ヒガンバナ

手鞠凌成

第1話


 ・・・・・・――――――お願い。


 ・・・・――――お願いだから。


 ――――私を死なせて・・・・!



 〇   〇   〇   〇          



「う~ん」


 私はゆっくり目を開け、顔を上げた。窓からの斜光が電気の点いていない教室を明るく照らした。


 既に周りにはクラスメイトは居なくて、代わりに静寂がこの空間を埋めている。


 いつの間にか、寝てしまったようだ。両腕を目一杯上へ伸ばすと、自然に口から大きな欠伸が漏れ出す。

 三校時が始まって、最初までは覚えてはいるけど、その後、後半部分の記憶が曖昧であまり覚えていない。それほど深く眠ってしまったようだ。


 と言っても、課外授業は午前中だけだから、そのあと何の支障もないんだけどね。しかもこれで夏休み中の課外授業は全て終わった訳だし。これで学校来なくて済む。やっと、ちゃんとした"休み"が取れるってもんだ。


「はぁー・・・・」


 小さくため息を吐いた。


 なんかこの頃どうにも身体が重い。全身に鉛が張り付いたみたいに。ぼーとして、うまく脳が働かない。


 ・・・・怠い。


 毎夜、変な夢を見ている・・・・ような気がする。でも、鮮明ではなく霞のように朧気で、見えない。


  思い出そうとしても何・か・夢・を・見・て・い・た・くらいの感覚があるだけ。


 でも、何故かこれは忘れたはならない、放してはならない! と、心が訴え掛けてくるのだ。自分でも分からないけど。


  ま、どうせ私の夢だから下らない事なんだろうな。ウサギと遊んでる夢とか、そんなもんだろ。


 そもそも、人間は眠っている間にも夢を幾つも見ているそうだ。けど、それはレム睡眠――深い眠りの時に起こる、無意識の領域で発生するものっであって、朝目覚めた時には夢の内容等、脳には記録されていない。例え、幸せなものであってもだ。

 夢というものは儚く、尊い産物なのだ・・・・と昨日観た深夜のテレビで、夢の専門家の人が言っていたのを思い出した。


 どうでもいいけどね……。


 私は帰り支度をしようと横に掛けてあるリュックに手を伸ばした時、ふと、誰かの気配を後ろから感じた。


 振り返ると、一人の男子が自分の腕を枕代わりにし、机でスースー寝息を立てていた。


 頭のあちこちからぴょんぴょんと、発条のように飛び跳ねた黒髪に、所々乱れている制服。そしてがっちりとした体格――間違いない。翔二だ。でも、何でここにいるんだろうか……?


