第5話 解放

 

 「雫、大丈夫なの。こんなに濡れて」

聞き慣れた母の声にふっと我に返ると母が傘を差しかけて心配そう見つめていた。顔にかかる雨が涙を隠してくれていて安堵する。高校生にもなって母に泣き顔を見せたくはない。それに今の感情は悲しいとか辛いとかなどではなく、かといって嬉しいなどの単純なものではなかったから。


 「どうしたの、なかなか戻らないで。電話にぐらい出なさい。」

 母の顔と口調は少し怒っているようだったが、左目元のほくろを見てかなり心配させてしまったのだろうと思う。しずくの記憶の中にいたしずくを実の娘のように思い育ててくれた女性の顔に瓜二つだった。


 「うん、ごめん。スイレンがあまりにもきれいに咲いてたから」と、あいまいに返答して池に目をやるとスイレンの花は閉じかけていてかなり時間が経っていたことに気が付く。


 自分の心の一部が言葉にはできないほどの長い時を経てやっと池から解き放たれた。雫としずくの心は一つに戻り満たされている。

 心の中で「水守様、ありがとうございました。」と、つぶやくと一瞬水面が光を放った気がした。

 

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三宝寺池の鏡 真堂 美木 (しんどう みき) @mamiobba7

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