第1話

 少女――、ココは齢14にもかかわらず、魔法使いであった祖母の後を継ぎ忙しい日々を送っていた。

 ここはトーキョー・シブヤ。ほかの都市と見目は変わらない。かつては栄えていたが、それはもうかつてのこと。緑の苔むした建物ががらんどうとなり果て、人が住むであろう建築物はここが住むこの家を合わせて、両手で数えても指が余るほど。というのに、公共交通機関も個人的な乗り物の一切と言っていいほどない。それは、西暦2105年に起きた事件によって、人ならざるものが入り込んできたことが最大の理由であった。あるにはあるが、電車が空を飛ぶなど、地上に車や自転車すらない光景が広がっている。

 

 ココは、丸眼鏡をかけた小柄な少女だ。

 ココの祖母はかつて世界に名をはせた魔法使いであったが、同時に相当な目利きであった。故に、彼女は鉱石屋を営み、老後を費やした。ココはそれを継いだのだ。確かに、ココも魔法を使えないことはない。ただ、かつて全盛期であった祖母と比べられることが嫌なのだ。

 ココは鉱石屋を見回して、カウンターに設置した椅子に腰かけた。落ち着いた様子のそれは、彼女の祖母の面影とわずかに重なる。

 ココはカウンターに置かれた箱を開き、一つ一つ商品となりうる鉱石をじっくりと、なめるように観察する。


「ううぅん、貴重な魔石ですよね……」


 ココはぽそぽそと呟く。

 手にはボトルキャップほどの大きさの、真っ赤な石がとられていた。ココの掌できらきらと輝き、ルビーともスピネルとも違う輝きを宿している。

 魔石とは、――命の消失と同時に現れる生命の核のようなものだ。また、大きな魔力が放出されることで同じように魔石が生まれる。ただ、そうやすやすと生まれるはずのものではなく、生命の消失といっても条件が複数に重なり合わなければ魔石が生まれることはない。


「赤の魔石は……、怪鳥の核でしたね」


 ココは箱のラベルを二度見して、魔石を箱へと戻した。

 怪鳥とは、人ならざる者の一つである。目が三つあったり、火を吐いたり、人を食べたりというモンスターの一つである鳥のことだ。魔石は主にモンスターからとれる。また、モンスターから魔石が取れることが多いのだが、危険を伴うということもなって魔石はコアなものなのだ。

 かつてのゲームや物語に沿って言うなら、レアアイテムだろうか。それがあるだけで、身を守れたり、武器に埋め込めば魔剣にもなる。ココは鉱石のほかにも、魔石を仕入れて魔石の売買もしている。魔石はライセンスを持っていない限り、採取はできるが売買は不可能だ。

 モンスター討伐の専門ギルドに売り、それがココたちにわたってくるという仕組みだ。他にも、採掘師というジョブであれば売買が可能である。


 ――チリンチリンッ


 鉱石屋のドアのベルが揺れた。

 ココは顔を上げ、口を開いた。


「いらっしゃいませ、遠方からよくおいでなさいました」


 鈴のようにさわやかな声が、ココの声が来訪者にかけられた。

 来訪者はぺこりと頭を下げ、店内を見回す。ココは少しいぶかしげな表情を浮かべながら、鑑定を済ませた魔石を奥の棚へしまった。

 来訪者は黒いローブを身に着けた背の高い男だった。今までココの店に訪ねに来たことのない背の高い男であった。その顔すらも見えない姿は、ぼろぼろでまるで乞食のようにも見えた。


「おい」


 来訪者の男がぶっきらぼうにここに声をかけた。


「はい、いかがなさいましたか?」


 ココはあくまでも冷静に返答する。


「店主はいないのか……」


 男はここにそう問いかけた。ココは眉を顰めるのを堪え、一つ咳払いをした。それからカウンターにある小箱からとあるカードを取り出し、男に突きつけるように見せた。


「私が店主でございます。何の御用でしょうか、お客様」


 ココの言葉に、男はローブのフードの中で申し訳なさそうに戸惑った。


「す、すまなかった。以前訪ねた時は、別の店主がいたのでな……」


「然様でございますか。彼女は私の祖母です、数年前に他界いたしました……」


 ココが見せたのは、魔石売買・鑑定のライセンスカードとこの鉱石屋のオーナーであることを示すものだった。

 それから、男はすぐにココに謝った。しかし、以前訪ねに来ているのであれば彼もここの祖母の訃報は知っているはずだった。なぜなら、ココの祖母は小さな子供も知っているような、有名な魔法使いであったから。


「そうか、彼女は人間であったからな……。仕方がない、人間の寿命は短い」


 男がつぶやいた言葉。

 ココは眼鏡の奥の瞳を光らせた。――まるでそれでは、この男は人間ではないような物言いだと。

 すると、男は今まで隠していたローブのフードを脱いだ。するりと、ぼろ布のようなフードから露になったのは、長い髪の毛だった。淡い色合いはよく晴れた日の澄んだ湖のようで、瞳は青い斑模様の散る宝石のようなものであった。肌は目元には羽のようなものがわずかに生えている。

 ココはそれを見ただけで、その男が明らかな人間種でないと実感した。首元から覗く衣服はどこか簡易的な鎧めいている。


「帝国軍のお方でしょうか、お客様」


 ココは男に問いかけた。見た目は青年であるが、鎧の特徴が帝国軍のそれであると感じていたのだ。

 帝国軍とは、トーキョーの属するニホンの政府の管轄にある軍隊である。ほかの国にも存在するが、たいていは陸続きの関係もありギルドや軍隊は国と国同士の結束力がつよいのだ。


「あぁ、先日ヨーロッパ本部から異動してきたのだ」


 男はココの問いかけに正直にうなずいた。

 ニホン帝国軍は、各帝国軍と同盟を組んでいるため希に、男のように異動してくる者もいる。だが、小さな島国というのもあってか扱いは雑で、移動させられてきた人間は使えなくなった人間や問題のある人間ばかりだ。

 魔法使いとして、多少そういう知識をココは備えていた。

 

「それで、ココの店主に渡してくれと頼まれたことがあってな」


「はぁ、……帝国軍が自らですか」


 ココはやや辟易としながらも、男が差し出してきた封筒を受け取った。丁寧に封筒の封を切り、ココはかさかさと便箋を取り出した。二三枚の書類が入っていて、送ってきた相手の名前を見た瞬間、ココはこらえきれないほどの疲労を感じた。

 送ってきたのは帝国軍最高司令官、そしてこの国の政府幹部の一人である男の名前だった。

 それは、ココが幼いころ祖母の付き添いで何度か顔を合わせていた人だ。


 内容は書類の中身に比べて簡潔なものであった。

 それは、一人の兵士を預かること。そして、その兵士に兵士としての教育を施すことであった。まだ14歳であるココにとって、それは理解しがたいものであった。また、ここに物理的な戦闘能力はない。――ということは、ココに求められているのは、その兵士なにがしの魔法の腕を育てることであった。

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トーキョーシティ・ウィザーズ 道理伊波 @inami_douri

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