風のエルフと森の神龍ディアグイン

あずみけいし

紡ぎゆく世界

─── トス……ッ


 森を歩く雌鹿の背に、矢が突き立つと、笛の音のような鳴声を上げて前脚を浮かせた。


 直ぐに逃げ出そうとするも、やじりが腰椎に食い込んだのか、腰から下の力を失い地に伏す。

 尚も前脚で身を起こそうとするが、最早歩く事は出来ず、懸命に首を振って足掻いている。



─── 痛覚、恐怖。いや、その姿には生存への本能故の、反射的な生への執着が垣間見えた



 そこに現れたのは、弓を肩に槍を構えた、壮年のエルフ。

 そして、その後ろに隠れるように、胸の前で弓を両手に握り締めた、少女のエルフの姿があった───



「……サラティナ。お前はこいつを、殺し切れなかった」


「…………は、はい」



 青ざめて微かに震えてさえいる少女に、男は槍を差し出し、アゴで手負いの鹿を示す。



「矢毒が回ると後が面倒だ。直ぐにしめて、血の巡りを止めなきゃならん。早くしろ」


「わ、わたしが……?」



 今にも泣き出しそうな少女の肩に、男は手を置き、真剣な眼差しを向ける。



「我々、風の境界フィナゥ・グイのエルフは、森から命を分けてもらっている。

無駄に苦しませては、あの鹿の苦しみで森が汚れ、精霊達の怒りを買う。

─── 生きるために命を得る、そのためには命を奪う責任を持たねば、森では生きていけない」


「うぅ……で、でも……」


「命をもらう事と、ただの殺しは違う。ただの殺しは魂を抜き去るだけだ。

だが、食べ、毛皮や骨を得る事は、その魂や生きた証を背負い、共に生きる事になる」


「─── !」


「森には魔物もいれば、厳しい自然も病気もある。鹿は六〜七年しか生きられないが、お前の血肉となり、道具とすればもっと永く世に存在するのだ」



 少女は深く頷くと、槍を受け取り、懸命に逃げようと足掻く雌鹿へと近付く。

 不慣れな構えながら、その眼にはもう怯えはなく、確実に急所を見定め、強い意思を宿していた。




 ※ 




 今日は初めてザナゥに、狩りに連れて来てもらった。

 弓は幼い頃から練習して、自信はあったけど、鳥より大きな命を奪うのは初めてだった。


 わたしは肉がキライ。

 でも、この初めての鹿は、食べてあげたい。



─── だって、命を奪った責任は、わたしがこの子の魂を背負って行くことだと思うから



 ザナゥは血抜きの仕方を教えてくれた後、いくつかの狩場を案内しながら、森のことをたくさん話してくれた。

 彼は里一番の狩人で、その収獲は里にもすごく貢献している、尊敬すべき人物だ。


 わたしたちエルフは肉の匂いや味だけじゃなくて、神聖が落ちるからと獣の肉が嫌う人が多いけど、森の暮らしではそうも言っていられない。

 木ノ実や果実の無い時期は、どうしたって動物から得られる栄養が必要になるのだから。


 『生きること、それだけで神聖は汚れるもの』と、巫師ふしラーマはよくそう言う。

 他の命を食べることも、必要なことみたい。



「─── 今年は魔獣が多い。どうも森の東側で龍種の移動があったらしいからな。

住処を終われたものが、この奥の領域に来ているのだろう。

ひとりでは森に入るなよ?」


「……はい……」


「……どうした?」



 ザナゥは不思議そうな顔で、わたしの顔を見てくる。

 せっかく教えてくれてるのに、失礼だとは思うけど、わたしは森の奥から感じる気配に気を取られていた。



「─── 誰かが助けを……求めてる」


「誰かが? ……ああ、の力か」



 巫師ふし

 森の精霊と心を通わす、森の通訳者─── 。


 わたしにはラーマと同じ、その耳が与えられているらしい。

 時折こうして、森を通して不思議な声が聞こえてしまう。

 ……それが普通じゃないのだと、つい最近知ったばかりだ。


 ザナゥはそんなわたしに、文句も言わずについて来てくれた。




 ※ 




「─── こ、これは……龍の幼生か!」


「サラティナが狩りの途中で見つけた。はぐれ龍か、親が死んだかは知らん。

酷く衰弱してるが、病気の類ではないようだ。体の傷は魔獣にやられたんだろう」

 


