アイを鬻ぐ

穂村ミシイ

アイを鬻ぐ

 格子から伸びる腕に捕まれる。

 

 潤う瞳、吐き出す煙、甘い香り。蛇のように絡み付き、薔薇のような強烈な存在。これだけの蝶を囲いたいと思うのは男の性だ。


 彼女は嘘を吐く。 

 「私は蜻蛉でありんす。」


 彼女は嘘を吐かない。

 「私は陽炎でありんす。」

 

 揺れる香は全身に絡みつく。白い肌に赤を纏い蝶は妖艶に舞う。灯る提燈の下で囁く声で喘ぐんだ。


 彼女は気丈だ。

 「私など明日には忘れてしまうのでしょ?」

 

 彼女は気弱だ。

 「私など明日には忘れてしまうのでしょ?」

 

 妓楼の灯しが消える頃、首を切られた牡丹をそっと渡して接吻を交わす。

 

 彼女は貪欲だ。

 「溺れるほどに愛が欲しい。」

 

 彼女は無欲だ。

 「溺れるほどに哀が欲しい。」

 

 紫陽花が咲き狂う梅雨の中、とうとう見受けの話が纏まった。栓のない涙を流す彼女は籠の中。

 

 男は言った。

 「そんなに嬉しいのかい?」

 

 男は言った。

 「そんなに悲しいのかい?」


 彼女は笑った。そうして言うんだ。


 「ええ。苦しい事無い夢に眠れ、貴方を想う事も無くなるのだから。」

 

 陽炎立つ吉原の隅に季節外れの牡丹が舞う。舞い上がった花弁は赤い水溜りの上で肩を寄せ合った。


 男は激怒した。

 

 男は、涙した。

 

 冷たい彼女の手をきつく、きつく握りしめたのは激怒した男だった。

 差し出された包丁で彼女を何度も、何度も刺し殺したのは涙した男だった。

 

 そうして男達は立ち去る。ニヤリと笑って。

 

 数日後、彼女を追うように川に身投げしたのはどちらの男だったのだろうか。

 


♦︎ END

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アイを鬻ぐ 穂村ミシイ @homuramishii

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