 途端に、私は無防備の翔二を揶揄いたい気分に陥った。


 余りにも気持ちよさそうに寝ている彼。このまま起きるまで放っておいてもいいけど、彼の眠りを邪魔したいという衝動が私の胸の中でどんどん湧き出てくる。 


 私はごくりと唾を飲み込むと、人さし指を伸ばし、翔二の右脇を突っつく。


 すると、「んん~」と唸った。それでも翔二は目を覚まさない。


 それが面白くなってしまい、私は今度は両脇にを手でくすぐり始めた。


 こちょこちょこちょこちょ・・・・・・。


「・・・・ぷ、あははははははははははははーっ! や、やめて! まじでやめて! くすぐったいから、はははははははははははは!!」


 大きな笑い声を上げながら、翔二は目を覚ました。


 私もそれに従い、くすぐっていた手を止めた。にしても、翔二って本当に脇弱いよね。


「やっと起きたか」


 ・・・・もう少し寝てもらっても大丈夫なんだけどな~。そうすれば私だって、もう少し翔二のあの笑顔が見れたのに。


 確かに私は翔二の笑顔が好きだ。なんならいつまでも眺めてられるほどに。


 自然に浮かべる笑みも良い。でもわたしは、半強制的だが、くすぐられて笑う翔二の顔も好きなのだ。


「あーすまん。香奈が起きるまで待とうかな~と思ったらさ、俺まで眠くなってきちゃって、そしたらそのまま寝ちゃって」


  翔二は笑いながら、目尻に浮かんだ涙を指で拭った。


「これじゃ、どっちが起きるの待ってるのか分からないじゃん」


 私は軽く翔二の頭を叩く。


「いてっ」


「たく・・・・ほら、帰ろ」


 リュックを背負い、私はこの場から立ち去ろうとする。


 翔二は「まって、まってって」と焦りながらも、私の後に付いてきた。


 置いていくつもりは毛頭もないんだけどね。あ、でも逆に置き去りして反応を見ても面白いかもしれないな。


 私たちは学校を出ると、翔二に言い、最近新しくできたカフェに立ち寄ることにした。


 太陽は高い位置に昇り、燦々と煌めく。そして太陽から放たれる熱い光の刃は容赦なく私の肌にダメージを食らわした。日焼け止めクリームして無かったらどうなってたことか・・・・・・,


 矢張り、新しく建てられただけあって、人でごった返していた。更にお昼の時間帯と言うのもあり混み合ってる。ガラス張りの壁から店内を覗いてみると、満席。店員さんは忙しそうに動き回っている。


  なにより、レジから扉を抜け、外まで列が伸びており何時食べらるかも分からなそうだ。


「なぁ、明日にしねぇか? 流石にこの人の量じゃ何時食べれるかも分からないし、夜になるぞ?」


 翔二の意見に私は少し逡巡した。確かに、このまま並んだとしても帰るのが遅くなってしまう。でも、入ってみたいしこの店の目玉商品である、マフィンが食べれないではないか……!!


