37 神国

リヴァル達はマリサとライオットを残し、神殿高地を後にしていた。場所は森の道で向かう先は神国の手前の街として有名な街〝サルナト〟に向かっていた。サルナトは鎖国をしている神国唯一の玄関口で、ここからしか神国には入る事は出来ない。


「今さらだけどよ。最初から神国にヘレネを連れていけば良かったんじゃねぇ?」


 リヴァルの言葉通り、神国は天界との交流窓口として古来から知られている。しかし、ここ百年は鎖国政策を実施しており、異国交流は皆無に等しい。鎖国の理由は明かされていないが、神国は神教の教えを絶対的に厳守する国家である為、保守的な考えが強く、ここ百年における東の大陸での文化の発展とそれに伴う価値観の変化を許容出来ない為と諸外国では考えられている。


「鎖国している国だ。百年前ならそれで良かっただろうけど、今はやめた方がいい」


「そうはどういう事だアル?」


 リヴァルの問いにアルは真摯な顔を見せる。


「悪い噂がある。教皇であるゴッテルスが悪に手を染めているとね」


 アルは鎖国前の神国に一度だけ入国した事があり、その時に大広場でゴッテルス教皇を見た事があった。その時は怪しい雰囲気は無かったが、就任してすぐに鎖国政策を始めている。


「僕も聞いた事があるよ。ゴッテルス教皇は神国の権力を全て握り、神教の教えに背いて不老不死に手を出し、今も隠れて神国を裏から操っていると」


 西の大陸出身のバロンも知っている程、神国の黒い噂は広まっている。知らないリヴァルが世間知らずなのだ。


「そうだったのか。ならそのゴッテルスって野郎はとんでねぇ爺なんだな」


「爺って――仮にも教皇だよ。それにテム様が最初から言わなかった時点で神国は怪しいって思うべきだ」


「神国は確かに天界と交流があるって教えられたけど、一度も行った事はないよ」


 ヘレネは子供である為か、外交には連れ回される事はなかった。だが、ヘレネも大人になれば神国に使者として派遣されるかもしれない。


「大体天使なんだからよ。神国の不正ぐらい気づきそうなもんだけどな」


「巧妙に隠しているのかも知れない。まあ、そもそも噂であって確定した話ではないからね」


 アルの言葉通りの可能性もあるが、カークを殺した男もいる。その事実から天使の目を誤魔化せるのかもしれない。


「まあ、どうせ神国には入れないしな。さっさとサルナトで買い出し済ませて帰ろうぜ」


 リヴァル達の目的はサルナトでの買い出しである。パモーレは地下深く落下し、神殿高地を知っているアル曰く出てくるのは三日程度かかるらしい。その間に準備を整え、次の場所ヘを向かう予定である。










 神国のとある地下の一室にて老いた男が目覚めた。神教特有の白い衣装に身を包み、スキンヘッドの老人の目は赤い。老人の名はゴッテルス。アルとバロンが話した神国の教皇にして神国の黒い噂の一人だ。


「なんでしょうか怪人。私を起こすとはよほどの事なんでしょうね」


 目覚めたばかりのゴッテルスは部屋に一人でありながら、誰かと話すように呟く。


「何? 落とされたと? 神殿高地ですか――私の縄張りに足を踏み入れるとはどういうつもりですか? まあ、あなたはそういう人でしたね」


 薄暗い部屋の中、ゴッテルスは一人呟きを続ける。


「天使がいると? 何かのご冗談では? ほう――迷子? そうですか、分かりました。情報ありがとうございます。それでは――えっ? 私が来るまで待てと? ご冗談を。ごきげんようパモーレ」


 ゴッテルスはそう言うと立ち上がり、部屋を出た。部屋を出るとそこには一人の青年が立っていた。ゴッテルスと同じく白い衣装に身を包んだ神教の信徒である。青年はゴッテルスを見ると涙を流し、跪いた。


「おおっ! お目覚めになったのですね教皇様!」


「はい、おはようございます。さっそくですが、あなた達に頼みたい事があるのですが?」


「何でしょう?」


「私の元に天使様を連れてきてください」


 ゴッテルスはそう言って笑みを浮かべる。柔和な笑みだったが、どこか裏を感じさせる優しい笑みだった。










 サルナトの市場に到着したリヴァル達は早速必要な物を買い回っていた。イーセ程ではないが、それなりに賑わっており、大陸全土から集まった信者達が幾人もいる。









 






 サルナトに到着したリヴァル達は市場通りに来ていた。さすがにイーセに比べれば人は少ないが、大勢の人が行き交い賑わっていた。時間は既に午後。神殿高地に戻る頃には夜になる。


「手分けして買い出しだ。ヘレネはバロンが頼むぜ」


「分かった。買い物が終わったら街の出入り口に集合でいいね?」


「それでいいだろう。リヴァル。余計な物は買うなよ」


「マリサみてぇな事言うなよアル」


 四人はそれぞれ改題しに向かう。ヘレネと共に行動するバロンは食料担当だ。


「行くよヘレネ」


「うん」


 マントで白い翼を隠すヘレネは端から見ると普通の女の子である。だが、もし神国の手前であるサルナトでこの翼を晒してしまったら、騒動が起きるのは必然だ。町中が騒ぎ出し、買い物なんて出来る状況ではなくなる。バロンは注意を払いながら買い物を行った。


「これぐらい?」


 買い物袋を抱えながらヘレネが言った。必要な食料を買い終わり、バロンとヘレネは出入り口へと向かうとする。だが、バロンは感知魔術により、魔力を高めた何人かが、こちらを囲っている事に気づいた。


「ヘレネ。こっちだ」


「えっ? うん」


 ヘレネを連れてバロンは敢えて人混みの中ヘを進む。敵らしき者達からの包囲から逃げるには人混みに紛れるしかない。だが、敵はそれを見越していたのか、二人の前に立ち塞がった。


「――待って貰おうか?」


 二人の前に立ち塞がったのは白い衣服に身を包んだ大男だった。マリサの衣装に似ているが目の部分だけ露出させた白い頭巾を被り、片手は懐に突っ込んでいる。


「何の用ですか? 僕達は急いでいるので」


「嘘をつくな。その子は天使だな?」


その言葉でバロンの警戒心は一気に高まった。そして杖を取り出し、戦闘態勢に入る。周囲にいた町民達は不穏な空気を察したのか、次々にその場から避けていく。


「その衣装は神国の方ですね? あなた方にとって天使とは崇拝すべき存在だ。なのにこんな物騒なお出迎えとはどういうつもりですか?」


 敵の狙いは分からない。バロンは少しでも情報を得ようと話をする。


「小僧、我々は神国の信兵だ。神国神教が天使様を預かる。ここまで連れてきてくれたなら報酬を与えよう」


 大男はそう言って手を差し出す。だが、バロンはそれに応じない。


「僕はアルドア国神教からの依頼で天使様をお守りしている! あなた方に引き渡せとは言われていない。故にあなた方の求めには応じない」


 そのバロンの返答を聞いた大男は拳を合わせた。そして魔力を高める。


「そうか――残念だ」


 大男はそう言って、バロンに向けて殴る掛かった。バロンは抱えていた食料が詰まった袋を投げ捨て、避けた。そしてヘレネも袋を捨てて、魔力を高める。


「ヘレネ! 逃げるんだ! 光の魔力を使うんだ!」


「えっ? でも!?」


 敵は複数。もう周囲は囲まれており、二人で逃げ出すは難しい。バロンはそれを察して、ヘレネだけでも逃がそうとする。


「僕は大丈夫だ! リヴァルとアルに合流するんだ。合流場所は知っているね?」


 そう言いながら、大男の拳を杖で受け止めるバロン。あまりの力にバロンの足は地面にめり込んだ。


「ぐっ!」


「バロンも逃げよう!」


「ダメだ! 狙いは君だ! 光を照らせ! 逃げろ!」


 バロンは叫ぶ様にヘレネに言う。困惑するヘレネだったが、白装束の男達が近寄ってくるのを見て意を決する。光の魔力を解き放ち、目眩ましの強力な光を手から放った。


「くそ!」

「目が!」


 周囲に迫っていた男達は立ち止まってしまう。そして光が収まった時、その場にはもうヘレネの姿は無かった。そして上手く逃がした事に安堵したバロンに大男の拳が腹部にめり込む。


