第2話


 ――――――………………。


 ――――…………。


 ――……。



「う~ん」


 私はゆっくり目を開け、顔を上げた。窓からの斜光が電気の点いていない教室を明るく照らした。


 既に周りにはクラスメイトは居なくて、代わりに静寂がこの空間を埋めている。


 いつの間にか、寝てしまったらしい。両腕を目一杯上へ伸ばすと、自然に口から大きな欠伸が漏れ出す。


 三校時が始まって、最初までは覚えてはいるけど、その後、後半部分の記憶が曖昧であまり覚えていない。それほど深く眠ってしまったようだ。


 と言っても、課外授業は午前中だけだから、そのあと何の支障もないんだけどね。しかもこれで夏休み中の課外授業は全て終わった訳だし。これで学校来なくて済む。やっと、ちゃんとした〝休み〟が取れるってもんだ。


「はぁー……」


 小さくため息を吐いた。


 なんかこの頃どうにも身体が重い。全身に鉛が張り付いたみたいに。ぼーとして、うまく脳が働かない。


 ……怠い。


 毎晩、変な夢を見ている……ような気がする。でも、鮮明ではなく霞のように朧気で、見えない。


  思い出そうとしても何か夢を見ていたという感覚くらいしかない。


 でも、何故かこれは忘れたはならない、放してはならない! と、心が訴え掛けてくるのだ。自分でも分からないけど。


  ま、どうせ私の夢だから下らない事なんだろうな。ウサギと遊んでる夢とか、そんなもんだろ。


 そもそも、人間は眠っている間にも夢を幾つも見ているそうだ。けど、それはレム睡眠――深い眠りの時に起こる、無意識の領域で発生するものっであって、朝目覚めた時には夢の内容等、脳には記録されていない。例え、幸せなものであってもだ。


 夢というものは儚く、尊い産物なのだ・・・・と昨日観た深夜のテレビで、夢の専門家の人が言っていたのを思い出した。


 どうでもいいけどね・・・・。


  ――ふと、何かが頬に流れるのを感じた。目元を触ると、それは涙だった。なんで私泣いてるんだろう。


 何を思ったのか、私は後ろの席を見た。するとそこには気持ちよさそうにうたうたと舟を漕ぐ翔二の姿があった。


 腕を枕とし眠っている彼。私はつい、からかいたい気分になり、翔二の弱点部位である脇をくすぐろうと手を伸ばし――触れる寸前で私は動きを止めた。


 からかいたい気持ちは山々だけど、流石に眠りを邪魔しちゃ悪いかな? 高揚した気持ちを抑え付けると、私は机の横のフックに掛けてあるリュックから文庫本を取り出し読書に興じることにした。


 ・・・・・・・・・・。


 寂々とした空間がこの教室に広がり続ける。にしても何だろね? この安心感は。翔二が後ろにいるってだけなのに、守られてるような感じがして、すごい落ち着く。


 すると、


「ん、ん~・・・・」


 声が聞こえた。私は読み途中の本を閉じると上半身を捻り、後ろへ向ける。翔二は起きたばかりで、うっすら瞼を開けた状態のまま今の状況を確かめるように、辺りを窺う。そして、私と目が合った瞬間「わっ!」

 と露骨に驚くとその反動で、翔二の座っている席ががらっ! と下がった。


 そんなにびっくりすることないでしょ。


「おはよう、翔二。いい夢見れた?」


 すると翔二は、


「あ、ああ・・・・」


 思いのほか薄い反応で私は拍子抜けしてしまう。しかも、なぜか目を逸らすし。まるで私を避けるような――いやいや、翔二がそんなことする訳ないじゃん。何考えてんの私! けど、何か今日の翔二は様子がおかしい。


「どうしたの? ほんと、」


 心配になり、翔二に尋ねてみた。顔色も悪く、体調がよくなさそうだ。


「いや、その・・・・・・俺をくすぐらないんだなって」


「あー、いやさ一瞬くすぐろうか、迷ったんだけど、流石に眠ってる相手に邪魔するなんてタブーだしね。そういえば何で翔二ここにいるの?」


 率直な疑問をぶつけてみた。


「え、えっと・・・・俺が入ってきたとき、香奈が寝てたから自然に起きるまで待とうとしてたら、いつの間にか寝ちゃって・・・・その、すまない」


「待っててくれたんだ・・・・ありがとう。でも! これじゃ、どっちが待ってたのかわからないじゃん!!」


 私はゲラゲラと笑いながら、翔二の肩をバンバン叩いた。一方翔二は「はははは・・・・」と愛想笑いを浮かべるだけで、声もどこか覇気がなく沈んでいる。


「? どうしたの? なんか、元気がないみたいだけど・・・・・・悩みがあったら訊くよ?」


 だんだん翔二のことが心配になってきた。もし、翔二の力になれるなら、力になりたい。

 だから、悩み事とかは相談してほしいものだ。


「いや、平気だ。その・・・・とりあえず、教室から出ようぜ?」


 翔二の一言により、教室を出ると鍵を返し、そのまま私たちは学校を後のすることにした。そして帰り際に私はあることを思い出した。


「そうだ! ねぇ翔二! 私お腹すいたし。昼食がてらにどこか食べに行かない?」


「うーん。まぁいいよ。で、どこに行く気だ? やっぱマック?」


「はぁ~・・・・翔二の頭の中にはマックしかないの? たしかにエグチとかおいしいけどさ――フィレオフィッシュを好きだけど――それじゃなくて! 最近新しくできたカフェがあるの! どう?」


 そうこの近くにカフェができたのだ。前、行くとしたらスタバとかだったけどここからしたら意外と距離があって、学校帰りに寄るとなるとちょっとキツイ。だから、ここらへんに出来ると聞いて、私は大いに楽しみにしていた。友達と訪れても良かったんだけど、やっぱり翔二と一緒に行く考えに落ち着いた。


