異世界転生物語

奈那美

第1話

「もう~ぜんっぜん思いつかない。」

私はノートPCの画面を開いたまま、床にあおむけに寝転んだ。キッチンにはテーブルもあるからそこで作業してもいいのだけれど、『仕事』でなく『趣味』をこなすのには今使っているキャンプ用の折りたたみテーブルのほうが便利がいいのだ。なんといってもすぐに床に寝ころがれる!私は寝ころがったまま、頭の中で(あーでもない。こーでもない。)と設定を考え続けた。窓からの風が心地いい。この部屋の窓は普通の金属製のサッシではなく木製で、色も部屋ごとに違ってて好きな色の薄緑色で。そこが一番のお気に入りの点だった。

と、PCの横に置いていたスマホからメッセージの着音がした。少しだけ身体を起こして左手だけ伸ばしてスマホを取る。アプリを開くと友人の鈴子(すずこ)からのメッセージが届いていた。鈴子は小さいころからの友達で、家も近所で学校もずっと一緒で就職した今もいちばん仲がいい。

『おはよ。ってもう昼になるけど、紡(つむぎ)は今日はヒマ?』

『おはよ。ヒマって言えばヒマかな。』

『今、なにしてたん?』

『いつものやつ~。』

『ああ…あれね。』

『うん。でもさ、ぜんっぜんすすまないんだ、これが。』

『そっか。じゃあさ、気分転換にどっか行く?それとも遊びに行っていい?』

私は自分の服装を確認しなおし、

『今日まだジャージのままだし、着替えるのめんどいから、うちで遊ぼ。』

『らじゃ。じゃあ、もうちょいしたら行くね。』

『うん。オミヤよろで。』

しばらくたってから玄関のチャイムが鳴った。私は起き上がって一応ドアスコープからのぞいて来訪者を確かめて鍵を開けた。

「おまたせ~」

やってきた鈴子は手に持った靴屋さんの紙袋を持ち上げて

「オミヤだよ~。」

「え?靴?」

「ちゃうちゃう。マイバッグがわり。」

「あ、そっか。さんきゅ。入って入って。」

鈴子を招き入れながら袋の中を覗く。中にはコンビニスイーツとおにぎり、サンドイッチが入っていた。

「あ~これ、こないだテレビで言ってたスイーツ。食べてみたいと思ってたんだ~。」

「でしょ?私も気になってたんだ。」

玄関の鍵を閉めて私の後ろをついてきながら鈴子が言った。

「気になってたけど、いつも売り切れてたし。そしたら今日は運よく2個あったから、買ってきちゃった。」

「うれし~~。鈴子様様だわ。」

「そんな、スイーツくらいで大げさな。…もっと褒めて♪」

PCをテーブルからおろして空いたスペースに袋の中身を並べていく。

「飲み物、なにがいい?」

「なにがあるの?」

「缶ビール」

「却下」

「じゃあ…缶チューハイ」

「…ほかには?ノンアルで。」

「炭酸水…無糖の。」

「…コーヒーとかないの?」

「…ある。けどマグカップがない。」

「なんで?こないだ来たときはあったでしょ?」

「…割っちゃって…。」

「また?」

「うん。だからホットの飲み物いれられるものがないの。さすがにごはん茶碗でコーヒーはないでしょ?」

「たしかにそれはイヤかも。しかたない炭酸水で。」

「りょーかい。冷えてるやつと常温、あとコーラ風味とレモン風味とあるけど、どれがいい?」

「冷えてるレモンで。」

私は鈴子用にレモン風味の炭酸水をグラスに注いで、自分用のは常温のレモン風味をペットボトルのまま持ってテーブルに戻った。『オミヤ』のおにぎりとサンドイッチをシェアして食べた後にスイーツを堪能していると鈴子が言った。

「ねえねえ、紡。画面真っ白なんだけど、こんどはどんなの書くつもりなの?」

開いたままのノートPCの画面には、真っ白なままの原稿用紙ソフトが表示されたままだ。

「う~ん。それが、なかなか思いつかないというか。」

「さっき『いつものやってる』っていうから、なにか書けてるのかと思ったのに。」

そう。私は『趣味』で小説を書いている…書いているといっても短編とかショートショートとかで、それも『下手の横好き』レベル以下だと自覚しているくらいので。それでも鈴子にだけは書いてることを打ち明けたし、アドバイスをもらったりしていた。鈴子はどんな作品でもダメ出しすることなく真剣に読んでくれて、内容を変えない程度に言い回しとか一人称の書き間違い(僕が途中で俺になったりね)を指摘してくれた。そうして書き上げたものを投稿サイトに投稿していたのだ。