 私は隣にいる翔二を見詰める。


「な、なんだよ……」


「ふふふーん」


 私は不敵な笑みを浮かべた。


 ――数十分後。


「やっと店内入れたー。長い戦いだったよ……」


  火照った体にクーラーの効いた冷たい風がたちまち包み込み、熱を奪い去っていく。


 とてつもなく涼しい。ずっとここにいたい気分だ。ま、流石に無理だけどね。でも、ここまで耐え切った私を褒めて欲しい所だ。


 まず、私自身余り熱いのが得意ではない。エジプトとか砂漠とかに行ったら死を確定した方がいい。


 大体夏の日は(課外などを抜けば)基本家に籠る。何処かに行く時はしょうがないものの極力外出は控えたい程だ。

 と言っても、ほぼ翔二から来てくれるからありがたいんだけどね。


 因みに、翔二はと言うと。


「はぁ。やっと入れたか・・・・・・何で夏ってこうも暑いのかね。涼しければ日本も安泰だと思うのに」


 一人愚痴を零していた。


「でも、夏があるからこそ、プールとか夏休みとかあるんじゃない? 私、暑いのは嫌いだけどこういうのは嫌いではないよ!」


「まぁー確かにそうかもな」


「この夏休みがなきゃずっと学校で勉強ずくめだしね。嫌でしょ?」


「それは嫌だな。流石に遊びたい」


「だよね」


 そんな会話をしていたら「次の方どうぞー」と店員の明るい声が前から聞こえた。


 順番が回ってきたのだ。


 定員さんが「何になさいますか」と言う前に、即座にメニューに載っているマフィンを指す。


「これでお願いします!! あと、オレンジジュースを一つ」


「畏まりました。そこの彼氏さんは何になさいますか?」


「えっと、じゃ、同じのお願いします」


「あのーすみませんが、このオリジナルマフィンはこの一個で売り切れでして、彼女さんは幸運でしたね。代わりにレーズン、イチゴ、紅茶味があるのですが・・・・」


「あー・・・・じゃあ、紅茶味で」


「畏まりました! 注文は以上ですか?」


「はい。大丈夫です」


 私はオリジナルマフィンが食べられる嬉しさを、爆発しないよう抑えつつ、返事をした。


「分かりました。では。空いている席でお待ちください」


 終始笑顔の店員さんに促され、私はあたりを見渡すと、丁度二つ分空いている席があったので、そこへ移動し、待つことのした。


 しばらくして。オリジナルマフィン、紅茶マフィン、オレンジジュース二つが私たちの元へ届けられた。


  届けてくれた店員さんに会釈をし、私は即座にオリジナルマフィンにかぶりつく。


「うまっ! やっぱ口コミがいいだけあるな~。もう定期的に来ちゃおっかな?」


 芳醇なフルーツの香りが、口の中に広がり、溶けていく。ふっくらとしたスポンジにも様々なフルーツの甘い味が染みていて、食欲を行進させる。さらに、所々に入っているドライフルーツがまた違った触感を与えてくれ、私を楽しませる。


 やみつきになりそうだ。


「もう夏休みに入ってるからいいとは思うけど、金はある程度残しとけよ。一緒に出かけられなくなる」


 私の対面に座る翔二は、頬杖を付き、やる気のなさそうな声音でそう言うと、オレンジジュースをズズズーとストローで啜った。


 でも、「一緒に出かけられなくなる」の一言で私の気分は少し高揚してしまったりして。


 何気ない翔二の言葉に、私は一人で勝手にキュンと高鳴らせていた。


「そう言えばもう夏休みに入ってたんだっけ。早いなー」


「この後の予定とかもう組んでたりするのか?」


 翔二は紅茶マフィンに手を伸ばすと、少しずつ齧っていく。


「うーん、まだ決まってないかな? てか、これからだし、いきなり予定入るかもしれないからまだ分からないや」


「そっかー。少なくとも、今週の土曜――八月十日は予定空いてるよな」


「もちろん! その日は祭りがあるからね! 」


 そう八月十日は私が住んでいる地域で行われる祭りがあるのだ。規模としては大きくはないが、様々な出店が並び、神社を彩る。巫女が踊ったり、三味線や尺八等による演奏。そして、最後には花火。東京の隅田川花火大会には劣るものの、私にとっては十分誇れるものだ。


 付き合い始めてから、私と翔二はこの祭りに訪れている。


「集合は、まぁ、四時頃でいいな。細かい連絡とかはLINEで知らせる」


「うん。分かった」


 私が返事した途端、電話音が鳴り響いた。翔二の携帯からのようだ。


 翔二は申しわけなさそうな顔でこちらを見てきた。


「いいよ。電話しにいっても」


 そう言うと、翔二はスマホを耳元に当て、そそくさと出て行った。


 オレンジジュースが入っているガラスコッブは結露によってか、コッブの表面には雫が垂れ落ちる。


 それを片手で持ち上げると喉の奥へ流し込んだ。


 ・・・・冷たい。


 手持ち無沙汰に私は周囲を眺めた。


  ――数人の男性が円卓を囲い、騒ぐ。


 ――三人の女性は笑い合い、会話に興じる。


 ――初老の男性が一人、カウンターに腰掛けこの喧騒に呑まれずに静かに食を嗜む。


 各々の席に、それぞれの空間を展開していた。


 別に人間観察には興味ないが、見てて飽きない。


 特に翔二は感情が顔に出やすい。ころころと変わる表情はまるで万華鏡を見ているようで、私の心を躍らせる。


 何より、翔二と一緒にいると、時間のことなんて忘れてしまう。つい先日、帰り際にマックに寄った時もそうだった。気づいたら三時間以上が経っていたのだ。私にとってはたった数十分しか経過してないって言うのに。