 太陽は高らかに昇り、熱と紫外線の攻撃を浴びせる。日焼け止めクリームをしてきたので心配はないと思うが、暑さだけは防げるわけもなく。汗はだらだと滴る。私は陽光を避けるように、すこしでも影があったらそこに飛び込む。日が当たないだけでこんなに涼しくなるなんて。


 部活をして(多分)暑さに慣れているであろう翔二も襟元を摘み、風を送り込む。玉粒ほどありそうな汗を額に浮かべていた。このまま外に居続けてたら全身が溶けそうだ。


 しばらくして、その件のカフェへと着いた。新しく造られただけあって、やっぱ綺麗だ。

 基本は木製で、一部ガラス張りとなっている。そこから覗く限り、満席。しかも、列が扉を抜けて外まで伸びていると来た。


「なぁ・・・・明日にねぇか? 流石に、この人の量じゃ何時食べられるかもわからないし・・・・」


 確かに、翔二の意見も一理ある。昼は暑さがピークに達する時間帯。並んだる人は暑さ対策画バッチリらしく、小型扇風機や日傘などを手に持っていた。


 私たちはというと学校の帰りに直接きているので、なんの対策のとっていない。そうなると店内に入るまでの間が地獄だ。もしかしたら熱中症にもなりかねない。けど、特製オリジナルマフィンも食べたい。


 うむ・・・・。


 この列に並んでどうしても特製オリジナルマフィンを食べたいという渇望と、この暑い中熱中症になり食べれないかもしれない懸念が、私の心の中で対立し葛藤を生じさせる。


 でもここは、翔二の意見が妥当かもしれないな。私は翔二の顔を見ると、


「そうだね。明日にしようか。ねぇねぇ、じゃあどこ行くの? 私お腹すいたんだけど」


 その提案を飲み、私は翔二にどこで食事をするか質問した。すると何故か翔二は目を丸くし、意表を突かれたような顔を見せた。


 ・・・・?


「じゃあ・・・・マックでいいか」


「うん!」


 この場を離れ、マックへと足を進めることにした。ここからマックまではまぁ、十分くらいだろうか。私は「あち~」とぼやきつつ、だらだらと歩いていく。公園に差し掛かったところでふと翔二は待っててと言うと、どこかへ駆けて行った。私は木陰に据えられているベンチを見つけるなり、誘われるようにそこへ腰を掛けた。流石に日中遊んでいる人はいなく、ジャングルジム、滑り台、ブランコはひっそりと佇み、今か今かと遊びに来る子供たちを待っている。


 懐かしい・・・・・・。


 風が吹き始め、ザワザワ・・・・と葉がこすれあい、ざわめきだす。そして自然に、私の脳内で徐々にと記憶が蘇ってくる。


 あれは私がまだ幼い時だっけな。この頃は群馬県の外れに住んでいて、遊ぶと言ったら近くにあった公園か友達の家かのどっちかだったな。

 私がここに越してきたのが小学校に入学する前の年であったから、申し訳ないけど一緒に遊んでくれた友達の顔は覚えてない。ただ〝一緒に遊んで楽しい記憶〟として残ってるだけ・・・・みんな元気にしてるかな? どうせ忘れちゃってるだろうけど。


 だって十一年も経ってるんだよ!? 私もこの記憶曖昧だから、もうあっちの子たちは私と遊んだ記憶すら消えたかもしれないし。やっぱり時間は無慈悲で残酷だ。


 と――ピタ。いきなり何か冷たいものが頬に当たり私は「きゃっ!」と声を出してしまった。瞬時に横を見ると目の前に「つぶつぶかんたっぷり!! オレンジジュース!」のロゴがでかでか目に入る。目線を上にあげたら翔二の顔があった。


 どうやら、缶ジュースを買いに行ってたらしい。私は差し出されたオレンジジュースを手に取る。


 すると翔二はどかっと私の隣に座った。


 ひんやりとした缶には水滴がつき、ゆっくりと下へ落ちていった。


「買ってきてくれたんだね。ありがと、」


「流石に暑いしな。この猛暑じゃ、マックに着く前にたおれそうだし・・・・。水分補給ってことで。ちなみに、これは俺の好意でやったことだから金とかきにしなくていいぞ」


 そう言うと翔二はプッシュ! と音を立たせながら蓋を開け、ぐびぐびと喉へ飲んでいった。


 翔二はメロンソーダーらしい。私も蓋を開けると、喉へ流し込んだ。


 ・・・・飲み終わったのか翔二は近くにあったゴミ箱へ缶ジュースを放り投げた。私も空になったのを確認すると、ゴミ箱の中へと捨てた。


「よし、水分補給もしたことだし、もうそろそろむかうか」


 ――小休憩を挟んだことにより、暑さで消耗した体力もちょっと回復した。


 マックへ辿り着き中へ入ると、私はフィレオフィッシュとアップルパイ。そして期間限定であるマックシェイクヨーグルト味を。翔二はボリューム満点なトリチとコーラ。プラスでポテトМサイズを二つを注文した。


 店内は賑わいを見せており、続々と人が増えつつある。呼ばれるまでの間席で待つことにした。


「ねえ香奈、あの新しくできたカフェに行かなくて良かったのか? ずっと楽しみにしてるって散々騒いでたのに。まぁ・・・・俺が言ったのもあるけど・・・・」


 翔二は自分が言った一言に申し訳なく思ってるのか、大きい肩をしゅんと縮ませた。


「そんなことないって。確かに、食べたかったは食べたかったけど、さすがにあの暑い中待つのも難だしね。翔二の言った通り、熱中症にでもなったら困るし」


 翔二のこういう気遣ってくれるところが私は好きだ。たまに面倒くさく、口では言えないがウザい場面もあるが、それはそれだ。常に私の体調面を気にしてくれている。


 と、「38番でお待ちのお客様ー、準備が整いましたのでレジまでお越しください」


 番号が呼ばれたので取りに行こうと、私が立ち上がろうとすると、隣にいる翔二が「俺が取りに行くから待ってて」と言いレジの方へ取りに行く。


 しばらくして、トレイを両手に私が座っている席まで運んでくると、机に広げた。


 早速、フィレオフィッシュの包装をとくと、かぶりつく。うん、普通においしい。さっぱりとした白身魚フライにタルタルソースのすっきりとした味が口内で踊る。


 翔二もぱくぱくと空いたお腹を埋めるように食べ進めていく。


「なぁ香奈」


「ん?」


「今週の日曜――八月十日は予定何もいれてないよな・・・・?」


「当たり前でしょ。入れるわけないじゃん。ちゃんと予定空けてあるから心配しないでよ」


 付き合ってから(と言ってもまだい一年目だけど)私に住んでいる地域で行われる祭り――「時神様祭り」に二人で訪れているようにしている。この「時神様祭り」は〝時〟の生成者である〝時神様〟に今年も禍わざわいのない平和な年になりますようにと願うための祭りである。


