#056 エピローグ

「そこの者たち、止まれ! 我々は王国軍だ! これ以上近づけば、敵対行動とみなし即刻攻撃するぞ!!」

「「…………」」


 制止を無視して、黒尽くめの一団が馬車に襲い掛かる。


「聞く耳持たずか!?」

「っ! コイツラ、早いぞ!?」


 一団はまるで風に舞う木の葉の様に、素早く、それでいて捉えどころのない動きで兵士たちを切り付け、そのまま横をすり抜けていく。


 すり抜け様に一団は、懐から取り出したナイフを投擲する。


「やはり、暗殺に特化しているようですね」

「「!!?」」


 ナイフが空中で制止し、アルフが姿を見せる。


「……錬金術か」

「知らずに襲った訳でも、ないでしょうに」


 アルフが手を掲げると、ナイフが反転し、一団に向かって飛んでいく。


「小癪な! ヤツは金属を操る! 投擲は控えよ!!」

「「応ッ!!」」

「魔術特性を決めつけてかかるのは、悪手だな!」


 アルフの持つ秘本が輝き、ひとりでにページがめくられる。


「不味い! 剣を手放せ!!」

「なっ!?」


 雷鳴が轟き、一瞬にして半数の賊が感電し、意識を失う。


「それで、剣を手放して、俺に勝てるのか?」

「問題ない!」

「待て!!」


 煽りに釣られて飛び込んだ賊が、二度目の雷鳴に穿たれ、焦がれて地に伏す。


「砂鉄か」

「ご名答」


 アルフの周囲には黒い帯が漂っている。これは金属の粉であり、懐からいでて新たな帯を形成する。


「装備を……間違えたようだな」

「どうする? 撤退するか??」

「ふっ、悪いがそうさせてもらおう。次に会うときは、貴様の最後だ!」


 生き残った賊が白煙に包まれる。しかし、その煙に向け、黒色の帯が火花を散らし、道を作る。


「残念、次は……無いんだ」


 閃光と共に、一筋の光が闇を切り裂き、正確に賊の胴を射貫く。勢いに押されて飛び散った血と肉片が、そのものに"死"を告げる。


「なっ……」

「悪いな、俺に目くらましは通じないんだ」

「…………」


 電磁誘導により加速した金属片は、音速をはるかに超え、空気との摩擦で自身を燃やしながら突き進む。その威力は凄まじく、射線に入って原型を止めていられる生物は存在しない。


「アルフさん、遣り過ぎでは……」

「あぁ、ちょっと、加減を間違えた」


 賊の胴は吹き飛び消滅。原形を残した頭と手足が思い思いの方へと飛んでいく。


「ちょっと、ですか?」

「生きているヤツもいるから、許してくれ。あ、あと、そこの死体には、近づかないように」

「へっ?」


 死んだと思われた賊が、ノソリと不自然な動きで起き上がる。


「…………」

「悪いがこの地にお前の居場所は無いんだ」


 起き上がった賊が魔法の炎に包まれる。そこからは、とても人の声とは思えない金切り声が小さく響き、再度その身を地に委ねる。


「アルフさん、これは……」

「寄生型の魔物だ。本来、この大陸には居ないはずの、な」





「領主のミウラーと執事のキエルド! 薔薇騎士団所属、レイナの名において、2人を拘束する!!」

「な、何だ行き成り!!?」


 突然、領主邸に押し入る騎士たち。彼女らは給仕の制止を跳ね除け、領主・ミウラーの前に令状を突きつけた。


「ここに書いてある通りだ。2人には国家反逆罪の容疑がかかっている。大人しく投降するなら、家の名は残そう」

「なっ! ふ、ふふ、ふざけるな!!」


 家の名を残すとは、すなわち『ミウラーの貴族権が剥奪され、子息に家名が自動的に継承される』と言う事。そこに弁明や審議の余地はなく、貴族としての"死"を意味する宣告だ。


「恐れながら何かの手違いでは? 当方、何も身に覚えがございません。どうか、剣を納め……」

「貴様の意見など、聞いていない」

「失礼しました」


 冷徹な一蹴にキエルドが頭を下げる。ミウラーはともかく、キエルドに関しては、歯向かえばそこで何時でも処刑できる。ここにはそれだけの"身分の差"があった。


「"元"領主・ミウラー、お前は秘密裏にイオネアを開発し、ドルイドの森に軍事拠点を建設しようと画策した」

「お、お待ちをレイナ様! 何かの間違いです! 確かにイオネアの開発計画はありました。しか……」

「すでに、貴様の秘密拠点は抑えてある」

「はい?」

「イーオンに5箇所、イオネアに3箇所、ほかにも郊外に4つほどあった拠点も抑えた」

「その、身に覚えが。た、確かにドルイドは、その、息子に管理させようと手をまわしたのは認めます。しかし!」

「1年だ」

「はい?」

「この1年、我々は貴様らを泳がせ、証拠を集めていた」

「はい??」

「貴様の反逆行為は、1年前から掴んでいた。よもや、あれだけ派手に動いて、まだ目をつけられていないとでも思っていたのか?」


 そう、ドルイドは数々の妨害に対し、相手の戦力や拠点を掴んでいた。しかし、確実に領主を失脚させるため、あえて無茶な国税を受け入れ、1年かけて領主を調べ上げる選択肢を選んだ。