 時間というものは無慈悲で残酷だ。そう感じた瞬間でもあった。


 だから、こういった空白は〝暇〟でしかない。


 ぼーと虚空を見つめていると、


「ごめんな、待たせちゃって」


 翔二が戻ってきた。


「ねぇー、この後――」


 ――また何処かいかない? と訊ねようとしたが。


「わりぃ。用事が入っちまった。出かけるならまた今度にしようぜ」


 と、遮られた所か突拍子のない、突然の用事の介入。


 この頃、こんなことが多くなってきた。


 私が誘ったとしても、最初のうちは付き合ってくれるけど、また別の場所行こうと私が言うと、

「ごめん。親父が小屋作るの手伝ってくれって連絡が来たから、俺帰るね?」と、何かと用事を入れ、そのまま帰ってしまう。


 別に、相手の家の事情に水を差すつもりも、首を突っ込むつもりもない。寧ろここで私が何か言うと、塩梅が取れなくなってしまう恐れだってある。私はそれをどうしても避けたい。だから――


「うんいいよ。先帰っても。もう少しここにいるから」


 私は作り笑いでそう返した。そんな事望んでないのは自分自身がよく分かってる。


 ここで「もう少し、私と一緒に居てよ・・・・」と言ったとしてもそれは単なる我が儘だ。


 自分勝手の私情を挟んで、相手の意向を咎めたくはない。


 心の風穴に『後悔』が吹き込んでくる。


 ・・・・こんな、簡単な一言を言えない自分がが・・・・・・嫌いだ。


 翔二は何度もごめんな、ごめんなと頭を軽く上下し謝りながら、去って行った。


 翔二がいないテーブルに虚しさと寂寥感を覚えた。


 私は手を上げ、店員さんを呼び、ミートソースパスタを注文した。


 ――テーブルの上に置かれ、私は早々に食べ終えるとレジに行き、会計をする。


 翔二が先に代金を支払ってたらしく、私は追加したパスタ分だけで済んだ。


「あっつ」


 外へ出るとむわっとした空気が私の全身を撫でた。太陽の容赦ない熱波に晒され、汗が流れるのを感じつつこの場を後にした。



 〇   〇   〇   〇



 翔二と逢った二日後のこと。それは彼と一緒に祭りデートをする二日前でもあった。

 家で一日中ゴロゴロしようと思った矢先、一つの連絡が入った。

 今日翔二は一日部活があるので、夜の七時位までは連絡は来ない。


 文面には『今日さ、時間空いてるσ( ̄^ ̄)?』とあった。


 朋美だ。朋美とは中学一年で知り合い、それから友達となった。趣味や嗜好の傾向が私と似ていて、すぐに意気投合した。高校へ入学するにあたって、私たちは分かれてしまったが、休みの日は度々逢うようにしている。


 『空いてるよ(*Ü*)』そう返信すると、すぐに『じゃあ、10時頃にわたしの家で。待ってる(๑ ᴖ ᴑ ᴖ ๑)』と返ってきた。


 時間を見ると、九時半を回っている。


 私は身支度を整えると朋美の家へと向かうことにした。


  場所と言っても差程遠くは無い。電車は経由するけど、それでも十分位で着く。


 電車を降り、てくてくと朋美の家までの経路を歩いていると、ある家の前で元気よく手を振っている女子がいた。


 あれは・・・・朋美だ!!


 私は朋美を見つけ、うきうきと胸を弾ませながら、朋美の元へ駆けて行った。


「はぁーやっと逢えた・・・・暑いよ~」


「はは、そうだよね。ささ、はいってはいって」


 朋美に促され、私は家の中へと入った。


 親は仕事らしく、家には誰もいない。まさに貸し切り状態って奴だ。


 何時もは朋美の自室で遊ぶのだが、今回は居間でやるらしい。しかも今日は平日。だから親とかは仕事に行って家にいない。つまり、何も制限さらることなく、解放された空間で遊べる・・・・・・これこそ夏・休・み・の・特・権・だ。