 因みに、友達の朋美は巫女をやっている。だから、それを見に行くついででもあるのだ。


 彼氏を作ろうなんて思ってもなかった中学時代。よく巫女の舞が終わり次第、朋美と一緒に楽しんだっけな。


 ・・・・にしても、なんだろうな。翔二と一緒に行くって考えると胸がドキドキして熱い。幸福が心底から湧き出てくるような。そんな感覚がする。



「そう・・・・だよな・・・・」


 しかし、翔二の声は昏く、重い。まるで黒い霧が翔二の心を支配しているかのように陰鬱で、暗鬱な表情。翔二のいつもの元気がない。笑顔がない。そういえば、朝から翔二の様子がおかしかったな。どこか不自然で、私の行動に驚いてるように見えた。まるで想定してなかったみたいな・・・・。


 明らかに翔二は私に何かを隠している。もやもやとした疑問を払拭すべく、私は話を切り出した。


「・・・・ねぇ、翔二。なにか私に隠していることない?」


 私は翔二の顔を覗くようにし、尋ねた。


「そんなわけないじゃん。まず、隠すってなんだよ。何か隠すようなこと俺したっけ?」


 翔二はそう私に平然を装う(?)ように返答する。でも・・・・。


 その時見せた、翔二の何気ない仕草で、私の疑問は確証へと変わった。


「嘘。絶対なんか私に隠し事してる」


「何でそう思うんだよ・・・・」


「だって――」と言い、私は小さく息を吸うと言葉を続けた。


「翔二、嘘つくと右頬を指で掻くんだもん」


「――!?」


 翔二は頬を掻いていた右手を下ろし、顔を俯かせる。


「ねぇ、いいから。話して! 私に何を隠してるの!?」


 人はいくつもの秘密を持っている。でも、こんな露骨にも隠そうとするのは許せない・・・・。


 嫌味の一つや二つは当然あるだろう。それを陰口でいうのはまだいい。私だって何度かあるから。けど、彼氏でなにより一番一緒にいる時間が長い。だからこそ、悩み事や困りごとがあったら相談してほしい・・・・。翔二はいつだってそうだった。一人で悩んでは苦悩し、一人で考え込んでしまう。


 彼女なら、誰だって彼氏の事気にするよ・・・・。私は突然沸いた怒りを押し殺し、何度か深呼吸するともう一度、今度は優しく丁寧に問うた。


「ねぇ翔二。私に話してみてよ。何があったの? その問題が解決できるなら私は何だって協力するからさ。話してみてよ・・・・。そんなつらい顔をした翔二見たくない・・・・!」


「・・・・・・」


 しかし、翔二は黙ったまま、何も答えてくれない。そんな沈黙が二人の間に流れていく。


 周りはがやがやとやたら騒がしく、うるさい。忙しなく鼓膜を打ち付ける。一秒一秒がもどかしく、また、だんだんとイライラが徐々に込み上げてきた。私はこういった間が嫌いだ。その〝答え〟を自分の中に押しとどめ、時間が来るのを待つ。〝答え〟を言うのを恐れ、拒否し、結局一人で思い悩む。


 もしかしたら、協力してその問題解決となる糸口を見出せるかもしれないっていうのに・・・・!


 すると翔二は意を決したのか、口を開こうとし――突然チリリリリッ! と見計らったかのようなタイミングで翔二のスマホは鳴った。翔二はスマホの画面へ目を落とす。


「・・・・ごめん」


 と、小さな声で喋ると外へ出て行ってしまった。


 はぁ・・・・。まただ、またこれだ。どうせこのあと帰るに決まってる。翔二はなにかと用事を入れては、私との行動を避けようとしているような気がする。


 そして戻ってくると、バツが悪そうな顔をしていた。


「どうせまた用事でしょ?」


「・・・・・・ごめん。また連絡する」


 それだけ言い残し、翔二はさっさと支度を済ませ出て行ってしまった。


 あぁもう! ほんとイライラする! なんなのあの態度! 言うなら言うでハッキリすれば良いのに!!



 唐突に空いた隣の空間。でもそこには寂しさなどなく、翔二の温もりさえ感じなかった。寧ろ、空いた風穴に安堵の風が吹き荒び、埋めていく。


 清々したのかもしれないな。もう、あんな翔二見なくて済む。勝手に一人で悩んでろ。・・・・バカ。


 私は早々に食べ終えるとこの場を後にした。



「ただいまー」


「あ、かなおかえりー今日も学校だったんだー。ねえ、遊ぼうよ!!」


 こう、高く可愛らしげな声が出迎えてくれた。


 従弟いとこの優まさるだ。まだ七歳で、背丈は私の腰あたりしかない。でも、成長真っ只中なかで六年もすれば追い越されるかもない。


 ちょこちょことしてて落ち着きがなく、常に動いてないと駄目みないな、まるでマグロのような子だ。


 そう言えば来てたんだっけな? おばさんは・・・・買い物かな? てことは優はずっとお留守番してたことになるな。多分、その暇つぶしも兼ねて私と遊ぼうとする魂胆だろうが、無理な話だ。


