prologue
彼女の使う言葉が何なのか、疑問に思う者はいなかった。
ある作曲家が自身の曲のコーラス部に独自の言葉を用いると、それが自身の名を冠する〇〇語と呼ばれるようになったとか、あるいは公式に「適当でした」と梯子を降ろされるまでゲームミュージックのヘブライ語歌詞解釈にユーザーは躍起になったとか――
彼女が人々を惹きつける力はまさにそういったツールが本来果たすべきだった機能をも補って余るもので。ようするにカワイイのだった。
悪魔をモチーフに過不足なく属性を盛り込まれたデザインに一挙手一投足、上半身しか映っていないのだから主に手振りだが、いちいち愛玩動物にも似た挙動となって実に尊い存在を目撃しているのだと脳に信号が伝わる。
俺と同じ感想を持っただろう同士も少なくとも千人もいる。
そんな中で「何語を話しているのですか?」とか聞いてみろ。
まず「お話になられているのでしょうか? だろ。口の利き方に気をつけろ」から始まり、「アズィー様(暫定name)が現世言語をお使いのはずがないだろ」と繋がり、「これで中身が日本人だったら詐欺だろ、詐欺でもいいけど。いや、むしろ騙されたい!」と最早お馴染みとなった内輪向けコメントの洗礼を受けることになる。残された道はブラウザバックか同調だ。
だから、そんな先鋭化された信者のひとりだから俺は、提示されてきたソレを自然と受け入れてしまったのだろう。
隕九◆縺ェ / 驥代r謇輔∴
アズィー様(暫定name)が現在身を置かれているライブ配信サービスのおまけ、周辺機能をお使いになったのだと推察。
よくご存じで。流石というか何というか、アンケートでありますか。
「……わっかんねぇ」
声に出てしまい、ハッとなって周りを見やる。
独りごちる痛いヤツな俺を気に留める者はいなかったようで安心する。教室内は通常運行なようだ。じきに昼休みも終わるからまばらだった席も埋まるし授業も始まるだろう。が、その前にまずは差し迫った問題を消化しなくてはならない。
目をスマホの画面に戻すと、そこには相変わらず意味不明な文字列だ。インターフェース自体は覚えがあるからソレがアンケート、相手に2つの選択肢の片方をタップして貰うものだと認識できる。認識できるというだけで意図は読めないが。
YesかNo? もしくは、ハイとイイエだろうか?
同様の混乱、思索の跡と苦悩が同胞達のコメントにも見て取れる。たまらず救いの声をあげてしまう輩も現れるが。我々が崇拝しているのは残念ながら神ではない。今はゲームにご執心の彼女、ポケ―と口を開けっ放しなのを眺める他ないことにやがて気づくだろう。
……ルノ?
「あ! あ! そいつはすぐ吊るさなきゃ」
タチバナ!
名前を呼ばれた気がして渋々イヤホンを外し後ろを振り返ろうとしたが、クラスメイトらしき声の主は既にこちらの耳元に顔を寄せていた。
「それってVtuberでしょ」
無言でスマホ画面を反対方向にずらす。
「恥ずかしがらなくて良いじゃん。ただ他の男子はバレーやってるのに独り何を夢中になってるのかなって」
悪戯っぽく言う彼女は、同時に右頬を掠るように腕が延ばしてきた。掴む動作を繰り返すのは何のアピールなのだか。
「体育館なら行ってたよ。でも今日はなんか肩が痛くて、シップ貰って大人しくしてたってわけです」
「さいですか。あ~だからおじいちゃんみたいな匂いがしてたんだ」
悪かったな。
そう言葉にするつもりだった。しかし、ひと呼吸置く間も無く虚を衝かれる羽目になった。一本貫手が目下で遂行されたのだ。No(と勝手に思ってる)への回答を終え無事アンケートは集計待ちとのUIが示された。
「」
「部活やめて運動不足だから肩こりなんてなるんだ、よ」
背後の圧迫感が消えようやく振り向けるようになった途端、今度は両肩をガシッとまたも制される形でマッサージが施される。揉みしだかれる。絶句して言葉も出なかった喉からも呻き声は出るようだった。
「・・・見事な、お手前で」
「よろこんで貰えて良かったぁ。昔、おじいちゃんにこうしてやってあげてたから腕には自信あるんだよね」
もう勝手にスマホを弄られたのとかどうでも良かった。とにかく遣り取りを終わらせなければ延々と被害が拡大していくのが目に見えているわけで、シップの話からおじいちゃんがどーのの真意とか、もはや問題ではないのだった。
ジンジン(痛みが)きたー! と一発かましたくなるのを堪えて、俺は次の授業の準備に取り掛かることにする。
「あと、イエスとかノーとかなんてさっさと決めないとね。始業のベルがなってもブツブツ言い続けるつもり?」
「ァリガト///」
俺はその日、ツンデレ口調をマスターした。
縮小現実/death game 愛岡植記 @aioka
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