガーエルド。今日は――そういう話じゃないんだ。てっ言うか十年ぶりに再会して最初に話す事がそれかよ!」


「十年前はわしと一緒に世界各地の風俗街回ったじゃん。何を今更」


「俺の仲間! 仲間いるよね!」


「えっ? ああ、悪い。もしかしてこやつの性豪ぶりはご存じない?」


「ギャハハ! これがあの冒険エルフなのか!? 巷で女好きって聞いていたががこれは――」


「いや~ドワーフのおっさん! おもしれぇわ! アル! 風俗仲間がいるなら最初に言えよ」


 ライオットとリヴァルが大笑いする。それに対しアルがらしくなく赤面する。アルもガーエルドがこんな話をしてくるのは想定外だったようだ。


「ほほう。こいつらお前さんの仲間か? 女の子はお前さんの子だと思ったぞ」


「お前な! エルフが子供が出来にくいのの知ってるだろ!? 僕は子供なんか作ってないからな!」


「そうか――何か悪いな。お前には冒険より性豪エルフがわしのイメージでよ」


「性豪エルフ!! ダメだ! 受ける!」


「ギャハハハハッ!」


 リヴァルとライオットは爆笑する。一方、バロンは呆れた笑みを浮かべ、ヘレネは意味が分からずポカンとしている。だが、マリサだけは違う。笑うがそれは怒りが含まれた笑みだった。


「ガーエルドさんでしたっけ?」


「おう。そうだがお嬢ちゃん? あんたはこいつの愛人かい?」


 そのガーエルドの言葉にマリサは凄まじいオーラを放つ、ガーエルドに悪寒が走る。鳥肌が立つ。


(こっこの娘! 間違いない! アルとはやってねぇ! それに――)


「ドワーフの礼儀は知らないのですが――子供がいる前で下の話は止めてください」


「えっ? はい――すいませんでした」


(わしを恐れさせるとは! この娘何者だ!?)


「それで――話なんだが」


 アルが気を改めて話す。


「ここ最近のジグラートについて教えてくれ」


「たいして十年前とさほど変わらないぞ。最高到達階は六十四階。到達者はアルドア王国のジェロスとかいう剣士だ。出てくる魔物も特に変化はないな」


「ジェロス? こんな所でも名前を聞くとはさすが俺に勝った男だぜ」


 リヴァルを負かし、アルドア剣技大会にて優勝した剣士ジェロスは冒険業も行っている。各地の魔物退治の傍ら、ダンジョン攻略も挑んでいるのだ。


「それで? 話はそれだけかい?」


「うーん・・・・・・後は特に変わった事はねえな」


「そうか。なら、登るのは大丈夫そうだな」


「ほほう。登るのか? 何が目的だ?」


「強くなる為だ。今はこの子達と旅をしている」


 アルはそう言うとリヴァル達を見た。古くから付き合いのあるガーエルドはアルが易々と仲間を作り、旅をする事などないと知っている。つまり、アルにとってこの仲間は特別だとガーエルドは理解した。


「そうか。いい仲間を持ったなアル」


「性的な事は最低ですけどねこの人」


 マリサが言った。どうやら怒りはまだ収まっていないらしい。


「ははっ。こんな奴だが冒険の経験は世界有数だ。そこんとこは頼りになるから――」


 ガーエルドはそう言うが、最後までマリサの怒りのオーラは消えなかった。











 浮遊塔ジグラートに登る為にはまず気球に乗る必要がある。浮遊塔ジクラートは地上から約五百メートルの上空を漂っており、いかなる風いかなる嵐でも塔が立つ浮遊大地は全く動いてないと分かっている。それはこれからも変わらないと言われ、ジグラートの不思議の一つである。

 ガーエルドと別れ、工房を後にしたリヴァル達は気球に乗り浮遊塔ジグラートに向かっている。天候は晴れ。昼下がりの塔には冒険者達がごった返している。


「すげぇ人の数だな」


 気球から降り、ついに浮遊大地に降り立ったリヴァル達は改めて塔の巨大さと威厳、そしてそれに挑む人の数にアル以外圧倒されるのであった。


「皆、今日はとりあえず十階まで登る。準備はいいね」


 アルの言葉に皆、頷いた。塔の広場は冒険者やそれに商売を行う商人の露店が立ち並んでいる。その中には珍しい武器、武具、アイテム等が売られている事もあり、塔に向かう最中、リヴァルやバロンはつい目を露店に向けてしまうのであった。


「聞いたか? 神国が滅んだって話」

「聞いたぜ。五日前ぐらいだろ? 誰の仕業なんだが」


 当然、ここでも神国滅亡の話は聞こえて来る。それを聞いてしまうリヴァル達は複雑な気持ちになった。

 ジグラート一階大広場。ここがジグラートの玄関口だ。複数の小窓からの太陽光が入っているが、どちらかと言うと薄暗い。当然ここには魔物はいないが、ここでも人混みは凄い。リヴァル達は階段を登り、二階を目指す。そしてついに二階への大扉を抜け、二階に到着した。するとそこは草原であった。屋内のはずであるが、間違いなくそこには草原が広がっていた。