 学校生活において、夏休みは一番長い連休だ。中学の時の友達と逢えるってのも見所である。


 クーラーをかけているのか、涼しい風がこの空間に満ち、私の身体を冷やしていく。


 私は仕事に疲れた親父みたいにソファーにどんと座り、全体重を背もたれへ乗せた。


「はぁ・・・・。香奈さ、もう少し女子らしくしたらどう? まぁそれが香奈らしいからいいけどね。ねぇ、麦茶でいい?」


「うん。平気だよ。手伝おっか?」


「大丈夫大丈夫。麦茶淹れるだけだから。ゆっくりしてて」


 朋美の言葉に私は遠慮なく甘えることにした。


 朋美はフン~フフ~ン♪ と楽しそうに鼻歌を奏でている事に気がついた。


「朋美さ、なんか良いことあった?」


「いや? 別に?」


 そうは言ってるが顔が笑っている。


 朋美は麦茶が入ったコップを両手に持ち、一つを私手前に置くと朋美はそのまま私の隣に腰を下ろす。


「彼氏との進展はどうよ~。このリア充め」


 朋美は揶揄うような口調で言い、えいえいと肘で私の腕を突いてきた。


「特に何もないけど」


「え~そんなことないでしょ~。もうキスとかしたの?」


「ぶっ! ゴホッゴホッ」


「ちょっと、大丈夫!?」


「うん・・・・。大丈夫だから・・・・ゴホッ」


  飲もうと麦茶を口に入れた瞬間、唐突の『キス』発言に、私はうろたえ噎せてしまった。


 何度か呼吸をし落ち着かせる。

 しかし、質問の意味が分からなく、もう一度聞き返す。


「え? さっき何て言ったの?」


「だーかーらー、そのカレシとキスしたのかを訊いてんのー」


 途端に顔が熱くなり、私は目を伏せた。


 あれ、エアコン効いてるのに可笑しいな?


 私がこの〝答え〟を出すと、朋美がどんな反応を起こすのかが目に見えた。なので私は、口を閉ざすことにした。このままバレねければ問題ない筈だ。多分。


 朋美はというと、羨望と憧憬の眼差しで私を見詰めてくる。私の言う〝答え〟を期待してるのか、目

 は爛々と輝かやいていた。


 そんな目がどうしようもなく眩しくて、虚しい。


 朋美の目を直視することができず私は逸らしてしまった。


「ねぇーまさか、香奈って・・・・まだキスしてないの?」


「うっ・・・・」


 胸を何かで突かれたような気がした。


 ・・・・痛い。


「え、まさかの図星!? 嘘でしょ!? 付き合い始めて何時になった!?」


「い・・・・一年と一ヶ月・・・・かな?」


 しどろもどろに私は答えた。


 すると、「はぁ~~」と朋美は盛大なため息を吐き、全身を脱力させた。


 いまにもソファーと一体化しそうな勢いだ。


   ・・・・え? キスしてないのがそんなにヤバいの?


 そして朋美は呆れとも取れる口調で説教が始まった。


「あっちが今までキスとか求めてこなかったの? てか香奈! あんたからも何も言わなかったの!?」


 私はこれまでの翔二との会話や、一緒にデートした時に言われたことなど、過去という過去を遡り、そんな出来事らしい事が無かったか、記憶を辿ってみるも。


「・・・・ない」


 翔二どころか私すらキスを仕向けようしたことも、そういった仕草を見せることもなかった。


 只々、二人で談笑し、笑い合う。そういう思い出なら沢山ある。ここで語るともなればいくら時間があっても足りないだろう。でも、その・・・・キ、キスとか、セッ――いや、やめよう。

 その肉体的な関係を用いた『愛』とか『恋』は一切経験がない。行動を起こす事もなかっただろう。


 抑々考えたこともなかった。私らの関係はそんなんで十分だと思っていたけれど、世の女子――カップルはそれが普通なのだろうか? 一緒に何処かいって、手を繋ぎながら楽しんで、笑って、会話して。そして最後の締めに絶景が見れる場所でキスを交わす――。