 里に連れて帰った子を見て、族長は珍しく興奮してるみたい。

 ザナゥの説明にあいづちを打ちながら、恐る恐る触れようと手を伸ばしては、躊躇ちゅうちょしている。

 その後ろには、族長の息子のハロークが、同じように興奮しながらも、恐々身を隠していた。



「白い体に虎縞とらじま……聞いたことのない種だな……」


「幼生のようだが、角の年輪を見る限りは、五十年以上は生きてるな。

親から与えられるはずだった魔力が、ほとんどもらえなかったのだろう」



 龍種は魔物でも動物でもない、生まれながらに魔力と縁の深い、妖精のような存在。

 母龍から魔力をもらって、幼生の時期は数年、直ぐに体は大きくなるみたい。



「姿形は……黄鱗龍イエロードラゴンに近い。突然変異か」


「かも知れん。大方、親に捨てられ、ひとりで生きて来たのだろう」


「最近、東の方で龍種の移動があったようだからな。その時に置いて行かれたか。

─── 意識のない今の内に殺すか。魔力はほとんどないようだが、霊薬の材料にはなろう」


「─── ! だ、だめツ‼︎」



 思わずわたしは、この子の前に飛び出していた。



「……サラティナ。情が移ったか?

龍は人と相容れぬ、目覚めれば襲われるのはお前なのだぞ」


「でも、でも! この子は助けを求めてる!」



 今は意識がないけど、あの時確かにわたしは聞いていた。

 ……この子のか細く、でも悲痛な声を。



「─── なに、手に負えなければ、放てばよかろう。森の声を無下にしては、それこそわしらの神聖が落ちる悪手じゃてなぁ」


「ラーマおばあちゃん!」


「……むう、ラーマがそう言うのであれば、そうするしかないが……。

─── 里に害を及ぼすようであれば、始末する。よいな?」


「はいっ!」



 そうして、わたしはこの小さな幼龍の世話をすることになった─── 。




 ※ ※ ※




「サラティナや、今日は水龍の月の縁友日じゃった、水精霊さまの祠に行くよ。すぐに用意しておいで」


「はいっ、ラーマさま!」



 あれから五年が過ぎた。

 成人の儀を受けたわたしは、森の神ラーフマの加護を得て、巫師としてラーマの弟子になった。



「ああ、そうじゃ。今日は膝の調子が悪くてな、申し訳ないがあの子を連れて来てはくれんかね?」


「あ、はい!」



 窓の外に向かって指笛を吹き、わたしは儀式に使う道具と精霊酒を鞄に詰め、くらを持って外に出た。



─── クルルァ……



 直ぐに風穴の方の空から鳴声が聞こえて、あの子が飛んでやって来る。



「おはよう、ディアグイン! 今日はラーマさまと水精霊さまの祠に行くよ」


「キュア!」



 長い首を伸ばして、わたしの体に擦り付けてくる。

 白い体に黒い虎縞模様の龍、あの時拾った子は、今はもう馬位の大きさになった。


 いつか龍達の群れに帰れるように、離れてくらすようになったけど、甘えん坊さんなのは変わらない。



「うお! そ、そいつ、またデッカくなったんじゃねぇか?」



 丁度通りすがった、幼馴染のケルナムがディアグインの姿を見て驚いている。

 彼は昔、ディアグインにお尻を噛まれてから、未だにこの子の前では及び腰だ。

 ……今ではもう戦士の有望株だって言われてるのに。



「おはようケルナム♪ この子も最近は自分で魔獣狩りしてるからね、魔力量が上がって成長期なんだよ」


「ハァ、まだデッカくなんだよなぁ……。にしても、ホント大人しくなったよなぁそいつ」


「あれぇ? もしかしてケルナム、まだこの子が怖いんだぁ〜?」


「ば……ばか言うんじゃねえ! 俺は誇り高き風の境界フィナゥ・グイの戦士だぞ……っ⁉︎

龍如き俺の魔術で─── 」


「ディア、お手」



 伏せて甘えていたディアグインが、起き上がって腕を持ち上げると、ケルナムは尻餅をついて目を白黒させた。



「あははっ、龍種狩りはまだ大分先になりそうね!」


「て、てめ!」



 そう言って笑うと、ケルナムも立ち上がってバツが悪そうに頭を掻いて苦笑した。

 彼はすごく強くなったけど、こうして鼻にかけない所が良いと、最近女の子たちの間で人気だ。

 わたしには、昔から変わらずの、やんちゃなだけにしか思えないけど。



「でも、本当によく懐いたよなぁ。みんな『龍種と人は相容れぬ』って、いつかお前が食われちまうんじゃないかって、噂してたけどな」

 

「フフフ、龍にも心はあるんだよ。わたしはただ、ゆっくり待ってただけだよ?」



 そう。

 最初は大変だった─── 。




 ※ 




─── フーッ! フーッ!



 納屋で目覚めた途端、部屋の片隅に走って逃げて、壁にぶつかった。

 体の傷から血が噴き出して、乾いた土間の埃に染み込んでいく。



「大丈夫。怖がらないで? ちゃんと手当しないと、病気になっちゃうよ……?」


「…………フーッ!」



 体を大きく見せようとして、余計に傷が開いてしまった。

 その痛々しい姿に、思わず目を背けたくなってしまう。



「……お願い。あなたを助けてあげたいの」



 しばらく静かにして、落ち着いたようにも見えたから、わたしはそう言って一歩近づいた。



─── グルァ……ッ!



 思いっきり体当たりされた。

 大きさはわたしより少し小さいくらい。

 ……でも、流石にその力はすごかった。



「きゃう! ……ぐっ、い、いたいっ!」


「がぁうっ、グルゥ!」



 そのままわたしを押し倒して、腕に噛み付き、グリグリと頭を振る。

 小さな歯が突き刺さって、血が溢れ出すのが見えて、わたしは怖くなってしまった。



─── やっぱり無理なのかな……



 そう思った時、わたしはそれに気がついて、泣きたくなってしまった。



「あなた……歯が折れてる……」


「………………グゥ……」



 幼龍の牙はわたしの腕を噛んだだけで、ほとんどが抜け落ちて、ポロポロと落ちて来た。

 よく見ればガリガリのこの子は、きっとろくにゴハンも食べられて無かったんじゃないだろうかと、胸が切なくなってしまった。


 気がつくと、わたしは噛まれていない方の手で、その首元を撫でていた。



「大丈夫、怖いことも痛いこともしないよ。お願い、あなたのケガを治させて?」



 そう言って【安静ローフィス】の魔術を掛ける。

 魔力に驚いた幼龍は、一瞬びくりとしたけど、金色に光っていた眼は褐色に戻っていた。


 この魔術だけは得意なんだ。


 ママが早くに死んでしまった時、夜中に怖い夢を見て泣き叫ぶわたしに、パパがよく掛けてくれた優しい魔術だから。



「ありがとう。じゃあ、手当の続きするよ?」



 その後はしばらく大人しくしてくれた。


 なんとか手当を終えたから、次はゴハン。

 歯がほとんど折れてしまったから、冬の間に残った干し肉を入れて粥を作ってあげたけど、食べようとはしてくれなかった。


 それどころか、一旦部屋から出たわたしに、幼龍はまた鼻を鳴らして威嚇していた。


 何日も何日も、わたしはこの子に【安静ローフィス】の魔術を掛けてから手当をして、ゴハンを作り続けたけど食べようとはしない。



─── 初めてゴハンを食べてくれたのは、二週間も過ぎた頃だった



 わたしが見ていない時にしか食べないし、相変わらず納屋に入ると、威嚇するのはそのままだったけど……。


 威嚇が無くなるまで半年、目の前で食べてくれるようになるまで、さらに半年。


 ただ、わたしが【安静ローフィス】の魔術を掛けている時だけは、目を閉じて柔らかな表情をしていたのは確か。

 他の人に怯え無くなるのには、もっと時間が掛かったけど、ちゃんとこの子は人に順応していってくれた。

 その辺りで私はこの子に『白黒ディアグイン』と言う名前を付けた。




 ※ 




「うーん、ザナゥのおっさんが言ってたんだけどさ。それってお前の魔術のおかげじゃないか?」


「わたしの……魔術?」


「ああ。【安静ローフィス】の魔術を掛け続けてたんだろ? 龍は母親から魔力をもらって成長するし、その魔力の質で性格が決まるんだってさ」


「……へえ〜! そうなの? ディア」



 そう言ってディアグインの方を見ると、また首を伸ばして『なでれ』ってあごを寄せていた。



「お前のこと、母親だって思ってんだろうな。俺たちは群れの『その他』。だから襲わなくなっただけじゃねえの?」


「へへぇ、わたしがママかぁー♪ ……最初の声は聞こえたけど、あれ以来、この子の声を聞いたことがないからなぁ……。

─── ほら、ママって呼んでごらん?」


「ぐぁ〜」


「ハハ、なんか猫みてえだよなコイツ」



 そう言いながら、及び腰なケルナムに思わず笑ってしまった。



「今日もラーマと森に入るのか?」


「うん。今日は水精霊さまのところに行くよ」



 そう言うとケルナムは少し険しい顔になった。



「ここらは大丈夫だろうけど、最近森の外れの亜人が、人間に襲われてるって聞いた。

─── アルザスが亜人種狩りを始めてるらしい」


「え……! な、なんでそんなことするの⁉︎」


「分かんねえよ、ニンゲンの考えることなんて。

─── とにかく、お前も気をつけろよ?」


「あ、うん。ありがとう……」



 ケルナムは急にわたしの手を掴んで、真剣な顔でそう言った。

 なんか見慣れない彼の表情に戸惑って、顔が見られない。

 変な感じだから、いつものようにからかってやろう。



「で、でもさ! もし、闘いになったらケルナムも闘うんでしょ?

女の子たちにモテモテになれる、絶好のチャンスじゃん♪」



 『バカ言うなよ』って、そう返してくるかと思ったら、彼はわたしの手を握ったまま見つめていた。



「……他の女なんて、どうだっていい。

─── 俺はお前が……」


「サラティナや、準備は出来たね? おや、ケルナムじゃないかい、あんたもだいぶ精悍せいかんな顔つきになって来たじゃないか。

最近まであんなに泣き虫だったのにねぇ〜♪」


「ば、バカ言うなよラーマ婆! それはガキの頃の話だろッ⁉︎」



 顔を真っ赤にして、慌てて手を離した彼は、しどろもどろになってる。

 ……いつもの彼だ。



「ひゃっひゃっ、わしからすりゃあ、皆んなまだまだガキさね! ほれ、今日も修練と仕事があるんじゃろ? サボっておらんで行って来い」


「うるせえ! じゃあなサラティナ、気をつけんだぞ!」


「……あ、う、うん!」



 そう言ってズンズンと歩いて行ってしまう彼の背中を見ていたら、急に耳まで熱くなってしまった……。

 もう、今日のケルナムは何か変だったなぁ。


 でも、パパが居て、仲良しの皆んなが居て、尊敬できる人たちが居て。

 今もこうして心配してくれる友達がいて、わたしは幸せなんだと思う。



─── きっと、この幸せがずっと続くと、そう信じていた




 ※ 




「─── ば、馬鹿な! サイドゥル・カレ族が……人間に負け……た⁉︎」



 族長の大声で、皆が集まって来ても、話を切ろうとはしなかった。

 それだけ、族長のショックは大きかったのだろう。


 これでこの森に生き残る、エルフの氏族はふたつだけになってしまった……。



「事実だ。俺たちは沢西の谷まで行って、直接見て来たんだ。生き残りから話も聞いたよ……侵攻の理由も分かった」


「な、何と? 人間達の、アルザスの狙いは何だと言うのだ⁉︎」



 この数ヶ月、この森は戦火に包まれている。

 きっかけは、人間の勇者に魔王さまが殺されてから─── 。


 私たち亜人種を、人間達は魔族の仲間だと疑い、迫害が始まってると魔人族から聞いた。

 何故そんなことをするのか、何故そんなことが出来るのか、人間のすることは分からないし、分かりたくもない。


 でも、この森みたいに、攻め込まれるのは聞いたことがなかった。

 ずっとこの数ヶ月間、何故闘いが起こっているのか、分からないまま皆んな不安に思ってる。



「─── アルザスの創る太平の世に、は要らない」


「「「─── ⁉︎」」」


「アルザスは王国から、アルザス帝国を名乗り、全世界の調停者になると宣言したらしい。

このアルザスの周辺に、力のまばらで意思のそぐわぬ我々は、邪魔者でしかないそうだ」


「─── ふざけんなッ‼︎ 魔力も力もねえ人間が、何だってそんなに思い上がってんだよ!

魔族に勝てたのだって、調律神に選ばれた勇者がいたからだろ⁉︎

アルザスは関係ねえだろうがッ‼︎」


「そうだッ! ただ数が多いだけだろ、あんな奴ら……やっちまおうぜ‼︎ 

─── 風の境界フィナゥ・グイの誇りを、エルフの力を見せてやるッ‼︎」


「「「オウッ‼︎」」」



 怒りに森が震えてる。

 人間の思い上がりは許せない、でも、神さまから頂いた神聖な魔力に、怒りを注ぎ込む里の皆んなが怖くも感じた。



「ラーマ! 今こそ巫師の力が必要だ、この里の周辺に、森の呪術をありったけ仕掛けよ!

触れてはならぬものがあると、人間どもに知らしめるのだ!」


「─── ああ、これはもう止められないねえ。

分かったよ、わしが全ての業を背負うつもりで森に願おう。

……いいかい、でもね。人間は魔力も力もないが『弱くはない』んだ。

くれぐれも甘く見ないことさね」


「ふん。説法は彼奴きゃつらの骸の前で聞く。

─── 今はこの里の存亡を掛けた、種族の闘い。手を抜くつもりは一片もない!」



 巫師は森の声を聞くのが仕事。

 でも森の力を借りて、外敵をはらうマナ術師、それが本来の姿─── 。


 駆け出しのわたしに何が出来るのか、胸の底から来る震えは、その不安だとこの時は思っていた……。




 ※ ※ ※




 血のにおいがする─── 。


 森から帰ってくるみんなから、血のにおいがする。

 いや。こわい。


 でも、ディアにはママがいるから。

 ママはいつも『大丈夫』って、いってくれるから。


 ディアはママがすき。

 ママはいつもやさしくて、あったかい魔力をくれるから、わらいかけてくれるから、すき。

 ママは森が血のにおいになっても、ディアにやさしくわらってくれた。

 ディアをしんぱいする、ママのきもちが、ディアのこころをあったかくしてくれる。



─── けど、ママのこころは、すごくかなしそう



 ディアはママをたすけてあげたい。

 それなのに、ディアは魔術もブレスもまだつかえないダメな子……。

 ママはなにもいわないけど、おやくにたてないディアは、むねがくるしいの。


 おちこんでいたら、ママがなでなでしてくれた。



「ディア……大丈夫。きっと皆んなが守ってくれるからね。ラーマだって、族長だって、里のみんなだって。

それに……ケルナムがね、絶対に里を守るからって言ってくれたから、大丈夫よ。

あなたは強い龍なの、大人になるまでは、みんなであなたを守るからね─── 」



─── ママ、ディアはだいじょうぶだよ?



 どうしてディアは、ママとおはなしできないんだろう……。

 ディアはママがすき。

 ママのなかまもすき。


 守るチカラ、ディアもほしいなぁ……。



「た、大変だッ! 族長が倒れた、すぐに来てくれサラティナ、回復魔術が効かない!」


「─── ! わかった、今すぐ行く!」



 ママがいっちゃった。

 さいきん、みんながどんどんよわってる。


 下からわいてる、このくろいヘビのせいかな……?

 これ、ディアはなぜかわかる。



─── 『のろい』だ



 ママとラーマはだいじょうぶ。

 でも、みんなこれに魔力を吸われてる。


 どうしてディアはママとしゃべれない?

 おしえてあげたら、ママはきっとよろこぶのに、ほめてくれるのに、どうしてしゃべれない?


 せめて、ママにっていいたいのに……。




 ※ ※ ※




「ラーマさま、しっかりして! 今、霊薬を」


「おやめサラティナ。霊薬は他の若いのに使ってやんな……。

やっと分かったよ……これは呪いだ。人間どもめ、エルフに勝つために、相当知恵を集めたね。

ご丁寧に……隠蔽いんぺいの呪術まで、掛かってるじゃないか……」


「─── 呪い⁉︎ じゃ、じゃあ、術者を殺すか、この里を捨てるしかない……!

……くっ、わたしも、わたしも闘う!」



 ラーマはわたしの肩に手を伸ばして、静かに首を振った。



「バカだねあんたは。今のあんたじゃ何も出来やしないよ……」


「─── !」


「おっと、勘違いするんじゃないよ? 何も出来ないのは、今だからさ……。

あんたは強くなる、巫師の魂は、森の神さまの特別製だからね……。今は弱くても、魂に約束された魔力は特大なんだよ……」


「でも! 今戦わなきゃ、今力を使えなきゃ、里を守れない……!」



 自分の無力さに涙が出る。

 でも、泣いたら負け。


 必死に嗚咽を堪えていたら、ラーマは優しく笑って肩をさすってくれた。



「─── 族長とね、族長が死ぬ前に、話したんだよ。

サラティナ、あんたは族長の息子ハロークと、まだ幼い子らを連れて、ここからお逃げ……」


「─── い、いや……! ど、どうしてそんなことを言うの……⁉︎」


「さっきも言ったろう? あんたは強くなる。でも今は……早すぎる。だからね、生きてさえいりゃあ、みんなを守れるようになる。

里はね、人さえ生きれば続くんだ……。あんたたちが、誇りを紡いでいくんだよ。

それには、若い力が必要なんだ……」



 もう、ほとんどの戦士達が死んだ。

 パパも死んだ、ザナゥさんも、幼馴染達もたくさん死んじゃった……。


 森の結界も全部破られて、今はもう最後の戦いだって、残った皆んなが武器を持って戦ってる。

 皆んな、ラーマと同じ病に侵されてるのに、誇りを掛けて闘ってる……!


 それなのに、わたしだけ逃げる?

 絶対イヤ、強くなんてなれなくていい、死ぬ時はこの里の皆んなと─── 。



「サラティナ! ここからみんなを連れて、風穴に逃げろ! あそこからならファルブ山の辺りに出られる!

今、ケルナム達が風穴の入口を抑えてる、早く行けッ!」



 扉の外で誰かがそう叫んで、また走って戻って行ってしまった。

 扉の外には、さっきの声の主の血が、点々と落ちている。

 きっとまた、闘いの場へ戻っていたのだろう─── !



「さあ、お行き……サラティナ。外の世界がお前を待っているんだよ……」


「い、いや……!」


「いい加減におしッ!」



 ─── 頰を打たれた。


 口は悪いけど、いつも優しいラーマが初めて声を荒げて、わたしを打った。



「エルフの魂は森に残る。いつだって、あんたをみんなが見守ってるんだよ。

それにね、あんたが今死んじまったら、今まであんたに魂を託して来た者達が、無駄になっちまうんだ」


「─── ッ!」



 死んでしまったみんなの顔が浮かぶ。

 そして何故か、初めての狩りで鹿を殺した時が、まざまざと思い返された。



「命を……繋ぐ」


「ああ、そうだよ。あんたにそれを望んでたから、皆んな命をかけたんじゃないか……」


「ラーマ……おばあちゃん……」


「これ、その呼び方は無しだ。ほら、早く行きな、わしはあんたの幸せを祈ってるからね……」



 わたしは、優しくて強い師匠の手を、強く握りしめてから部屋を飛び出した。


 生きるために、命を繋ぐために、わたしは風穴へと急いだ───




 ※ ※ ※




 ママがおばあちゃんの家から、とびだしていった。


 ディアのおうちにむかったみたい。

 森でせんそーがはじまってから、ディアはおうちにかえってない。


 だって、あの穴からも、にんげんのにおいがしてたから……。


 そらをとぼうとしたけど、そらにはみえないかべがあって、うまくとべなかった。

 はしっておいかけたら、ママはディアのおうちのまえで、すわりこんでた─── 。




 ※ 




「みんな……みんなどうして……?」



 心調絃風穴タンブル・オゴフの前には、たくさんの死体が転がっていた。

 里の人たちもいれば、鎧を着た人間の姿も混じってる。



─── ……うぅ……



「! い、今たすけるからね!」


「…………サラ……ティナ……か……?

