36 憎しみ
魔剣トネェルを構えたライオットは渾身の一撃をパモーレに食らわしたつもりでいたが、パモーレは未だに立っている。そして不気味な笑みを浮かべ、自身にダメージを与えたライオットを見た。
「ひっ! ひひひっ! 素晴らしい! 我が子の為にここまでするとは! 私! 感激ですよ!」
「おっさん――」
ライオットの魔剣にリヴァルは驚きの表情を見せる。まさか、浮浪者が魔剣を持っているんなど予想外だ。
「おい、ガキ! 手伝え! こいつはここで殺す!」
「なっ!? いきなり来て命令かよ?」
ライオットの指示にリヴァルは抵抗感を感じるが、共闘すればあのパモーレでも勝てるかもしれない。しかし、リヴァル達には作戦がある。
「おっさん! こっちは作戦立ててやってんだ。パモーレを殺したいのは分かっけど、こいつまだ本気じゃねぇぞ!」
「おっさんじゃない! ライオットだ! 本気になる前に叩けばいいだろ!」
「無理言うな。あの野郎、得体が知れないんだ! どんな能力隠し持ってるのか分からねぇし、迂闊に切り札使って倒しきれなかったらどうすんだ!?」
リヴァルの言葉にライオットは何も言い返せなかった。確かにライオットはパモーレについてほとんど知らない。闇雲に攻撃し続け、少ない魔力を使い果たして殺されるのは不本意だ。
「ちっ! 分かった。なら、どうするんだ?」
「このまま、俺と一緒に戦ってくれ! 二体一ならまだ有利なはずだ」
「いいだろう。俺の足引っ張るなよガキ」
「俺はガキじゃねぇリヴァルだ! おっさん!」
「おっさん言うな!」
言い争う二人目掛けて闇の魔力が飛んできた。固体化し、鋭利な円錐と化した闇が二人の間を裂いた。
「あらあら! 二人でイチャイチャしちゃて! 私も混ぜてよ!」
第三の人格が現れ、ぶりっ子ポーズで目立とうとするも、リヴァルとライオットは嫌悪の表情を見せた。
「こいつ、何なんだ? 人が変わったみたいに・・・・・・」
「バロン曰く多重人格言うらしいぜ」
「たっ多重人格? なんだぞれは? 聞いた事ないが――」
二人の会話の中でも、パモーレは攻撃を続ける。先端を鋭利化し、触手のような形に変化させた闇を変幻自在に操る。リヴァルとライオットは避けたリ、剣でなぎ払うが、斬っても分離した部分が霧散し、斬った先から再び鋭利化し攻撃を仕掛けてくる。いくら切り刻んでもイタチごっこだ。
「おい! どんどん触手の数が増えてるが――」
ライオットが息が荒くなり始め言った。リヴァルも余裕が段々と無くなり始めており、触手の一本が頬を掠めた。
(アルの合図はまだかよ! このままだと!)
「
アルの声が神殿内に響いた。大地破壊。土属性の魔法であり、指定した大地を破壊又は崩壊させる。パモーレの立っていた場所は丁度、石の床であり、何よりその下は大きな地下空間が存在していた。
そう、作戦は単純明快、落とし穴だ。
「ふぇ!?」
さすがのパモーレも驚く。だが、それは瞬きする間だった。
「トランスフォーム! 変形せよ! 闇の力ぁ!」
触手として四方に展開していた闇は一つに集まり、瞬く間に漆黒の翼へと変形した。黒い二対の翼を手に入れたパモーレはさながら天使。いや、堕天使のようだ。
「ふっはははっ! 落とし穴とは古典的な! 何かしてくるかと思いましたが、期待外れ! がっか――」
パモーレの言葉を遮る形で、ヘレネの投げた巨大な岩がパモーレにヒットする。真上から放り込まれた為、そのままパモーレは落下する。
「あなたが天使を真似るなんて――許さない! 落ちろ!」
天使からの罵声にパモーレは頬を赤くし、ニヤニヤと笑った。
「いいわ! それ! いい!」
さらに追撃がパモーレを襲う。大きな雷撃がパモーレに直撃、空気が震えた。ライオットの魔剣の攻撃だ。
「ぶぅおおおお!!!! これまた! 刺激的~!」
本来ならば大ダメージであるが、パモーレは未だに元気そうに見えた。だが、二度の大きな攻撃にパモーレは力つく。闇の翼は霧散した。そしてパモーレはそのまま地下深くへと落下していった。
「またお会いしましょう~!」
最後の捨て台詞は木霊した。暗い暗い地下深くへと落ちていって、ようやくアルが姿を現した。
「ふう・・・・・・感知圏外まで落ちたみたいだ」
地下は深く。アルの推定では数百メートルとされている。さすがのパモーレでもこれだけ落ちればただではすまないだろう。リヴァル達はそう願いたい。
「おい! あいつを落としてどうするつもりだ! あれで死んだわけじゃないだろう?