 それが一般常識的に言う〝普通〟なら、私らの関係は〝非常識〟の一言で片づけられるであろう。


 でも、『恋』や『愛』の表し方は個人それぞれ、千差万別であり多種多様だ。だから、こういった〝恋の仕方〟もあるのではないかと私は思う。


 例えキスしなくとも、一線を越えなくとも。お互いがお互いを尊重し、信頼し、認め合えば成り立つ。


 しかし、それであったのしても分かれるカップルは悲しい事に多数に存在する。


 もしそうなれば、これまで彼と培ってきた記憶は全て廃れ、褪せる。そして「あーあー、こんな彼と付き合わなければ良かった」で、終わりを迎える。


 私と同じクラスに、何度か男性と付き合っては、別れる友達がいる。その積極さや大胆さは私でも真似出来ない。彼女だからこそ出来るの術わざだ。それでもやっぱり〝別れてしまう〟。


 いくら年月が経ったとしても、結局合わなければそれまで。不倫や浮気、離婚はもしかしたら〝合致しない〟から生まれた不満や不安からなるのかもしれない。


 だとしても私は翔二と別れるのも嫌だし、別の女子と一緒にいるのを想像しただけで虫唾が走る。気持ち悪い。腸が煮えくり返りそうだ。


 だから私は、こんな関係で居続けたい。この状態で維持し続けたい。と心の片隅で願ってるのだと思う。


「え~まじか~キスしたことないのか~。キスした感想をインタビューしようと思ったのにな~残念」


 朋美は私からキス経験が聞けず露骨に悔しがるも、こころなしか嬉しそうでもあった。


 てか朋美私にどんな期待を抱いてたんだろうか・・・・。


「まぁいいや。それよりもさ、八月十日の祭りって、やっぱ彼氏――確か、翔二くんだっけ?――と行くの?」


「うん。そうだよ」


 その問いに私はこくりと頷いた。


「あー良いよねー、彼氏と一緒にお祭り行けるなんて~。私なんて高校で知り合った女友達とだよー」


 わざとらしく口にした。もう嫉妬とかの感情は隠す気がないらしい。


「でもいいじゃん。女友達でも。祭りは楽しんだもんだし」


 そうだよ! 私も中学の時は、朋美とあと他の友達一緒に行ったけど、楽しかったし。だから――


「・・・・香奈が言うと嫌味しか聞こえないのは何でだろう?」


「あれ~?」


 それじゃ、私が朋美に何か言ったとしても、全部嫌味になるって事じゃん!


 え、じゃあどうしよう・・・・。


 朋美と自然に会話できて且つ嫌味に聞こえないで済む言葉を脳内で検索していると、


「嘘だよ。嘘。本気にしないでよね。流石にわたしもこの程度で妬んだりしないよ。わたしだって、いつかできる筈だし! まず、できなきゃ困る!! 香奈、もしわたしが高校卒業するまでに彼氏できてたら、何か奢ってよ」