「ごめんね優。私疲れたから部屋で休ませて?」


「えー遊ぼうよー、暇すぎて死にそうー。ゲームも飽きたし。かなー、なにかしようよー」


 小さい子は相手の気持ちなど露知らず、関係なしに自分の気分だけで行動するから、対応するのに大変で尚且つ疲れる。ほっぺもプクッとしていて愛らしいが、ちょっと鬱陶しい。


 唯唯諾諾と返事をし、「休んだら一緒に遊んであげるから待ってて?」と適当にあしらつつ、自室がある二階へと向かった。


 階段を登ってる間も後ろから「休んだらぜつたい遊んでよー、ぜったいだからねー」と聞こえてきたが無視することにした。



「ふぅ~・・・・」


 自室へ入ると制服のボタンを外し、緩める。そして電気を点けないままベッドへ転がり込み、あお向けになった。


 まだ午前中で日はあったため、窓から差し込む光がその代わりとなり部屋を明るく照らしていた。


 何か、すごく疲れた。にしても、翔二私に何隠してるんだろう。そんなに明かせないほど重要な秘密なのだろうか・・・・。


 言わないなら言わないでまぁいいし、誰にだって秘密の一つや二つはあるだろうから、そこら辺はなんとも言えないけど・・・・でも、あんな血色が悪く、しかも思い詰めたような顔を見せられちゃ、流石の私だって放っておけない。そりゃ、気になっちゃうよ・・・・。


 自問自答していると、だんだんと瞼が重たくなっていき、視界は暗転した・・・・・・。


 ――――気が付くと、私はホームの駅に立っていた。周りを見渡しても誰もいない。何故か色は薄く、周りの建物も淡く発光し、その輪郭は霧に溶けるようにぼやけている。すると、向かいのホームに一人の青年が佇んでいるのを見つけた。


 あれ? この駅にホームって二つあってけ? まずこの駅の名前ってなんだっけ? 


 ガタンガタン、ガタンガタンと遠くから音が聞こえてきた。電車がやってきたようだ。


 はぁ。帰らないと。やらなきゃいけないことあるし。


 そう思った矢先、突然ドンッ! 急に背中を誰かに押され、態勢を崩し気付けば私の身体は線路へ飛び出した。


 電車が急速に私に接近する中、視線をちらり後ろへ向けると、さっきまで向かいのホームにいたはずの青年はいつの間にか、さっき私の立っていた所へ移動していた。


 そして、その青年を見た瞬間驚愕し、言葉を失った。凛とした顔立ちに鳥の巣のようにぴょんぴょんはねた髪。それこそ姿こそはハッキリとしなく、シークレットで、霞かかっていたが、間違えるわけが無い。私を突き落とした青年は――翔二だったのだ。


 何で・・・・? と理由を訊ねる暇もなく、涙がポロリと目から零れ落ち―――。



 キ――――――――ッ! ガシャン!!


 私は、電車へ轢かれた。



 ・・・・・・はっ!  そこで私の目は覚めた。身を起こし、窓を見ると外はすでに闇に染まっており、空には無数の星が夜空に浮かんでいた。


 寝すぎてしまった・・・・。


「はぁーーーー」


 私は大きくため息を吐き、またベッドへ倒れ込む。


 部屋はたいぶ薄暗くなり、ちゃんと目を凝らさないとどこに物が置いてあるか分かりない。


 そう言えば、優と遊ぶ約束してたってけな。まぁ、もうどうていいけどね。


 私はベッドから降りると、シワになってしまった制服を脱ぎ、クローゼットへしまう。そしてパジャマを取り出し寝間着姿になると、欠伸を噛み締めつつ、夕食を食べるべく一階に下りた。そして入浴を済ませると自室へと戻り、またベッドへ寝転がる。


 スマホをある程度いじくると眠気が襲ってきてので、部屋の電気を消し、私は目を閉じだ。



 ――その日、翔二の連絡は来ることは無かった。



 〇    〇    〇    〇



 二日後の事、それは、翔二と一緒に祭りに行く二日目前でもあった。


「――あははは、そやばくない!? めっちゃ笑えるんだけど・・・・はははははは!!」


「もー朋美ー笑わないでよ・・・・」


 今日何もないかと思い、家で暇を潰そうか考えていたところ、朋美からの誘いの連絡があったので、今、私は朋美の家にお邪魔している。


 久しぶりにあったけど、元気そうでなによりだ。


「へーいいな~そっちの高校たのしそうで~。香奈の通っている高校行ってみたいな~」


「そんなことないって」


「しかもさ? ちゃっかり彼氏作っちゃってるし。私も彼氏ほしいなーー」


 朋美はわざとらしく、大声で言った。


「朋美ならすぐにできるって」


「いやいや、できてたらこんな事になってないでしょ。できないから言ってるのに。何? 嫌味?」


「ち、違うって! 嫌味なんか言うつもりないよ!」


 手を振り、違うというアピールをしてみるも、伝わらなかったのかジト目で私を睨みつけた。すると、からかうような口調で、


「へーそうかなー。てかさ、もうその彼氏とキスとかしたの?」


「ぶっ!!」


 突然の「キス」発言に飲んでいた麦茶を吹き出し、むせてしまった。


 き、キス・・・・って・・・・!


「なーに顔赤くなってんの~?」


「なってないから!! あ、暑いだけだから!!」


「え~24度なのに暑いんだ~。へ~、暑がりなんだね」


「うるさいって。ごほっごほっ」


「ちょ、香奈大丈夫・・・・?」


「うん、平気だから・・・・ごほっ、」


 何度か深呼吸をし落ち着かせる。なんとか咳は抑えることに成功したけど、顔の暑さだけは消えなかった。


 あれ~・・・・おかしいな~・・・・?