ライオットはアルに詰め寄った。妻の敵でああるパモーレをこの目で死ぬ所を確実に見なければ納得出来ないのだ。
「あれで死んだら儲けものでしょうが、生きているでだろうね。そもそも、あなたは何者だ? 雷の剣――魔剣をどこに手に入れた?」
「おっお前――エルフか!?」
エルフ耳がそのままのアルについにライオットが気づき驚いた。巷では人生で一度会えばかなりの幸運と言われる種族だ。驚かないわけがない。
「エルフにまで会えるとなあ! これは驚いた!」
「話を聞け。どこで魔剣を手に入れた?」
「おいアル。そんな口の利き方はあんまりだろ。おっさんもエルフに会えたからって落ち着け」
アルとライオットの間にリヴァルが割って入る。
「ここで話するより場所を移動してから話し合おうぜ」
リヴァルらしからぬ物言いであるが、二人は渋々納得し、違う神殿へと移動した。すると、そこにはパモーレの僕達を捉えたバロンとマリサがいた。
「おっ? 子供らはどうだ?」
パモーレの僕は子供である。魔力を用いて魔術を行使してくるが、根は子供だ。魔術さえどうにか出来ればバロンの睡眠魔術にて無力化は出来た。総勢で十名弱、全員に一応、縄で拘束している。
「全員無力化したよ。眠っている」
バロンが最後の一人を縛り上げながら言った。
「マレーナ! マレーナはいるか!?」
突然にライオットが目の色を変えて、子供達の顔を覗き回る。
「おい、おっさん。落ち着けって言ってるだろ? 今度は何だよ?」
「うるさい! 黙れ!!」
突然の怒鳴り声だった。リヴァルはきょとんとした。そして遅れて来たヘレネは怯える。
「うっうるせぇとはなんだ!? いきなり怒鳴りやがって――」
リヴァルは驚きつつも、少し苛立った口調で言った。
「あの・・・・・・何があったのですか?」
マリサが優しさを感じさせるような口調でライオットに尋ねる。ライオットの目は異常と言っても差し支えない目付きになっていたが、マリサの心の底から心配しているような表情を見てその目は治まった。
「わっ悪い。気が動転していたみたいだ」
「マレーナとは――娘さんのお名前ですか?」
マリサが尋ねる。
「――そうだ。俺の娘だ。奴は、パモーレは娘を――僕にしていた」
そのライオットの言葉にリヴァル達は目を見合わせた。
「やはり、子供ばかりを手下にしているのは間違いないな。言い伝えと一緒だ。ママン・パモーレ。奴は伝承にも出てくる怪人そのものだ」
アルの言葉に皆、異論はないようだ。これまでの戦闘と言動を見れば、もう奴が伝承のパモーレであると間違いない
「そんで、ライオットのおっさん。娘さんは生きていたって事か?」
リヴァルが尋ねる。
「そうだ。てっきり、死んだものかと思っていたが、つい先日・・・・・・フリュームで奴に見せつけられた。あの時の姿のままで!」
その言葉にリヴァル一行は全員驚いた。
「まさか――歳をとっていないと言うのか?」
バロンが言った。
「いや――ありえないはずだ。長寿種でもない限り、不老などありえ――」
何かを言いかけてアルの言葉はそこで止まる。
「もしかして――闇の魔力なら、それが出来ると言うのか?」
「私、思い出した事があるの。お父様から闇の力は万能だって聞かされた事があるよ」
ヘレネだ。天使らしく、宙を舞っている。そしてそれを見たライオットは口を開け、目を丸くした。
「はっ・・・・・・天使だと? 俺は夢でも見てるのか!?」
その言葉でリヴァル達はしまったという雰囲気に包まれた。ヘレネの白い翼は丸見えだ。マントで隠す事など誰もが忘れていた。
「今日は・・・・・・とんでもねえ日だ! エルフどころか天使様まで拝めるなんてよ」
ライオットは涙目でヘレネの前に蹲り、手を合わせた。