 突然の宣戦布告に、私は一瞬呆気に取られてしまったが、すぐさま朋美は私ににっとした笑顔を向けた。


 私もそれにつられ微笑む。


 あーやっぱ、朋美は面白いな。


「てかさ、いつまで正座してるつもりなの? 足痺れない?」


 あ、そういえば私正座してたんだっけ。足を崩そうとした瞬間ビリビリビリ! 両足に静電気が走ったような感覚を覚えた。


 ・・・・・・う~痺れたー。


「はは、香奈って時々おっちょこちょいになるよね。恋愛においても」


「うるさいよー」


 いま私が動けないことをいい事に、反撃が来ないと判断したのか私を煽ってきた。


 しかも何気に刺さる言葉を・・・・・・。


  だんだんと足の感覚はが戻っていき血液がまた循環しだすのと同時に、足の痺れも失せた。


 動かせるようになり、元の座る姿勢へ直した。


「でも・・・・」


 私の唐突の呟きに、朋美は私の方に顔を向ける。


 この一言で、朋美が作り出した活気じみた空間が消え、しっとりとした空気に変わったのを肌で感じた。


 朋美もこの雰囲気を感じたのか、感じてないのか。それともただ単に、次の言葉を待っているだけなのか。


 訝しげに私を見詰めていた。


「朋美は多分、付き合えるとおもうよ」


「えーそうかなー? いい男に出会えてないし、巡り会っても無いんだよねー。好きな人すらいないのに」


 その朋美の発言に「そんなことないよ」と私は首を振り、だって――朋美可愛いもん。と小声で付け足した。でも、聞こえていなかったのか、朋美はきょとんと首を傾げる。


 そう確かに朋美は可愛い。目はぱっちりとして大きいし、髪は艶やかで光沢している。顔立ちも整っているし。その点私は髪はぼさぼさで、基本はポニーテールにしてるけど、今日は上手く纏まらずストレートにした。自分の容姿に関しては気にしたことはなかったが、普通の部類には入っていると思う。


 でも「可愛い」からといって、彼氏がいない子もいるからそこらへんは何とも言えないけど・・・・。


 朋美は天真爛漫で明るい性格の持ち主だ。その上、私が悲しくなったりするとまるで私の心を汲み取ったように朋美も涙を流す。暖かくて優しい。たまに厳しい一面も垣間見るけど、それは的確で正しい。私はそんな朋美に憧れていたのかもしれない。自覚無なくとも陰で朋美を好きな人はいると思う。


 私に至っては。ほぼ成り行きで彼女になっちゃただけだけど、翔二と一緒にいる時間が長ければ長いほど、どんどん好きになっていくのが分かる。


 私が何か朋美に彼氏を作れるような助言をしたとしても、戯言に過ぎないかもしれない。


 だからこそ、私は朋美に願う。良い彼氏に出逢えるようにって。


 ――ふふっと笑みが零れた。


「なーに笑ってんの、香奈。まさか、彼氏のこと考えてたな~」


 私は首を振り、「違うよ」と言うと、小さく息を吸いふーと吐く。そして朋美の目を覗くように顔を見合わせ、私は笑顔で言い放った。


「朋美の事だよ!」


 ・・・・・・あっという間に時は過ぎる。日は大きく傾き、影を斜めに長く伸ばす。遠くからは黒い雲が浮かび雷音を轟かせている、


 遊びすぎてしまった。


「今日、楽しかったよ。ありがと」


 靴に履き替えた私は玄関先にいる朋美にお礼の言葉を告げた。


「別に駅までは送っていくのに」


「大丈夫だよ、それくらい一人で行けるし」


「あそうそう。これ、もっていってよ」


 朋美は一個の花瓶が据えられている戸棚の引き出しから、何かを取り出した。


「これさ、前神社に行ったときにもらった奴なんだけど、あげる」


 朋美は手渡してきたので、私をそれを受け取った。見ると、彼岸花の種とあった。表には満開に咲き誇る彼岸花の絵がプリントアウトされており、文字にも装飾が施されている。


「え、いいの? 神社からの貰い物だよ?」


 私は本当に貰っていいのか心配になり、訊いた。


「いいの。私の家さ、庭が広い割にはコンクリートとかで育てられないし、鉢買ったとしても置く場所がないから。貰っててよ」


「え、でも・・・・」


「いいっていいって! 気にしなくても。もし育てたら写真くらいは送ってよね」


 もう私が受け取ること前提らしい。多分これ以上言ったとしても、同じことだろう。朋美も私に貰って欲しいと言ってるのだから、気持ちを尊重しないとね。


「ありがとう、大事に育てるね」


「うん。じゃあ、また次会えたら」


「うん。じゃあね」


 去り際に小さく手を振ると、家路に着いた。夏の暑さは何処へやら。涼しい風がこの路地を吹き抜ける、気温もだいぶさがり、外に出るには丁度いい。


 駅が見えてきたところで、見覚えのある姿が目に映った。遠巻きからでもわかる。翔二だ。


 翔二は壁に寄りかかり、暇そうにスマホを弄っている。と、私の気配に気づいたのか、よっと手首を挙げた。


「翔二どうしたの? 今日部活があるんじゃなかったけ」


「いやそのー・・・・途中怪我しちまって、監督に早く帰って安静にしてろって言われてさ」


「え!? 大丈夫!?」


 怪我したって聞き、私は翔二の身体の部位という部位を(見える範囲で)チェックする。至って目立つよう怪我はしてないような気もするが、それは本人しか分からないものでもあったりするからそこは何も言わなかった。


「ああ平気だ。それよりもさ、今、電車に乗るところだろ」


「え・・・・う、うん・・・・」


「あのさ、一緒に帰らねえか? 家の場所まで送ってくよ」


 翔二のこの優しさは有難い。でも、


「だって翔二、怪我してるんでしょ? 翔二は家に帰って安静にしてて。翔二の家この辺りじゃん。送ってもらう程でもないから」


「いや、それじゃ・・・・」


 すると翔二は目を下に向け、唇を噛み締める。瞳の奥がほんのり昏くなったような気がした。まるで、このあと危惧する何かが起こるかのような、そんな表情を。何で泣きそうな顔するの?


 時間を確認すると、あと四、五分で発車時刻となる。翔二は送り届けたいらしいけど、怪我してるというし、無理強いは出来ない。まず、帰るくらいなら一人でも行けるし。何でこんなに私を心配するのだろうか。


「あ、ごめんね。もう電車の時刻だから、行かないと」


 ホームへ急ごうと足を一歩前へ出した瞬間、「まって!」と怒りじみた、それでいて何処か寂しそうな声が私の背中に飛び掛かり、同時に右手首を捕まれ動きを停止させられた。


 私は振り返り、翔二を見詰める。翔二の顔はより一層険しくなり、鋭い双眸が私を射抜いた。


 一瞬、二人の間に流れる〝時〟が止まった。


 ゾクッと背筋に悪寒が走る。


 怖い。


 こんな翔二、見た事が無かった。普段と違う、翔二の態度、動き、感情。今までこんなこと無かった。


 でも、何でだろう・・・・・・ムカつく。イライラする。


「ねぇ、その手離してよ。帰らないと行けないんだけど」


 ふつふつと湧き出る怒りを抑え、私は翔二に言った。


「・・・・・・」


 しかし、翔二は返さない。無言。


「早く離してよ。家族で出かけなきゃ行けないんだけど」


 さらに追い打ちをかけるように、私は言葉を吐き捨てる。


「・・・・・・」


 それでも尚、翔二――いや、彼は黙りこくったまま。


 何か言ってよ。説明してよ。何でそんな悲しいそうな顔するの? ねぇ、ねぇ。


 三分を切った所だろうか。改札口へ吸い込まれるように、周りの人はホームへ足を早めていた。


 もう限界だ。私は右手を大きく振り、翔二の手から逃れた。


 そして私は彼に何も言うことなくホームへと足を急がせる。追いかけてくると思ったが、そんなことなく。翔二は腕をたらんと垂らせ、ひたすらそこに佇んでいた。


 後ろから――まただ。と聞こえたような気がしたが、今となってはどうでもいい。とにかく家に帰らないと。改札口を通り、四番ホームへ向かった。


 残り二分ちょっとか・・・・。ベンチに座りたい所だったか、すでに埋まっており、仕方がないので立って待つことにした。到着するまで間ゲームでもしてようかと、スマホを取り出し、画面に集中した。


 ・・・・電車がホームの左端から来るのを目で捉え、ゲームを止めようとしたその刹那。ドン! 背中に何かが当たり、バランスを崩した。足は数歩前へ動き、交差。倒れるように私は転ぶと、そのまま身体は急速に角度を縮め、気づけば眼前にレールが。横合いからは電車が勢いよく迫る。


 ――そして、電車は肉薄し――――プツン。ここで私の意識は途絶えた。

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