「すげぇー。塔の中に草原があるのか?」


「本で読んではいたけど凄いな。これが塔の中なんて」


 リヴァルとバロンは想像以上の光景に驚いている。他の一行も同じような感じだ。


「来るよ! 皆、戦闘態勢だ!」


 アルの大声が唖然とするリヴァル達の気を引き締める。リヴァル達一向にキラーウルフの群れが迫っていた。


「早速か! 来いよ雑魚狼! 片っ端から斬り伏せてやるぜ!」


 リヴァルとライオットが前衛として飛び出す。リヴァル達の塔への挑戦は始まったのであった。リヴァルは片っ端から狼達を斬り伏せる。

 塔に入って二時間が経った。リヴァル達は八階にいた。ジグラートの二階から十階までは草原エリアであり、出現する魔物は全て地上で出てくる魔物で、巷では弱いとされる魔物ばかりであった。


「思ったほど手応えはねぇな。俺達結構強くなったか?」


 リヴァルが剣の血を拭いながら言った。他の皆もまだまだ余裕があるようだ。


「強くなった。確かにそうかもしれないが、油断はしないでくれ皆」


 アルが言う。いくら前より強くなっても油断大敵という言葉は忘れてはならない。

 ここまで倒したのは主にキラーウルフとキラーボア、そしてポイズン・スネークといった東の大陸においてよく出くわす魔物ばかりだ。総じてレベルは低く、リヴァルの剣の一振りで倒させる事もあった。


「俺も初めて時グラードに登ったが、どうやらここまでは初心者向けの階みたいだな。簡単すぎて少々つまらんな」


 ライオットはそう言うと、剣を一振りした。どうやら物足りないようだ。


「エルフ様。このまま十階以上登るのはどうだい? 見た所、皆まだ余裕あるみたいだが?」


 ライオットの提案にアルは思案した後、言った。


「いや、このまま今日は十階で引き返そう。十一階からはレベルが違うからね」


 冒険エルフことアルはジグラート攻略においても経験者だ。幾度か冒険者と共に塔を登っている。その中で命を落とした者もおり、ここが生優しい場所ではない事は知っている。


「冒険エルフ様がそう言うならそうするかないな。物足りないが仕方ない」


 ライオットはそう言うと魔剣トネェルを鞘に納めた。

 そしてリヴァル達は九階へと到着し、ついに十階へと足を踏み入れた。草原エリア最終階、広大に広がる草原エリアは無限に広がって見えるが幾ら歩こうとも最終的には最初に場所に戻ってくる仕様である、これは塔の不思議の一つであり、とある魔術師によれば天界の魔術が使われているのではないかと言われる。


「さて、ついに十階だが様子が変じゃねぇか?」


 リヴァルの言う通り、草原エリア最終階である十階は今までの晴天だった九階までとは異なり、曇天模様になっていた。草木は枯れかかり、他の階で見かけた冒険者達の気配もない。


「何だ――? 僕の知っている十階ではないぞ」


 そのアルの言葉にリヴァル達一同は動揺する。経験者アルでさえ経験した事がない十階が始まろうとしていた。

 アルとバロンの感知魔術が感知をする。


「!?」


 二人の感知魔術はほぼ同時であった。そして登ってきた階段はリヴァル達の背後から消失し、逃げ道は無くなっていた。


「おいおい・・・・・・階段が消えたぞ」


 ライオットが呟くように言った。十階の空気は今までの階とは異なり、嫌な空気が漂い始め、息苦しい空間へと変貌した。


「どういう事だよアル? ここはお前が知ってる十階じゃないのか?」


 リヴァルの問いにアルは言った。


「これは僕でも想定外だ。何が原因でこうなったかは知らないが、逃げる事は許されないみたいだな」


 アルがそう言い終えると、リヴァル達の前の地面が割れ、地中の中から見た事がない魔物が現れた。

 大きな一つ目でムカデの様な体を持った魔物だ。大きさは巨大であり、優に数十メートルは超えている。人間なら直撃すれば一振りで殺されるだろう。そして何より不気味である。


「とんでもねぇな! こいつを倒さなきゃここからは出られねぇて事か?」


 リヴァルはそう言うと、剣を引き抜いた。他の皆も戦闘態勢に入る。


「俺が一番槍だ! ライオットのおっさん! 俺に続けよ!」


「おい坊主! 俺が先だろ! お前は俺の尻を追ってこい」


「抜かせよおっさん! 俺を誰だと思ってやがる!」


 リヴァルとライオットは二人同時にムカデ型の魔物に斬りかかった。リヴァルは炎をライオットは雷撃を放つ。見事、ムカデ型魔物に直撃するが、あまり効果はなく、怯んでいない。ムカデ型魔物は尾を大きく振り上げて、叩き付ける様にリヴァル達目掛けて振り下ろした。その攻撃は凄まじい、大地は抉れ、土煙が舞う。リヴァル達はもろに食らわないが、それぞれバラバラとなった。


「皆! 散開して各個に攻撃!」


 アルの指示が飛ぶ。旅が始まりもう一ヶ月が過ぎていた。リヴァル達はどこまで強くなったかここで試されるのであろうか、ムカデ型魔物がリヴァル達の前に立ち塞がる。






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魔王の義眼 prequel 鉄化タカツ @tetukatakaku

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