「そそそ、それは! 全てコイツ! キエルドが勝手にやったことです!!」

「……ミウラー様、最後です。お清い幕引きを」

「何を言っている! ワシは拠点など知らん! コイツが……」

「すでに息子のオウツは拘束し、証言しているぞ?」

「はっ?」

「大人しく投降し、捜査に協力するなら、病による交代と言う形で穏便に舞台からおろしてくれよう」


 オウツはイオネアの開発を指揮し、ゆくゆくはドルイドに身を置く事になっていた。事の全ては知らないまでも、ミウラーの関与を証明するには充分な証拠を持っていた。


「そ、そんなっ! こんなところで……」


 地に伏し、絶望するミウラー。しかし、その顔に反省の色は無く、ただただ世の理不尽を呪う禍々しい表情があった。


「キエルドと言ったか?」

「ははぁ」

「貴様が、ミウラーを唆した黒幕である事は理解している」

「!!?」

「なっ! やはりお前が! でしたら、私は無罪です! どうか……」

「見苦しい!!」

「ヒェ」


 レイナにすがろうとするミウラーを、騎士たちの槍が阻む。


「唆された程度で欲望に囚われ、反逆を企てる。それが貴族に許されると、本当に思っているのか?」

「そ、それは……」


 ミウラーの特権剥奪は、事件の関わり如何に左右されない。領地内でここまでの不祥事を起こしたことに対しての処罰であり、ここから更に内容に応じて刑が加算されていく。


「いやはや、これは参りました。最初に処刑する相手を完全に間違えましたね」


 キエルドが立ち上がり、口を開く。すかさず騎士たちが窓や扉に回り込み、退路を断つ。


「話にならんな。出来もしないことを口にして、何の意味がある」


 キエルドは他国のスパイであった。ミウラーに取り入り、裏からこの地を支配し、やがてはもっと大きな……国に直接害なす計画を企てていた。現状ではそこまで先の証拠は掴んでいないものの、それはとても放置できるものではない。


「これはこれは、返す言葉もございません」

「「…………」」

「それでは、私奴はこれにてお暇させていただきます」

「させるか!」


 すかさず騎士たちが斬りかかる。しかしキエルドは、ソレを避けようとはしない。


「不味い! 離れろ!!」

「「!!?」」


 キエルドの腹が膨らんだかと思うと、弾け、その肉片は瞬く間に青い炎に包まれていく。


「自決したか」

「直ぐにこの場を離れるぞ! 無事な者は負傷者を抱えろ!!」

「「はぁ!!」」




 領主・ミウラーの屋敷が燃える。火の勢いは尋常ではなく、懸命な消火活動も効果を見せない。初めから焼き落とす為に細工してあった事が伺える。


「やられましたね」

「あぁ、もう!! アルフに合わせる顔が無い。最悪だ。大見得きったのに……」

「「…………」」


 声を荒げてイジけるレイナ姫。ミウラーこそ確保できたものの、学園を卒業し、騎士団長としての初仕事がこの結末だ。家臣たちも掛ける言葉が見つからない。





「しかし、よく10億なんて用意できましたね」

「秘密にしていたが最初から、最悪の場合は丸々10億借りる話になっていたんだ」

「なんだよ、それならそうと言ってくれよな。水臭い」

「コラ、そんな事言わないの。それに、借りるってことは……」

「そういう事だ。10億は会長に頼み込んで借りただけ。出来ることなら使いたくなかった」

「小麦は無理にしても、ミウラーが隠した9億が見つかってくれればいいんだが……」


 あれから、ミウラーは投獄され、処刑まで持っていけるだけの証拠も見つかっている。当然ヤークト家は取り潰しになるのだが、それでイキナリ別の領主に交代とはいかない。


 表向きは火事による負傷ということで娘のフィーアが領地を代理で管理する。その後は国の情勢なども加味してほとぼりが冷めた頃に領地の再編成がなされる予定になっている。


「さて、アルフよ。支度はできたか?」

「いえ、全然」

「よしそれでは行くとするか!」

「いってらっしゃ……」


 なぜだろう。足を動かしていないのに、勝手に景色が流れていく。


 話はそれるが、会長率いる薔薇騎士団は、滞っている亜人の国・スーンの開拓を国王より命じられており、開拓に必要な『雑多な知識と技術を持つ者』を求めていた。


「もぉ、諦めたらどうですか?」

「肝心の兄ちゃんがコレだもんな」


 村はアドバーグさんたちが居れば回るように整えてあるし、そもそも俺自身が村長を務めるには若すぎる。当初の予定では、魔法学園卒業後は諸国を漫遊して見聞を広める事になっていた。


「「アルフ様~」」

「用意、できたよ!」

「用意が出来ました」

「ハハハ、村の者のほうがやる気ではないか!」

「そうですね。私としては、また1から村作りが出来るかと思うと、ちょっと楽しみです」

「いいじゃないか兄ちゃん、俺たちがいれば、10億なんてすぐに返せるさ!」


 10億を借りるために出された条件は……スーンで騎士たちや現地協力者が駐留する拠点、つまり村を造る仕事なのだ。


「いや、絶対にすんなりとは行かないぞ? 会長は絶対、探索でも戦闘でも、面倒なことは全部俺に押し付けるつもりなんだ!」

「安心しろ。お前の慧眼は認めている。必ずや、お前の予想は的中するであろう!」

「いやそれ、全然救いになっていませんからね」

「「はははははぁ」」




 こうして俺はまた1から、村長をはじめる……らしい。


 『悪徳村長、はじめました。』~完~

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悪徳村長、はじめました。 行記(yuki) @ashe2083

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