#055 ドルイドの村・収穫祭④

「ここが、領主邸ですか……」

「正確に言うと、その手前の役所棟だな」


 場所はイーオンの中心。街役所に併設する形で建てられた領主役所(県庁の様な場所)の前。そして今日は、国税の納付期限日。つまり、今日中に納税が完了していない者は、等しく国税滞納者となってしまうのだ。


「結構、人が来てるな」

「まぁ国全体が不景気だからな。"一括納付期限"に間に合わなかった人たちだろう」


 ドルイドで言えば、村が代表して国税を回収している。これを一括納付期限、あるいは一次納付期限と呼ぶ。そして、村が定めた期限に間に合わなかった者は実費で領主役所に出向き、自分で納付手続きをする事となる訳だ。


「そう言えば、国税を滞納すると、どうなるんだ?」

「個人の滞納の話か?」

「そうそう」

「基本的には村や街が一時的に国税を肩代わりしてくれる。つまり借金だな。それで、村の役人が改めて個人に国税を請求するわけだ」

「一発アウトじゃないんだな」

「まぁ、中にはやむを得ない理由がある人もいるし、村や街も滞納者が多いと国の評価が下がるからな」

「あぁ、なんか納得した」

「それで、請求しても払わないとか、毎年のように繰り返すみたいなヤツは、居住権を剥奪して追い出してしまうわけだ。こうすれば、滞納とか気にする必要はないだろ?」

「そうなると、別の街に移り住んで、冒険者でもしてって感じか」

「いや、滞納者はそもそも身元の証明ができないから、街には入れないぞ」

「え? それじゃあ……」

「自給自足で生きていくしかないな」


 ファンタジー小説だと、転移者が普通に街に入り、あっさり冒険者になってしまうが、実際には身元を証明できない輩は警備兵に止められるし、ギルドも不審者をギルド員として受け入れたりはしない。


「そうなると、もう、真っ当な生き方は出来ないな……」

「一応、猟師になって村などに間接的に居つく方法はあるが……街に関しては、まず受け入れてもらえないだろう」


 因みに、未成年者は国税の対象外。だからスラムの子供も国税を稼ぐ必要はない。しかし、成人して何かしらの仕事に就く際、非納税者であると真っ当な職には就けなくなってしまう。さらに言えば、ギルドに加入せず冒険者のマネ事をするのもアウトだ。1度街の外に出たら最後、不審者として2度と街には入れてもらえない。


「さぁ、時間も惜しい。さっさと行くぞ」

「「はい!」」


 役所に入る。ここからは用件に合わせて、それぞれの受付で手続きをすすめる形となる。


「えっと、ドルイドの村の方ですね。本日は、どのようなご用件で?」

「国税の、一括納付に来ました」


 当然ながら俺は一般利用客ではないので、個室に通され、ちょっと偉い人と話す形になる。


「しょ! 少々お待ちください! タタタ、ただいま担当の者に変わります!!」


 担当ではない人が、引きつった顔で応接室から飛び出していく。


「ははっ、見たかよ今の顔!」

「言葉使い!」

「あ、あぁ、すま……申し訳ありません!」

「「…………」」


 多少人選を間違えた気もするが、貴族でないにしろ、この手の手続きにはそれなりに"形"を整える必要がある。よって、村長1人が『ふらっと飛び込み、納税の手続きオナシャス』とはいかない。今回の訪問も、事前に書面で大まかな内容を告知しておいた。


「お、お待たせしました。その、ドルイド村の村長・アルフ様と、そのお付きの方々ですね?」

「はい」

「「…………」」

「その、聞き間違えでなければ……その、国税をお持ちして頂けたとの事なのですが……」


 相手はどうやら『納付期限の延期交渉』に来たとでも思っていたのだろう。だから適当な中堅職員に応対させ、追い返す手はずになっていたのだ。しかし、普通に国税を持ってきたのなら、それは『領主が怖いので受け取れません』とは言えない。


