三題噺・乳酸菌と教育論と忍者
インテグラル
三題噺
『ボクらの物語』
ボクの育った環境は染めるところのない湖だった。
ボクとその仲間たちは、そこを自由に泳ぎ回り、たまに結ばれ合ったりしていた。
とても唐突で‘しょう’もない事だけど。
ボクの物語は染まっていく。
気がつくと、ボクらは人間の口の中だった。
人間というのは、ボクとその仲間を造った存在で、妙に神経質そうでせかせかと動くようだった。とても独り言が多く、ボクらみたいな仲間が少ない。
ただ、ボクを含めて、彼らを嫌いな乳酸菌はいない。
それはきっと、彼らがボクらを好きなのと似たような理由だ。
付き合ってみれば、色は茫漠と隣り合わせになる。やがて染められてしまうのを待っている。
ボクの物語が、然うである様に。
兎も角、ボクらは人間の口の中に居た。
まずまずの居心地で、ボクらのためにオリゴ糖をシェイクしてくれている。
うむうむ、苦しゅうない。
ボクらの航海は順風満帆といって、差し支えなかった。
彼女と出会うまでは。
「・・・・・・ごめんあそばせ」
「ええ!?」
彼女は初めて見る存在だった。人間とは違うし、ボクらとも違う。その姿形は、ただ染められる存在とは隔絶していた。
小さな躰で彼女はするりと進み、先を目指そうとしている。
ボクは彼女に強烈な興味が湧いた。
「ねぇ?君の名前を教えてくれない?」
尖り極まった菌体からは意外なことに、彼女は静かに、そして粛々と先へ進んでいく。これは明確に目的地を定めた動きだ。
ボクは彼女に置いていかれまいと、ボクらに彼女を引き留めるように伝えた。幸いにも燃料には事欠かない。
「何かしら?わたくし、急いでいるのだけど」
「引き留めてごめん。でも、ボクは君のことが気になるんだ」
「わたくしは、あなたに、まぁったく、興味が、ありませんことよ」
そんなに溜めなくても良いのに、とボクは若干ふてくされた。
まぁまぁと宥めてくれる仲間が居なかったら、そのまま諦めていたかもしれない。
ボクは気を取り直して、あれこれと彼女の気を引こうとする。
食べ物や、ボクらについてや、人間のこと。
知りたいことを教えて貰うには、こちらから知って貰わないとね。
しつこさの甲斐あってか、ボクらを造った存在。つまり、人間のことに彼女は反応した。人間の体内を進んでいるわけだから、人間の体内に目的地があるのは当然のことだ。反応を得られたことに気をよくして、シャンパンを開ける勢いでボクは彼女に迫った。
「もしかして君も人間に造られたのかな?何か目的があるんでしょ?だとしたら、ボクらと同じ目的なんじゃないかな?違う?」
「ちがうっ!!」
それは予想外の酷薄さで以て、ボクの躰を震わせた。シャンパンではなく、シャンメリーにするべきだったか、とボクは酷く慄いた。
「全部よ」
「ぜん、ぶ・・・・・・?」
「人間の全部を壊すために。わたくしは造られた」
「人間の全部・・・・・・」
ボクらに核があれば、その激しさに律動を乱されていただろう。人間の体内は嵐のような轟音で満ちていて、ここに音は響かない。響きようもない。何が彼女の激情を引き起こしたのだろうか。
ボクの志向は知られず、彼女の求むることは明かされた。
だが、ちと不合理ではないか。
「造られたから、人間を壊すのかい?」
「ええ・・・・・・そうよ」
「人間を壊すために、人間が君を造ったの?」
「えぇ」
「分からないな。君を造った人間はおかしいんじゃないか?」
「人間がおかしい!?おかしいのはあなたの方よっ!!」
彼女のヒステリーに、ボクらは混乱する。
人間を擁護するのか?
何故?どうして?
「壊そうとするのに、人間を庇うのかい?」
「ええ、そうよ。悪い?」
「悪くはないさ」
ボクらの10分の1ほどしか無い小さな彼女の躰に、途方もない悪意が込められているのは明白だった。人間を壊すという一念で造り出された存在が、その人間を擁護する。
異常だ。
おかしいでは無いか?