「天使様! どうか娘を! マレーナをお救い下さい!」
下界の一般常識において天使は救いの象徴の一つであり、そのものであるとされてきた。当然、ライオットはついに自分に救いが来たと思い、まさに天にも縋る気持ちでヘレネの前で頭を下げるのであった。
「おじさん。私はまだ子供の天使で、力なんて大した事がないの。だから、救ってあげたいのは山々なんだけど――」
「いや! 子供の天使様でも構わねえ! どうかお助け下さい!」
「まっまいったな――」
ライオットにヘレネは困り果てる。
「ライオットさん。私の名はマリサと言います。神教の者です。ここに天使様がいるのはとある事情があるのです――」
そう言ってマリサはライオットにこれまでの顛末を簡単に説明した。
「そうだったのか――お前さん達はとんでもねえ使命でここにいるんだな」
当然、予言の事は省いて話した。すっかりライオットは落ち着いたようだ。
「ライオットさん。我々も話したんだ。その魔剣について聞きたい。どう考えてもそれは浮浪者に不相応な物だ」
アルが失礼ながらも言った。
「アル、失礼ですよ! 浮浪者だなんて」
そのマリサの言葉にライオットは手を出した。
「エルフ様の言う通りだ。俺は浮浪者だ。金もねえ、家もねえ、どこにも所属していないあぶれ者の剣士だ」
そう語るライオットにマリサは何も言えなくなった。
「それで魔剣はどこで手に入れた?」
「拾いました」
そのライオットの言葉にリヴァル達は驚く。
「拾った!? とんでもねぇ事言うなおっさん!」
この世界の魔剣は人外により強大な魔力を宿され、人間には扱えないか魔術に秀でた種族により特殊な魔術を施され、特殊魔術を剣に宿す二種類に分類されている。ライオットの魔剣トネェルは前者に分類され、雷撃の力は人外の存在によるものである。通常であれば人間には使えない代物でありながらライオットが辛うじて使えているのは奇跡に等しい。
「嘘をつかないでくれるか? 魔剣が落ちていただと?」
アルの言葉はごもっともで、魔剣は数が少ない希少武器であり、どれも強力な代物ばかりである為か、ほぼ国家権力か大富豪等が保管しているのが普通である。それ故拾ったなどありえない。魔剣が落ちているなら苦労しないだろう。
「本当です。道で拾いました」
「おいライオットのおっさん! だったらその魔剣俺に持たせてくれよ」
リヴァルは興味津々な様子で、ライオットの前に手を出した。魔剣は認めた者しか触れさせないとされており、認めていない者がもつと拒絶されると言われている。
「これが偽物だと思っているのか? いいだろう。ほれ」
そう言ってライオットは魔剣トネェルを差し出した。リヴァルは躊躇無くその剣を手に取るが、その瞬間に剣から放たれた電気によりリヴァルは感電し、剣をその場に落とした。
「ははっ! それ見ろ! これは本物だぞ」
「いてぇ! これは本物じゃねぇかアル? おっさんの言う事本当かもな」
手をぶらぶらさせながらリヴァルは言った。一方、アルは手を顎に当て、何やら考え込んでいる。
「とにかく、ここは手下の子達を安全な所まで連れていきましょう」
マリサの言葉でライオットは思い出して子供達を診ているバロンに詰め寄った。
「おい、あんた! ここに女の子は! マレーナはいるか!?」
「残念ながらここにいるのは全員男の子です。あなたの娘さんはいませんね」
そのバロンの言葉に、ライオットは落胆する。
「そうか・・・・・・」
その後、パモーレの僕達を眠りから覚まし、神殿高地の外れにある神教の教会へと連れていった。そこで神父に事情を説明し保護して貰う事となった。神殿高地の教会は遺跡を改造した場所で、聖域の中でもさらに聖域となる。リヴァル達とライオットはそこの応接間で話をする事となった。