「え、なにその反応・・・・もしかして、もうキスしちゃった?」


「ごっほごっほ!!」


「ねぇ!? 本当に大丈夫なの!? そんなにむせた!?」


 ・・・・と、抑えたはずの咳がまたぶり返した。今度の咳はさっきよりも大きかった。



 ――で、また再度深呼吸をする。今度こそ止まったようだ。


 すると、横から視線を感じ、見ると朋美が私をじーと半目で睨んでいた。


「な、何・・・・?」


「もしかして香奈さ・・・・キスした事・・・・

 ないの?」


 私の心を見透かしたような発言に、ビクッと身体を震わすと目を徐々に、徐々にと斜め右下の方へとずらしていきそれに伴い、顔も下へ、下へと沈んでいく。冷や汗がつーと首筋に流れたのを感じた。


 どうしよう、これいじょう朋美を見ていると私の心中を全て読まれそうで怖い。


 そんは私の反応に朋美はフーンと鼻を鳴らした思うと、「はぁ~~~」と次は盛大なため息を吐き、グダッとソファーにでも溶けんばかりにに脱力させ、全体重をソファーに預けた。


 私は恐る恐る顔を上げ、朋美方を見る。すると、さっきの期待に満ちた目はどこへやら。ちらっと私を見たと思うと、また「はぁ~~~~」と大きなため息をついた。


「してなかたんだね~残念。せっかくキスの体験談を根掘り葉掘り、包み隠さず話してもろおうと楽しみにしてたのに、キスをしてないと来たか~・・・・はぁーー」


 何か、彼氏とキスをしていない私が悪いみたいになっているけど、え?


「・・・・まさか朋美、この私がキスをもうとっくにしているとでも思ってたの・・・・?」


 確認するように訊ねてみると、さっきまで萎れた花みたいだった朋美は途端に、水を得た魚ならぬ水を得た〝花〟のようにぱぁっと笑顔を咲かせるといきなり詰め寄ってきて、


「そうだよ! だって高校だよ!? 恋愛だよ!? 青春じゃん! アオハルじゃん!!」


「う、うん・・・・」


 唐突に騒ぎ出した朋美。私はなんて対応すればいいのか分からなくなり、苦笑交じりに頷いた。


 朋美って昔っから「恋愛沙汰」とかに敏感だからなー。誰かが恋をするなり獣のごとく飛びつき、応援をする。そして、成功するな否や、相手の恋が成就したことに喜び泣く嬉し泣きか、それとも自分の恋が未だに叶わず、寂しさで泣く悔し泣きか。どっちとも取れない表情で涙を滝のように流してたっけな。


 そしてその後姿を私は引いたような目で見てたっけ。本当にあの頃の朋美は面倒くさかったな~。まぁ今となっては良い思い出だけどね。


「キスなんて女の子の夢じゃん!! 憧れじゃん!! もうときめき要素しかないじゃん!!」


 もうこうなった朋美は歯止めが利かない。いつまでもアクセルを踏み続ける。しばらくすると、

 顎に手を当て目を閉じ「だってさ、恋っていうのはね~・・・・」ほら始まったよ、一人語り。

 多分数十分はこの調子だろう。朋美の独り言を適当に聞き流しつつ私は仰ぐと目の前に天井が広がった。


 キス、か・・・・。そういえば、キスなんて考えたこともなかったな。してみたいという願望も無いようなきがする。やっぱり、カップルになるとキスすることが〝当たり前〟なのかな~? んー翔二ととキスかー・・・・。あれ? 翔二のこと思い出すとなんかムカついてくるんだけど。イライラが込み上げてくるし。あーー! もう! 何で翔二、私に相談事とかしてくれないの!! あ~イライラするっ!


 私は親指を口元へ当てると、ガリッガリッと爪を噛み始める。


「・・・・? どうしたの香奈? 怒ってる?」


 ―――はっ! 朋美の一言で我に返った。気づくと親指の爪を噛んでたらしく、ギザギザになっていた。私は「何でもないよ!」と咄嗟に言い微笑むと、すぐさま背中の後ろへ隠した。


 でも、そんなことなど朋美は見逃すはずのなく。憂い帯びた瞳で私を見詰めてきた。


「ねぇ? 本当に大丈夫なの? 怒ってるみたいだったけど……」


「へ、平気だって。そんな心配しなくて大丈夫だよ!」


 そう言うも、


「大丈夫なわけないじゃん!! 私の目を見くびんないでよ!! 香奈と何年一緒にいると思ってるの!?」


「さ、三年……」


「あ! え、えっと、そうじゃなくて、その、と、と、友達の年数とかじゃなくて! とにかく!! 何があったの? 何もなきゃそんな、不安な表情見せないでしょ! もしかして彼氏となんかあったの?」


 的を射た発言につい私は「うっ……」と声が出そうになったが、何とか抑え込む。その代わり、スカートの裾をギュッと強く握った。


「何かあったんだね……分かった。ねぇ?  話してみてよ? 彼氏と何があったのか」


「実はさ……」


「――はははははっ! なるほどね、つまり、このごろ付き合いが悪いって話か」


「違うの! そうじゃなくて、翔――彼氏の私への態度が冷たくなってきてるって事! 酷くない? このまえだってさ、私がどっかに行こうと誘たらさ、なにかと用事をつけては逃げるんだよ? 行きたくないなら行きたくないとはっきり言えばいいものを……!」


「でもそれって、用事なんでしょ? しょうがないんじゃない?」


 朋美はそう言うも――


「全然! 違うんだって! これさ、今に始まったことじゃないの。前、休日に彼氏と水族館行ってきたってLINEで送ったでしょ?」


「あーそんなことあったね。まったくリア充というものは……わたしの心を抉る気か! あの時は言わなかったけどめっちゃ羨ましかたんだよ!?」


「そ、そうだったんだ……とかじゃなくて! ねえちゃんと私の話聞いてた?」


 朋美の適当な返事に、ちょっとイラつき大声をぶつけてしまった。


「はいはい。彼氏さんが香奈を避けるようになってきたって話でしょ。それくらい承知の上だよ。なるほどね~避けると来たか~……前はそんな事なかったんでしょ?」


「うん。去年は特に避けるような行動は見なかったと思う。でも、二年になってからかな? こんなことが起き始めたのは」


「でも、避け始めたっていつよ?」


「いつだっけな~……それほど前ってわけじゃないけど、何かいつの間にかなってた感じ?」


 記憶を探りながら言ってみるも、やはりいつから翔二が私を避ける(?)ようになったかは分からない。そんな私の不明瞭な台詞に「なにそれ?」と朋美は笑って見せた。


「彼氏か~やっぱ憧れるな~。まさに〝青春〟! だよね! わたしも高校になったらできると思ってたんだけどな~全っ然出会いったらありゃしない。しかも香奈、ちゃっかり彼氏作っちゃってるし。もうなんなの!? え? これもしかして、わたし大人になったら独身になっちゃう感じ? いやだーーーー!」