「はい。ドルイドから領主様にお渡しする国税、10億をお持ちしました」

「その、もう一度確認したいのですが、その10億を……」

「全額用意しました」

「「…………」」


 顔面蒼白という言葉は知っているが、本当に人の顔が青く染まっていくのを見るのは……死人以外では初めてかもしれない。


「あぁ、因みに……こちらがレイナ姫の紹介状です」


 豪華な羊皮紙を広げると、まず真っ赤な王家の蝋印が目に入り、続いて俺の身元を証明する一文や、納税手続きを任せるなどの内容が綴られている。


「……し、失礼します!!」

「「えっ」」


 担当職員Aは逃げ出した。


「その、失礼します!!」


 担当職員Bも逃げ出した。


「えっと、どうすんだよ、この状況」

「まぁ、10億コレを受け取ったら、間違いなく殺されるからな」

「うぅ、なんだか可哀そうになってきました」


 手元には、記念硬貨が10枚。つまり10億だ。





「お待たせしました。ミウラー様付きの執事をしております、キルハイルと申します。以後、お見知りおきを」


 結局、一般職員には対応できないとのことで、領主邸に通され、執事、つまり領主の秘書が対応してくれる事となった。


「お手数をおかけして申し訳ございません。ドルイド村の村長を勤めております、アルフです。賊の襲撃により、滞っておりました国税をこの度、お持ちしました」


 勿体ぶる意味もないので、ここでは10億と紹介状を早々に出してしまう。


「拝見させてもらっても、よろしいでしょうか?」

「どうぞ」


 貴族が平民に対して絶対的な権力を有しているように、王族もまた貴族に絶対的な権力を有している。この執事は、下級貴族の小間使いなので、それこそ紹介状を無下に扱うだけでも死罪となりかねない代物だ。


 執事は、持参したハードカバーの印象図鑑を広げ、じっくりと紹介状の蝋印やサインを確認する。


「どうやら、記念硬貨も含めて、本物の様ですね」

「…………」


 因みに、俺は会長の頭を何度か殴ったことがある。あの人は"王の血"こそ継いでいるが、両親はともにゴリゴリの武闘派で、頭どころか喜んで斬りあいを所望するタイプの人だ。


 まぁそれでも、俺の頭と胴がいまだに繋がっているのは、幸運以外の何物でもないだろう。


「申し訳ございません。先ほどの言葉は、お忘れください」

「それで、10億コチラを」

「はい、確かにお預かりします」


 素直に記念硬貨を受け取る執事。しかし、空気は重く、その瞳の奥にはドス黒い深淵が蠢いていた。


「なるほどなるほど」

「なにか?」

「いえ、それではコチラに受け取りのサインと領主印もお願いします」


 因みに、この期に及んで、受け取っていないとか、応対した執事が……みたいな言い訳は通用しない。ここは領主邸の敷地内で、そこでの不祥事は全て"領主の責任"となる。


 こうして俺は無事、村の国税10億を領主に納めた。





「仕事のお時間です」

「「…………」」


 薄暗い路地裏で、ローブで姿を隠す老人が独り言を呟く。


「ターゲットは、ドルイド村の村長・アルフとその同行者全員です。街からある程度離れたところで始末してください」

「……いいのか?」


 窓から微かな声が漏れ聞こえる。


「ここまで来ては致し方ありません。念のためイーオンには帰らず、ほとぼりが冷めるまでイオネアのアジトで待機してください」

「この作戦には多大な時間と労力、そして資金を投じた。失敗は、許されんぞ」

「あのアルフという若者、優秀だとは聞き及んでおりましたが、一目見て分かりました。あの者は危険です。近い将来、我々の大きな脅威となるでしょう。今、始末しなければ……手が付けられなくなります」

「……わかった」

「「…………」」




 壁の向こうの気配が、音もなく散っていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る