「この際、魔剣をどこで拾ったなんてどうでもいい。ライオット、単刀直入に言おう。あなたに僕達と共にパモーレ討伐をしてもらいたい」
椅子に座る早々アルが言った。事前に何の話をしていなかったアル以外のリヴァル達はアルを見た。
「アル。このおっさんを仲間にするつもりかよ? この前は眠らせた癖に」
魔剣を扱えるからと言って先日とは態度が違うアルにリヴァルは含みを持たせて問う。
リヴァルの言う通りである。少々都合が良いと思える。
「いいぜエルフ様。こっちこそ、願ったり叶ったりだ。奴を殺せるなら協力するぜ」
ライオットは満更でもない様子だ。正直、一人で倒せるとは思ってはおらず、勝算はほぼ無いとライオット自身も思っていた。故にアルの提案は乗るしかない。
「それでエルフ様よ。奴に勝てる勝算はあるのか?」
そのライオットの問いに、アルは難しそうな表情をする。
「正直に言おう。今回の戦いで現時点の戦力で奴を倒すのはほぼ無理だろうと僕は思っている」
そのライオットの言葉にリヴァルも誰も反論はしないが、ライオットだけは溜息をついた。
「そうかいエルフ様。あんたがいても厳しそうなのかい」
「現時点だと言ったろ? あと少しで奴に対抗出来る力は出来るかもしれない」
「どういう意味だ?」
そのライオットの言葉にアルはマリサとヘレネを見る。
「二人の光の魔力がさらに成長すればあるいは――奴を滅する事が出来るかもしれない」
「そうか、二人ね――二人だと?」
ライオットは驚く。光魔法など天使ぐらいしか扱えないのが普通だからだ。
「はい。私は光の力を授かっています」
そう言ってマリサは手の平から光の魔力を放出し、見せた。それにライオットは当然の如くさらに驚く。
「人が・・・・・・光の魔力を持つなんて」
「彼女と天使のヘレネの魔力がさらに成長すれば奴を倒せる可能性は高いとみている。それまで奴から逃げるしか打つ手はない」
「そうか――なら」
「それでも、確実ではない」
アルは真剣な顔で告げた。
「あの男はおそらく長きにわたり世界各地で子を攫い、罪を犯し、幾度も戦闘を積み重ねて伝承にまでなった存在だ。人間であるが、もう人間ではない。闇の魔力を扱うのであれば、対抗出来るのは光のみだろう」
「じゃあ、俺の魔剣は通用しないのか?」
「そうではない。お前の電撃の攻撃は多少なりとも奴に効いていたよ。闇とはいえ万能ではないだろう」
「そうか――なら、俺はまだ戦えるな」
「そうだ。しかし、憎しみを抱くな」
アルのその言葉にライオットは目を丸くする。
「憎むなとはどういう事だ?」
その問いにマリサが答える。
「闇の魔力は負の感情を糧にすると言われています。ライオットさん。あなたは憎しみを奴にぶつけています。それでは奴の力が増すだけなのです」
闇の魔力は負の感情を糧にし、成長する。ライオットがこのまま戦うとパモーレは強くなるだけだ。
「ライオット。あなたには憎しみの心で戦って貰わない為にも精神的な修行が必要だ」
「精神の修行だと?」
ライオットは思いがけないアルの提案に唖然としたが、腰に携えた魔剣を見て何か感じ取ったとり言った。
「いいだろう。エルフ様の言葉信じよう。精神修行やってやるさ」
その言葉にリヴァル達一行は安堵するのであった。
「そうか・・・・・・ありがとうライオット」
アルはそう言うと自身の鼻をつまんでライオットに言った。
「ライオット――」
「なんだエルフ様よ?」
「頼むから水浴びをしてくれ」
そう、ライオットは何日も体を洗ってはいなかった。応接間は悪臭に満ちてしまっていた。
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