 いきなり頭を抱え、自分が将来孤独になってしまうのではと危険を感じたのか、髪をくしゃくしゃにしながら足をバタバタさせ、大声を発し暴れだす朋美。その姿にやや呆れつつ、私は宥めるように優しく声をかけた。


「朋美なら、すぐに彼氏できると思うけどね、私わたし的にはだけど。朋美を好きな男子陰ながらにいると思うよ?」


 その一言で朋美はピタっと、スイッチの切れた機械のように動きを制止させると、少し涙目になった目で私を見詰めてきた。私は、ふふっ微笑む。


「香奈~~~~~~」


「ちょっと、朋美!? いきなり抱き着かないでよ!」


 突然私の胸に飛び込んできて、顔をすりすり押し付けた。一瞬戸惑い、驚いてしまったがふーと短い息を吐くと

 次は子供をあやすようにゆっくりと、頭を撫でた。


「てか朋美、折角の綺麗な髪が台無しじゃん!! 良いから一旦起きて」


「え、でも……」


「いいから」


 言うが早いか、私は朋美の肩を掴むと強制的だが身を起こさせ、身体を横に向かせた。私の目にはにはぼさぼさになってしまった髪が映っている。しかし、それでもなおその茶色ががった髪は光沢を保っていた。


 こんな髪私も欲しいなーと思いつつ、私は髪を触りながら、溶かすためのブラシがないかきょきょろ辺りを見渡した。


「朋美、ブラシない?」


「あー、ブラシなら、ん。あそこ」


 と指さした先には台所があり、そのカウンターにはいくつかの小さい箱が色とりどりに飾られていた。その中の一つの箱にその、朋美が指したブラシがあった。というのも、大きくて収まり切れなかったのか、蓋は閉じられず開けたままで、ブラシの柄が飛び出していたためすぐに見つけることが出来た。


 私は一旦ソファーから離れると、台所へ近づき、ブラシを手に取る。そして、ソファーへと戻ると横を向いている朋美の後ろに腰をかけ、ゆっくりと髪を下へ流すように整えていく。ほうきのようだった髪はどんどんとサラサラと流れる川のように、元の形を取り戻していった。


 朋美はショートに加え、髪も艶々してるからとても溶きやすい。対して私はと言うと、元々ぼさぼさで、特に湿気が多い日などには上手くまとまらず。いつもはポニーテールにしているが今回はストレートにした。だから、こういう髪質を持っている朋美が羨ましかった。いや、出会った頃からもう憧れていたのかも知れないな。性格面でも。


 朋美には、私に無い魅力が沢山ある。前もそうだった。

 私が泣いてしまった時、朋美はまるで我がことのように涙を流した。そして私はそれを見て、笑ってしまい、涙なんて吹き飛んでしまった。優しくて、頼もしくて。時に面倒くさくて。でも、それは私にとって楽しくて、面白くて。本当、朋美と出会えて良かった。


「よし! 出来た!!」


 ぼさぼさの髪はすっかり、元の通り綺麗な髪へと戻った


「おー、香奈上手いね。美容師にでもなったら?」


 テーブルの上にあった手鏡を右手に持ちながら、朋美は髪を確かめるように、首を上下に動かした。


「嫌だよ、そんなに。まず私、不器用だし」


「そんなことないっしょ。だって、彼氏なんて香奈の器用さで撮ったようなもんでしょ?」


「もう朋美!」


「あっははははは!」


 と、ピロリン~♪ 電子音が突然なった。その発生源を探しているとどうやら、私のスマホのようだ。香奈に「ごめん」と一言、断りを入れ、確認する。文面には『今日、勝の誕生日だから早く帰ってきなさいよ』とあった。


「ん? どうした?」


「いや、実はさ今日、私の従弟の勝の誕生日でさ、家にきてるんだよね」


「へ~、香奈に従弟っていたんだね。ちなみに何歳?」


「七歳。やっと小学校に入学できたってところかな?」


「ふ~ん。やっぱり、小さいこって可愛い?」


「全っ然! むしろウザいだけだよ。。だってさ聞いてよ朋美! 私が課外授業が終わって疲れてるのに、あそぼ―っていうんだよ!!」


「え、、可愛いじゃん。わたしだったら真っ先に抱き着いちゃうね」


「むー……。朋美はそれでいいかもしれにけど、疲労してるうていうのにさらに労働しなくちゃいけないとか、なんの罰だよ……」


 そう私は腕を組み口を尖らせた。


「あはははははははははははははっ!」


「もう笑わないでよ!」


「ごめんごめん。でもさ、もしその従弟に何か危険があったら、助けるっでしょ?」


「ま、まあー。そりゃあ、従弟だし見捨てられるわけ……」


「だったらいいじゃん!」


「へ?」


「小さい子っていうのは、あっという間に成長するんだし。楽しんだ勝ちでしょ!」


 にかッと笑みを浮かべる朋美。私も、朋美みたいに、ポジティブに出来ればいいのにな。


「? どうした香奈。わたしの顔見詰めて。なんか付いてる? それとも……惚れちゃった?」


「どっちも違うから! てか惚れちゃってもないから!」


「はははははっ」


 そしてその後、ゲームをしたり、時々だべったりしながら、時間はあっという間に流れていき。窓を見れば空はすっかり橙色になっていた。


「今日はありがとうね、朋美。楽しかった」


 靴を履き、外へと出る。朋美は玄関先まで来てくれた。


「ううん。いいよ別に。また話したいことがあったら連絡してね」


「うん。じゃあね」


「じゃあね、香奈」


 朋美は胸の前で小さく手を振った。それに私も受け答えをするもなぜか足を進まなかった。

 何か、何かを忘れてしまっているような気がする。でもそれは〝物〟とかではなく、〝記憶〟?