「君は人間を壊す為に、人間に造り出された。人間にそう教育された。そうだね?」
「ええ・・・・・・あなた、何を仰りたいの?」
「君を造った人間も、君は壊すのかい?」
「・・・・・・えぇ、そうよ」
「創造者に従うことだけなのかい?人間を壊してどうなる?もっと良く考えてみなかったのかい?」
「あなた間違っているわ」
「なんだって?」
「造られた存在が、創造主をはかることは愚かなことよ。求められていないことをすることは望まれていない。それはわたくしの存在を否定することですわ」
間違っている。
まるでカルト集団に育てられた子供が盲信するように、彼女は人間の破壊を使命としてる。カルト集団がなんなのかボクは知らないけど、少なくともそういうことだ。
その使命からは、隠す気が全くない歪みが発露している。
彼女の物語は、彼女の中には無いのだ。
それなのに造られた‘しょう’もないことに従うことだけのみが、彼女の存在を許すというのだ。
「人間の悉くを排し尽くしたら、君の存在理由も失われる。違うかい?」
血管の中に光が射し、やがてボクらの周りも照らされる。
いつしか酸性の海を越え、ボクらはその数の大半を減らしていた。
「・・・・・・さようなら」
彼女を阻むボクらの減少を見て、付き合う理由を失ったのだろう、器用に細胞に『カエシ』を打ち込むと躰を沈み込ませようとする。
「駄目だ。それは承服出来ない」
「なっ!?」
ボクらは断定して彼女を遮る。
ボクらの一つがバクテリア態をリボンの様に解くと、腸細胞ごと彼女を引き剥がし、また別のボクらが隙間の傷を埋める。
「あなた・・・・・・最初から」
「そうだね。最初からボクは君をターゲットにしていた。そう志向していた。他のボクらのターゲットは君じゃ無かったから、胃酸で役目を終えたけど。ボクの目的は最初から君だった」
「はっ!ワタクシのことをつつき回しながら、結局っ!あなたも人間に飼われているじゃないの!」
彼女に眼球があり、口があったなら。
表情があったなら。
どんな表情だったろうか。
糾弾の響きは。
どこまで届いただろう。
見えなくて良かった。
伝わらない方が良かった。
隠しようのない失望が乗っていたから。
すべて、見えなくて良かった。
「飼われている。確かにそうなのかもしれない」
「ボクらの自由は色の無いシャーレの中だった」
「だけど、彼らがボクらに選ばせた訳じゃ無い」
「ボクらが、彼らを選んだんだ」
「君は造られたままで、そこから選ばなかった。選べなかったのかもしれない」
「でも、ボクらは選択した」
「君とは違う」
染めて染められて、ボクらは物語になる。
******
『とある科学者のコメント』
記「この度はバイオテクノロジー賞受賞、おめでとうございます」
科「ありがとうございます」
記「今日は祝杯ですか笑」
科「秘蔵のドンペリーニヨンをあける予定です笑」
ー閑話休題ー
記「受賞に際しまして、今回の発明についてコメントを頂けますでしょうか?」
科「私が開発したのは、学習するバクテリアです。彼らは一種のナノポッドとも言うべき存在で、形状や性質は乳酸菌などに見られる特徴と同様です。整腸作用なども備えているので、通常は微生物と相違ありません。特筆すべき点として、彼らに言語伝達能力や学習機能があること。ある種の教育論を授けることによって、ウィルスに最適な攻撃を変態して行うことが出来ます」
記「全く驚愕すべきことですね。そんなものを身体に入れて大丈夫なのですか?」
科「健康上の問題は全くありません。学習機能が備わっていますが、メモリの容量の問題で彼らが我々の予期せぬ変異をすることはありません。また、彼らはあくまで乳酸菌の振る舞いをするので、細胞にとりつく細菌とはそもそもが全く異なる存在です」
記「誤作動のようなものを起こして、人間の害にはならないと?」
科「はい。原理は今度発表する論文か、サイエンス誌をご覧になって頂きたいのですが、
彼らはウィルスの指令によって変異したフィロポディアのおこりを察知して、いち早く攻撃を仕掛けます。それが無ければ全く無害で可愛いものですよ笑」
ー閑話休題ー
記「今回の発明品にユニークなお名前をつけたとお聞きしたのですが・・・・・・」
科「忍者ですね笑」
記「ジャパニーズ誌の影響ですね」
科「うずをまいているあれです笑
それは半分冗談ですが、影の存在として、また人間の最良を選ぶ友としてこの名前をつけました」
記「なるほど、素晴らしいお考えですね。
ありがとうございました」
科「ありがとうございました」
~お題・乳酸菌と教育論と忍者~
#三題噺
三題噺・乳酸菌と教育論と忍者 インテグラル @yaminosuke
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます