38 滅亡
神国の滅亡。この事実は瞬く間に世界中に広まった。神教の象徴にして天界への窓口だった神国の滅亡は多くの神教信者を絶望と恐怖させ、それと同時に神教の分裂(シスマ)が加速するきっかけにもなった。滅亡で公になった神国の腐敗に神教指導者の一部は失望したのである。
「大丈夫バロン? もう痛い所ない?」
壁に寄りかかって座りながらバロンは自身に治癒魔術を施していた。バロンが救出されて一時間が経ち、一番心配していたヘレネ以外のリヴァル達はある程度回復したバロンから離れ、生存者がいないか探索を行っている。
「大丈夫だよヘレネ。痛みは大分引いた」
「とんでもねぇな、おい――」
そう言って二人の前に現れたのはライオットだ。腰に魔剣を携え、汚い体を改めた男は多少、剣士の趣を醸し出していた。
「やはり生存者はいませんか?」
バロンが問う。
「ああ、残念ながらな。にしても恐ろしい、一晩で皆殺しにされるとは。殺した奴らはかなりの数だったはずだろう」
神国の人口は千人弱とされ、皆神教の信者である。神教の聖地ゆえ武力は最低限であり、警護兵か門番兵が百名に満たない数で配備されているだけだった。そもそも不可侵領域と認識されており、ここを攻めるという事は神への叛逆行為に他ならない。
「こっちも誰も生き残りはいなかったぜ」
そう言って現れたのはリヴァルだ。多くの遺体を見てしまったからか、さすがに声に元気は無く、らしくはない。
「それで? 何か思い出しかバロン?」
「いや――思い出せない。これだけの事がありながら起きなかったなんてごめん」
「何で謝る? バロンは被害者だろ?」
バロンは見た夢の事を覚えていなかった。そしてこの惨劇もそれらしい音さえも聞いていない。
少し回復したバロンは立ち上がり、そして大きな広場で遺体を丁寧に弔っているマリサに歩み寄った。マリサは泣きながらも老若男女関わらず祈りを捧げる。赤子の遺体もあり、バロンもそれを見ると顔をしかめた。
「マリサ」
「こんな酷い事。誰がやったのでしょうか――」
そのマリサの声は震えていた。悲しみと怒りの感情が入り交じっているようだった。
「犯人達はまだ遠くじゃないかもしれない。一日歩き回ればあるいは――」
「それはなりませんバロン。私は聖女候補。憎しみと怒りで復習に手を染めてはいけません」
背中を見せながらそう語るマリサにバロンはそれ以上何も言えなかった。そう、それは本心ではない。
「バロン。来てくれるか?」
そこに来たのはアルだ。アルは神国の至る所を見分していた。エルフのアルにとっても神国が一夜にして滅んだ事は衝撃だったが、誰の仕業か知る必要があると考え、遺体の一部を調べたり、犯人らの足跡などの痕跡がないか調べ回っていた。
「アル。なんだい?」
「ゴッテルスの遺体の確認をして欲しい」
「分かった」
アルとバロンはゴッテルスの遺体がある場所へと向かった。神殿の壁であり、何故かミイラ化しているゴッテルスは不気味である。
「こいつがゴッテルスで間違いないね?」
「うん。ミイラ化して分かりにくいけどゴッテルスで間違いない。僕を拷問した男だ」
「バロン。感知魔術でこいつの魔力を感じ取ってみるんだ。気づかないか?」
バロンはアルの言葉を不思議がりながらも言われるがままゴッテルスの魔力を感知した。そしてそれに気づくのであった。
「なっ!? 闇の魔力!」
微かに残ったいたのは闇の魔力だった。つまりゴッテルスもパモーレと同じ。悪の根源の関係者だという可能性が出て来たのである。
「気づいたね。そう、こいつはおそらくパモーレと同じ存在だったんだろう。そしてこの死に方。おかしいだろ?」
「うん。他の人達は皆、殴り殺されたか斬り殺された感じだけど、こいつだけはおかしいよね」
「そうなんだ。まるで吸われたように死んでいる」
ミイラ化するなど本来であれば長い年月を要する事である。それが一晩で出来上がるなど ありえない。
「それとバロン。犯人の痕跡がないか調べた結果。信じられない推測になった」
そのアルの顔は真剣そのものである。
「信じられない推測って?」
「どうやらこの惨状は――一人でやったらしい」
そのアルの言葉にバロンは驚嘆した。一晩で千人以上を一人で殺すなど出来るはずがないからだ。
「アル!? 何でそんな推測になったの? 一人で――一人でこんな事出来るやつなんているの!?」
「人間、いやエルフでも不可能だろうな。だが、例外はある。魔人ならば――」
「魔人って、ここは東の大陸だ。いるはずが――」
「魔人と言えば確かに西が居住地域とされているが、例外はあるだろう。色んな所を回って調べたが、殺し方と足跡からして一人の犯行だ」
「そんな――」
バロンは絶句する。パモーレでさえ手強いのに一人で千人以上を殺す魔人を相手にするなど、いくらこのメンバーでも不可能に近い。
「安心しろバロン。この犯人はもうここから去って大分時間が経つ。それに追おうなんて事は言わないよ」
「だけど、マリサがなんて言うか――」
ここまでの虐殺を神教の信徒であるマリサが黙っていないだろう。ああは言っているが、犯人の目星がついた今、何と言うか。
「マリサには僕が説得する。皆を集めてくれ」
その後、アルはリヴァル達を集め見分の結論を話した。最初、信じられない顔を各々見せるがアルの説明を聞いている内にその推測が正解なのではないかと思い始めるようになった。
「エルフ様、それでこらからどうするですかい?」
ライオットが問う。
「一度、神殿高地に戻り、教会を通してアルドアに報告して貰う。これはアルドアの神教においても大きな事件だ。東の大陸においても転換期になるかもしれない」
アルの言葉通りこれを境にこの世界の宗教は変革期を迎える事になる。
「私がテム様宛に書状を送ります。これだけの事件はアルドア王国においても一大事です。剣士隊が送られ、犯人と思われる魔人討伐が始まるでしょう」
マリサは冷静にそう語ったが、内心では魔人を許せないのか拳を強く握った。
「分かってくれて助かるよマリサ。僕達の目的は魔人討伐ではないからね」
「アル。私はライオットさんに憎む事を止めさせる立場です。そんな私が怒りと憎しみに任せて魔人討伐など言いませんよ」
マリサは気長にそう言ったが、それを聞いたバロンはマリサの気持ちが穏やかではないと分かる。彼女も人の子である。憎しみと怒りがゼロではない。
「では、行こう。ここに長居するのは――さすがに気が滅入るよ」
アルはそう言って歩き出した。リヴァル達もそれに続くがマリサは一人遅れる。この惨状を改めて見て、マリサはまた涙を零すのであった。
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