 みたいな? なんだろうな。あー、言葉で表せないのがもどかしい。もっと、本当に何かを、なんかをどこかに置いてきたような感覚。


「…………? どうしたの香奈? 帰らないの? 忘れ物でもした?」


「いや、なんか……。朋美、私に何か渡すものとかなかったけ?」


「渡すもの? 何もないけど……。どうしかした?」


「い、いや、なんでもなんよ! ごめんね。私の勘違いだったみたい」


 そう私は取り繕った。


「じゃあね。ばいばい」


 私は再度別れの言葉を告げると、この場を後にした。


 夏とはいえ、夕方にでもなればあの熱するような暑さはおさまり、涼しい風が路地に吹き込んでいた。


 しばらく進んでいくと、駅の壁に寄りかかっている見覚えのある青年がいた。その手にはスマホがあるか顔を下に向かせ、集中していた。


 私は駆け寄り、


「翔二っ! ここでなにしてるの?」


 その青年――翔二の名前を呼んだ。部活が終わったのか、野球のいつもの白いユニフォームでなく、Tという緑色のた、大きいロゴが入っている黒Tシャツに。ジーンズ。そして紺色のカーディガンを羽織っていた。


「いや、その……部活が早く終わってな。それで帰ろうかと思って」


「ふ~ん。てかさ、この近くに野球ができるところってあったけ?」


 それよりも、なんでここに翔二がいるのか等、効きたいことは山ほどあるが、それは二の次だ。

 腕時計を見る。あと電車が出発するまで、六分か……。


「なあ、香奈」


「ん? 何?」


「一緒に帰らないか? 流石に一人じゃ危ないし」


 こう私を気遣ってくれているのか、とてもありがたい。といっても、まだあの時を根に持ってるとか言ったら面倒くさくなるだろうしな……。


「いいよ、別に。今日私、用事あるから。そもそも翔二、家この辺じゃん。わざわざ送ってもらわなくてもいいよ。あと、電車も来ちゃうし。私行くね?」


 と、それだけ言い、私は小さく翔二へ向け手を振り改札へ足を進めようとしたその瞬間、グイッと右手首が捕まれこれ以上進むことは不可能となった。もちろん。犯人は分かってる。


 振り返り、その犯人――翔二を見つめた。


「なに? 言いたいことがあるなら早く言ってよ」


 また、あの二日前のことを繰り返すことになるのかと思うと、また胸に、怒りが込み上げてきそうだ。


 翔二はひたすらに深く、沈み、でも何かの焦りが混じっているような、訴えかけるような目で私を見つめる。


 もうそろそろ電車の来る時刻も近いのか、人が吸い込まれるように改札口へ向かっていた。


 この後、優の誕生日会があるから早く帰らなきゃ行けないのに、こんなので足止めを食らってちゃ遅れた理由にもならない。


 翔二は固く口を結び、閉ざす。二日前と同じだ。自分の言う〝答え〟を恐れている。何も言うことが無いのなら、ここで立ち止まってる意味もない。


 私は掴まれた腕を振り払おうとしたその時、


「は、は、話しがあるんだ……っ!!」


 翔二から発せられた大声。それは本心からの言葉だろう。強く私の胸を刺激した。そして、衝撃を与えた。嘘ではないのは確実だ。


 ふー……と、私は小さく息を吐いた。やっと話す気になったか……。


「待って」


 そう私は言うと片手でしまったスマホを取り出し、メールを送った。するとすぐに返信がきて文面には〈遅れるって何よ! なに? まだ遊ぶ気なの? 従弟の。まさるの誕生日なのよ!? 親戚で祝ってあげるって約束したじゃない!〉母からだ。どうやらご立腹のようだ。〈そういうことだから、先に始めてて。あとで追いつくから〉送信すると、即電源を切り、会話ができないようにした。


「で、話す事って何?」


「え、えっと……う、うん……」


 やっぱり昇二は私の何かを知っているらしい。私の行動にいちいち驚いているように見える。


「じゃ、行こ」


 力がこもっていた手は緩みきっていて、腕を動かすだけで剥がすことができた。


 そして踵を返し、改札口とは反対方向へと歩みを進める。


「ちょ、ちょっと待てよ! 行くってどこに行くんだよ」


「流石に、この公然の前で言える話じゃないでしょ?」


「あ、あぁ……」


 顔を俯かせる翔二の。


「行こ」


 今度は逆に、私が翔二の手を取り、引いた。


「だからどこに……!?」


 そんな昇二の質問を無視し、私はある目的地へと向かった。


 しばらく歩いて行きついたのは、とある喫茶店。大人びた雰囲気が醸し出ていた。何の躊躇いも見せず中へと入る。コーヒーの深く濃い、それでいて苦みのある匂いが鼻腔を通り、広がる。

 店内は静寂に包まれとり、ゆったりした空間がひたすらに流れていた。翔二はと言うと、理解が追い付いてないのかずっと辺りをきょろきょろと首をうごかしている。


「あの、個室空いてますか?」


 そう私はカウンターにいるマスターに声を掻けた。数秒して、気づいたのか戸惑った表情を見せながらもどうぞ……と許諾の言葉を受け取る。


 それを確認すると、さっさと個室へと私たちは入っていった。


 個室は左の壁に沿い、等間隔三つ並んでおり、そのうちの一番近いほうを選んだ。


 狭い空間で周りは木の板で囲われている。その中央には一枚板のテーブルが鎮座していて、それを挟むように木で作られた長椅子が設けられている。天井からつる下がっている裸電球からは夕焼けのような光が発せられている。


 私たちは向かい合うように席へ着く。


「……ここなら話せるでしょ」


「う、うん……その前に一つ良い?」


「なに?」


「そ、その……香奈とあのマスター? の関係って何なの?」


「あー、あのマスター私の父と仲が良くてね、五年前からの知り合いなの。いや、友人? って言ったほうが正しいかな。それで私も小さいころからそれに良く付いて行ってたから、顔馴染みってわけ。わかった?」