「あがっ!!」


 バロンは吹き飛び、そのまま壁に激突した。そして吐血し、その場で倒れた。


「やってくれたな小僧。探せ! 逃がすなよ!」


 大男はどうやら指揮官らしい。他の男達はそれに従い逃げ出したヘレネを探しに行くのであった。

 意識が朦朧とする中、バロンは近づく大男を辛うじて認識する。


「さて――貴様はどうするかな? 人質にするかな? それと――」


 言葉が途切れる。バロンの意識はそこで途切れてしまうのであった。













「起きろ!」


 バロンの顔に冷水が掛けられる。そしてバロンは目を覚ました。すると、そこは牢屋だった。バロンは辺りを見渡し、あまり広くない空間だと分かった。そして自身の手足が鎖付きの枷が付けられていると分かり、バロンは悟った。自分は捕まったのだと。


「起きたか? 教皇様がこちらに来る。立て!」


 白装束の男に急かされ、意識がまだはっきりしない中、バロンは無理矢理立たされた。


「準備は出来ました。教皇様、こちらです」


 そう言われ、バロンの牢屋に入ってきたのはげ上がった頭の老人で、赤い目を持つ老人だった。白装束に身を包み、皺が目立つ顔でバロンを見た。


「ほほう。黒い瞳に黒い髪か。あなた――もしかして守り手の一族ですか?」


 守り手の一族。それはバロンの流れている血だ。西の大陸にてとある物を守護している一族である。


「守り手の一族? 何の話だ? 僕はそんな一族は知らないぞ」


 嘘であるが、ここは情報が欲しい。駆け引きで少しでも敵の目的を探りたい。


「ほう、そうですか? まあ、そんな事はどうでもいい。天使の事をお聞きします。どこに逃がしたのですか?」

 その言葉でバロンはヘレネがうまく逃げた事を知り安堵する。


「教えるわけないだろう。それよりあなたはもしかしてゴッテルスか?」


 バロンの問いに、老人は顔色を変えず言った。


「そうですが、だったらなんでしょうか?」


「やはり――噂は本当だったんだな」


 教皇ゴッテルスにより、神国は操られている。それは本当だった。現に目の前にいるゴッテルスからは闇の魔力をバロンは僅かに感じ取れていた。


「ほほう。噂になっていましたか。西の大陸までそんな噂が行き届いているとは、少々、情報統制を強めた方がいいかもしれませんね」


 そう言うと、ゴッテルスは闇の魔力を用い、指先から闇の槍をバロンの肩目掛けて放った。その小さな闇の槍はバロンの肩を貫通し、血を噴き出させた。


「ぐあぁぁぁ!!!!」


 激しい痛みにバロンはもがき苦しむ。


「おしゃべりはおしまいです。さあ! 天使の居場所を吐け! さっさと吐けば快楽に連れてってあげますよ!」


 そう言うと、再び小さな闇の槍を放ち、同じ肩を貫通させた。バロンは苦しむが、ヘレネの居場所は吐くつもりはない。


「だ、誰が――言うか――」


 苦しむバロンにゴッテルスは無表情のまま、今度は闇の鞭を作り出し、繰り出す。


「それ!」


 鞭を振るう。バロンの体中に鞭を打ち続けるが、バロンは決して屈しない。拷問は続き、一時間が経過した頃、バロンは気を失った。


「教皇様! もう気を失っています!」


 信兵に言われ、ついにゴッテルスは拷問を止めた。無表情のまま拷問を続けたゴッテルスはついのめり込んでしまったようだ。


「あっ? 本当ですね。 気を失っています。はあ、なんとまあしぶとい小僧でしょう。明日からは趣向を変えてやまりすか」


 ゴッテルスはそう言うと闇の魔力を引っ込めた。


「あなた達は国境の警戒を強化しなさい。聞いた話からどうやら仲間がいるみたいですから、もしかしたら助けに来るかもしれませんからね。捉えて天使の居場所を吐かせるのです」


「分かりました」


 信兵達に指示し、ゴッテルスはバロンの牢屋を後にしたのであった。











 バロンは夢を見た。それは黒き鎧の魔人が神国内を蹂躙する夢だった。信兵や信者達を次々と徒手格闘で殴り殺し、白装束を赤く染めていく。何十人何百人の信兵がその魔人に挑むも、誰一人敵う者はおらず、ただ死体の山が次々とできあがるだけだ。そして教皇ゴッテルスがその魔人に挑む。序盤は闇の魔力にて押さえ込むもあまり持たず、ついにゴッテルスも倒れる。そして魔人はゴッテルスを神国最後の一人として追い詰める。


「おっお前は何者だ? どっどこから来た?」


 壁に叩きつられ、そのまま首を絞められたゴッテルスはもう風前の灯火だ。


「・・・・・・」


 魔人は何も答えない。魔人は大きく腕を振りかぶり、最後の一撃を与えようとした所でその夢はそこで終わった。

 そしてバロンは目覚めた。そして感知魔術にて全くと言っていいほど、魔力を感じない事に気づく。そしてあまりにも静か過ぎる事に不審を抱くのであった。


「何があった? 魔力を感じないが」


 バロンは立ち上がる。すると枷の鎖がきられていると事に気づいた。


(誰が斬ったんだ? もしかしてリヴァル達が)


 バロンはよれよれながらも、歩き出す。すると牢屋の鍵も破壊されており、簡単に牢屋から出ることができた。そして地下に作られていた牢屋から地上に出る階段をバロンは杖を取り戻してそれを支えにして登っていく。 すると段々と思い出したくもない匂いにバロンは気づく。


(この匂いは――まさか――)



 医師団にて嗅いた事のある匂い。そう、血の匂いだ。医師団において戦場での野戦病院での勤めで嫌と言うほど嗅いた匂いである。それが今、ここには充満している。

 バロンはついに階段を登りきり、出入り口の扉を触るとそこにはおびただしい血がこべりついている事に気づく。そして扉を開けると、バロンは絶句した。想像もしていなかった光景が朝日の光に照らされて露わになっていた。


「嘘だろ・・・・・・これは」


 神国の者達は大きな広場で全て殺されさていた。数千の人の命が一夜にして無くなったのだ。神国は非常に小さな国で、城壁に囲まれた街国家でしかない。だが、それがたった一晩でここまでになるとは誰が想像したか。


「何て光景だ。酷い! 酷すぎる」


 バロンはおぼつかない足で歩き出す。白装束に身を包んだ信者達、つまり国民達は皆殺しにあっていた。中には幼い子供、そして赤子も母親に抱えられて頭を潰され絶命していた。その光景を目の辺りにしてしまったバロンは吐き気を催す。


「何があった? 戦争? いや、虐殺だ」


 神国に起きたのは虐殺である。いくらゴッテルスが悪に手を染めていたとはいえ、国民達まで巻き込んだこれは許される行為ではない。

 バロンは自身が拷問を受けた事さえもどうでもいいかのように生存者を探し始める。だが、誰もいない。命の気配はない。いくら歩き回っても、生存者はいなかった。そしてついに教皇ゴッテルスを見つけた。ゴッテルスは神聖な神殿の壁に叩きつけられ壁にめり込んだままミイラ化して絶命していた。辺りの信兵達の死体は殴り殺されていたのに対し、何故かミイラ化して死んでいるゴッテルスにバロンは不信に思うのであった。


(何故、こいつだけがミイラになっているんだ?)


 その時だった。バロンの感知魔術に感じ覚えのある者が感知された。それに対しバロンは安堵の表情を見せる。


「バロン! バロンはどこ! 生きているなら返事をして!」


 ヘレネの声が大声で聞こえてくる。そして空を舞うヘレネがバロンを見つけ、涙を流しながらバロンに飛び込んできた。


「バロンーー!!!!!」


 空から飛び込んできたヘレネにバロンは受け止めきれず、尻餅をついた。


「生きてたんでね! 良かった! 良かったよ!」


「いたた――心配かけたねヘレネ。皆は?」






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