「う~ん。それがさ『Σプラス』も『ストーリー・マンスリー』もその他もろもろも、『異世界

転生物』が人気が高いみたいでさ。なんていうの?ファンタジー系というか、そういうの。そんなのにチャレンジしてみようかな~って思ったんだけど。」

「あ~。流行ってるみたいね。すっごく読まれてて人気があって、書籍化されてるものもあるんでしょ?」

「そうらしいね。ジャンル的にファンタジー系?苦手で、ほとんど読んだことがないし、本屋さん行ってもラノベとかファンタジーとかのポップがある棚には近寄らないようにしてるもん。」

「紡は本好きの割には偏食だもんね。大まかな構想もうかばないの?」

「うん。さっぱり。これっぽっちも。」

「じゃあ、いつものジャンルで書いたらいいじゃない?」

「でも、気分だけは『異世界転生物』でスイッチが入ってるんだもん。」

鈴子は『やれやれ』といった感じのため息をひとつついて言った。

「異世界転生物って、私も読んだことないからわからないんだけど『主人公』がなんらかで命を落として、今まで住んでた世界と全く違う世界に『生きてた時の記憶を残したまま』生まれ変わって、その世界で冒険だったりをする…話なんだよね?」

「た…たぶん。」

「その逆はないの?」

「逆って?」

「異世界の人が現代の人間界に転生する…的な。」

…その発想はなかった。でも…

「異世界の人が転生してきたとして。見た目は?あと言葉とか。」

「人間が転生した設定の場合、その世界に違和感がない姿とかで転生してる設定が多いんじゃないかな?」

「あ…そっか。だとしたら異世界さんもふつうの人間とみわけがつかないよね。」

「でしょ?で、その転生した『異世界の人の目線』で話をすすめる…と。私たちの日常も違う目線から見たら不思議なものに映るかもしれないし。」

すごい…そういう考えもあるのか。

「鈴子…すごい!そういうのって思いつかなかった。どこからそういう発想が湧くの?」

「だって、私がそうだから。…正しくは『私たち』かな。」

「私たち?鈴子と…だれ?というか「そう」って?」

「異世界転生者ってことよ。」

「うっそ!だって、ちっちゃいころからずっと一緒だったじゃない。赤ちゃんの時の写真もあるし。」

「そうよ。だから『転生』してるのよ。そして『私たち』のもうひとりは…。」

そういうと鈴子は人差し指で私を指さした。

「え??私??」

「そうよ。紡。あんたも転生者。私たちはずっと一緒に転生しているの。」

「いや、いや、いや、いや。そんなのうそでしょ?第一私、転生する前の記憶とか持ってないし。」

「それはあなたがそう定められているから。」

「さだめ??」

「そう。紡はさ、自分の名前の別の読み方言える?」

「もちろん。ほうとかぼうとか。」

「その、ぼうのほうの漢字書ける?」

近くに紙もペンも見当たらなかったので、ノートPCをテーブルの上にあげて『ぼう』と打ち込み変換してみた。変換文字を一覧で表示させる。その中のひとつを鈴子が指さした。『忘』という文字。

「あなたという存在は『忘』という定義なのよ。」

「忘…わすれる。」

「そう。だから転生前の記憶がないの。」

「じゃあ、鈴子は?」

「鈴は、ほかの読み方すると?」

「りんと、れいだったかな。」

「正解。じゃあ『子』は?」

「『し』くらいしか思いつかないよ?」

「十二支にも使ってあるよね?」

「あ!ね!ねずみの『ね』」

「はい。これも正解。じゃあその違う読み方のふたつを組み合わせると?」

「りんとねで…りんね。もしかして『輪廻』??}

「大正解。私は『輪廻』という定義なのよ。だから記憶を持ったまま転生する。」

あまりのことにわたしはぽかんとしていた。たぶん口は真ん丸に開いていたと思う。鈴子はつづけた。

「私たちは、ずっと一緒に転生を続けてきたの。その場所での名前は、存在の定義から連想された一番自然そうな文字づらを選んでね。…ああ、そろそろ時間切れかな。」

「じかんぎれ?」

「そう。今日みたいに『私たちのこと』を教える事態になったときには即時、一緒に転生ということになっているの…その地で生きてきた証も同時に消えるわ。じゃあ行きましょうか。…今度はどんな世界かしらね。」

 

…5分後

 

「こちらが内覧ご希望のおへやです。」

「わ~。シンプルで使いやすそうなお部屋。へえ…窓が木製なんですね~。」

「はい。こちらのアパートは部屋ごとに窓枠の色を変えてございます。こちらの部屋は、まだどなたにもご入居いただいてない物件になります。」

「ふうん…きれいな薄緑。うん。ここに決めます。」

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