「は、はい……」


 そしてまた、顔を俯かせる翔二。私は短く息を吐くと言及をすることにした。


「それでさ翔二、話したい事って何?」


「そ、それは…………」


「また隠そうとするつもり? 話したいことがあるって言ったのは翔二じゃん。私はそれに付き合ったの。ちゃんと誠意をみせてよ」


「電車……いや、従弟の誕生日大丈夫なの……?」


 なぜ翔二がこのことを知っているのか大いに気になったが、今の私の頭は興奮していて、深く考えられる状態ではないことは知っている。なので、その発言は無視することにした。


「そんな事よりも、」


 私は上半身を少し、前へと詰め寄る。その威圧、威勢からか翔二も少し身を引いた。


 今の翔二から映っている私の姿はさぞかし怖くみえているだろう。


「ねえ、いいから話して」


 強く、言葉をぶつける。


 と、話す気になったのか、翔二は口を開いた。


「あのさ……もし、この世界いや、この五日間が繰り返してるって聞いたら信じる?」


 しゃべったと思ったらまさかの五日間の繰り返しと来たか。


「は? 意味不明だし、まず何? 繰り返してるって。意味分からないんだけど」


「だよね……」


 そしてまた黙り込む翔二。一瞬この子供だましのような発言に呆れ、帰宅しようか頭をよぎったが私とて、それほど鬼ではない。ここまで来て翔二がこんなほざいた、ふざけたことを言うはずはない。mしかしたら裏があるのかと私は考えた。


「……いいよ。続けて」


「え、でも……」


「いいから! この五日間が繰り返してるって言ったよね、どういうこと?」


「その……」


 すると、テーブルに置かれた翔二の手は強く握られ、歯を強く食いしばっているのだろうか。顔は不自然に引き攣っている。


 覚悟をきめたのか、俯いた顔を思いっきり上げると言葉を放った。



「香奈は何回も死んでるんだよっ!」



「は?」


 しかし、その言葉は意味不明どころか、理解すらできなかった。は? 死んでる?


「なに言っての? だって、現にこうやって私がいるわけじゃん。夢でも見てたの?」


「違うんだって……! あーもうっ! 何で分からないんだよ!」


 翔二は片手を手に当てると思いっきりくしゃくしゃに掻きまわし、バンッ! と強く握られた拳をテーブルへ叩きつけた。


「だから……! 香奈は、何回も死んでいて、俺はお前を助けようとこの五日間を何回も繰り返してるんだよ……分かるか? 目の前で大好きな人が死んでいくこの気持ちを……! つらいんだよ……哀しんだよ……きついんだよ……早く、こんな地獄なんてやめて欲しいって幾ら願ったことか……。でも、俺が防ごうとしっても、別のところで死んで、防いだと思ったら溺死やら焼死やら撲殺やら絞殺やらで、いつの間にか死んでいて……。俺が見るのは香奈の死んだ姿のみ……。なんでだよ 、本当、なんでだよ…………っ!!!!」


 翔二の目からは涙が流れていた、それはぽたぽたと滴り、テーブルを濡らした。


 私が死んだ? え? 私は何回も死んでいるの・・・・? じゃあ、今のこの私は何?


 理解が追い付かな。だんだんと気分が悪くなってきた。うっ、咄嗟に口を当て吐くのを堪える。


 死んでるの私。死んでたの? 私が・・・・?


 途端! もう我慢ができなくなったのか、翔二は立ち上がると勢いよく扉を開け、逃げ出すように駆けて行った。私は即座に席を立つと、急いで翔二の後を追いかけた。


 個室から出ると、すでに翔二は外に出ていた、なので私も足を速めようとしたその瞬間、


 キ――――ガシャー――ンッッッッ!!!!


 ブレーキ音が鳴り響き、そしてクラッシュす音。嫌な予感が私の脳内で駆け巡った。その嫌な予感が的中してないように願いながら私は先を急いだ。


 外へ出ると、数メートル離れた所に人だかりができていた。大型トラック電柱と衝突していた。


 平べったいフロント部分は湾曲にひしゃげ、辺りにはガラスなどの欠片が散らばっている。


 でも、それよりも気になったのはそこではない。そう、何やら赤い、血のような水たまりがトラックと電柱との間にあった。


 血の気が引いたような気がした。私はゆっくりと、足をひきずるようにその事故現場へと向かう。


 近くなっていく度に風に運ばれ来る鉄分の匂い。それは否おうなしに私の頭の中で、最悪の光景が想像されてしまう。


 私は人だかりをかき分けながら、前へ、前へと進む。


 そして、眼前に広がた景色は―――


 腕、手足が別々の場所にあり、血と共に肉片と骨片が垣間見えたような気がした。


 そ、そんな訳・・・・ないよね・・・・? だって、まだ決まったわけじゃないじゃん。もしかしたら、もっと先の方に走っていてるかもしれない、そうだよ。きっとそうだよ。


 私は震える手でスマホの画面を操作する。すると、チリりりリリリーッ! どこからか電話が鳴った。もちろん、電話を掛けた相手は翔二だ、それが、この同じタイミングで鳴るはずがない。


 だとした? この音はどこから? 後ろから何かを言われぁぁているよう気がしたが、良く分からなかった。それは血だまりの中から聞こえていた。一つ、不自然に長方形に盛り上がているのがあった。


 手に取ると、血がべっとと張り付いているが画面にははっきりと『香奈』という文字があった。


 すると、ごろっと何かが足元に転がる。それは足元に当たった。視線を下に落とす。


  ・・・・・・・・・・翔二の顔が、そこに転がていた。


 「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――っ!!!!!!!!!!!」



 その後の事を私は何も覚えていない。


目を開け、気づいたらわたしは病院のベットの上で寝ていた。

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ヒガンバナ 手鞠凌成 @temsriryousei

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