2022/05/21:母と娘が聴いたソプラノ

〜歌声が本当に美しく、素晴らしくて感動しました。いま手元にこれしかありません。パンを買おうと思っていたお金です。シュペンデにさせてください〜


小さい女の子を連れたお母さんが、2ユーロを手渡しながら言ったそうです。


「シュペンデ」とは「寄付」。

日本でいえば、路上ライブの若者に寄付するのと似ています。

が、これは、ウィーンの教会でのボランティアコンサートの時のお話です。

そこで歌ったソプラノ歌手、田中彩子さんへのことばです。

オーストリアまで逃れてきたシリア難民の母子が、田中さんの歌を聴いて、感謝の気持ちを伝えたのです。



田中彩子さんとは。


ものすごい高音まで出る声の持ち主。

いわゆるソプラノではなくて、その上の超高音まで歌う

「コロラトゥーラ・ソプラノ」

と呼ばれる歌い手です。

初レッスンで何もわからず発声したら、ピアノの一番右はしの音まで出てしまったとのこと。

3才から鍵盤を始めて、将来はピアノで生きていこうと思っていたのに、決定的に手指が小さくて断念し、高校生の時に試しに声楽をやってみたとのこと。


ここらへん、個人的には、若かりしころの椎名林檎さんの姿に重なります。

林檎さんも、身体の成長障害からくる限界のために、バレエやクラシックピアノをあきらめたのです。

食べていくために残されたものは、やはり音楽しかないと覚悟を決めたのです。

(先天性食道閉塞症のために林檎さんは生後間もなく右背部からアプローチするオペを受けています)



時を戻そう。(話を戻しましょう。笑)



なけなしの2ユーロ(270円)を手渡された田中さんは、次のように思ったそうです。


〜「音楽の力を知りなさい」と教わった気がした〜


ご存じのように、ウクライナの前はシリアでした。

弱く罪なき大勢のひとびとが、不条理に命を奪われました。


地獄のような内戦がつづくシリアから逃れてきた親子の心を、田中さんは歌で救ったのです。

もしかしたら、親子の命まで救ったのかもしれません。


母と一緒だったちいさな女の子は、成長した未来に身体はもっと大きくなるでしょう。

学校にも通い、友達もできて、キャンパスライフを楽しみ、仕事をして、恋をして、娘や息子ができて……。

そしてきっと、昔のことを自分の子どもたちに話して聞かせることでしょう。

故郷から命からがら逃げた先で、母親とふたりで偶然に聴いた、この世のものとは思えない、素晴らしい歌声のことを。



田中さんには、たぐいまれな声の才能があります。

林檎さんにも超一流の作曲能力があります。

さて、わたしたちには、何があるでしょう。

天性の飛び抜けたものはあるでしょうか。


なくても、じゅうぶんです。


わたしたちは、何のために書いているのでしょう。

他人のため?

社会のため?


そうじゃなくても、全然いいです。

むしろ、自分のためでもいいのです。

誰のために書いたとしても、そこに、ゆるぎない事実がひとつあるのですから。


さあ、いまこそ文字の力を知るときです。








……なんちゃって。


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ネット日記(不定期) 瀬夏ジュン @repurcussions4life

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