近づ……くな……おまえ……まで、呪い……に」


「─── ッ‼︎」



 幼馴染のフリアンのお父さんだった。

 おじさんの体には深い傷が口を開いて、そこから黒い呪力が、炎のように立ち上がっている。

 わたしが近づくと、その炎にびっしりと目が浮かび上がって、こっちを凝視していた。



「…………魔剣……だ。……やつら……は、風穴からも……向かって……」



 おじさんたちは、心調絃風穴タンブル・オゴフの周りにいた人間の兵士達と戦って、その時に魔剣で斬られてしまった。

 何とか勝てたけど、風穴から第二、第三の軍隊が迫っている事が分かった。

 今も風穴の奥で戦っていると言った。



「…………風穴は……だめ……だ、子供……たちを……連れて……他に……逃げろ……。

ハロークは……南に……逃げ……たはず……」


「お……おじ……さん……? い、いや!

だめ、だめだよおじさん! フリアンはどうするの! 死んじゃだめ!」



─── ……ガッシャア……ッ!



 その時、風穴から何人かのエルフが飛び出し、ひとりが激しく転倒した。



「よ、よかった、まだみんな生きて─── 」


「─── ! さ、サラティナ⁉︎

馬鹿野郎! なんでまだこんな所にいるんだ!

とっとと逃げろッ‼︎」


「ケルナム! ああ、ケルナム! ……あなたも無事だったのね‼︎」


「近づくなッ‼︎」


「─── ッ⁉︎」



 ケルナムの胸に刺し傷、そしてそこからは、おじさんと同じ黒い炎が上がっていた─── 。



「……ぐっ、うっ……。俺はもう、助からない。

早く逃げろ……ッ、この呪いは、仲間を求める……!」


「い、イヤ! 今、今助けるから─── 」


「近づくなッ‼︎ 

…………もう、無理だ。俺の心がお前を求めて……る、それ以上近づいたら、呪いが……!

─── ハッ! 奴らが来る! 早く……」



─── ヒュカカカカ……ッ!



 嫌な音が木霊して、ケルナムは口から血を噴き出してよろめいた。

 その背中には黒い矢が無数に突き立っていた。



「ケルナム! ケルナム─── ッ‼︎」


「…………来る……な……ゲホッゲハッ!」



 もう、わたしには逃げるなんて選択肢も、今の状況も無くなってしまった。

 ただただ、ケルナムを失いたくない気持ちで、わたしは彼を抱き締めていた─── 。



「…………ば……か……やろ……」


「いや! 死なないでケルナム! 死んじゃいや! あなたが居なくなってしまったら……!」



 彼の体から、黒い炎が噴き出して、わたしの中へと入り込んで来る。

 これは……この呪いは……怒り、哀しみ、怨み。


 殺されて来た同胞達、人間達の怨嗟が、黒く冷たく渦巻いている。



「─── へえ、人間もどきのメスエルフってのは、どいつもこいつも生意気に美しい」


「…………あ、あなたは……?」



 青い装飾の入った白銀の鎧、それに身を包んだ男は、わたしが口を開いた途端に不快な顔をして見下ろした。

 直後、倒れたケルナムから身を起こしたわたしのお腹を、脚甲の足で蹴り上げた─── 。



「─── ……うぐ……あ……ぅ……!」


「口を開くな人間もどき……けがれた声で、私を汚す気か─── ?」



─── グルルァッ!



 ディアグインが怒りに眼を染めて、男に突進した。



「……だ……め、ディア……にげ……てぇ……!」


「龍種? 見ない種類だな。エルフに手懐けられたゴミか─── 」



─── バシュッ

 


 わたしの前に立つディアグインの背中が、血飛沫に染まった。

 黒い炎を纏った血塗れの剣を肩に担いで、男はディアを蹴飛ばして転がす。



「……他愛も無い。だが、その柄は面白いな。

後で剥製にでもしてやろう。

─── おい、お前ら、このは確保しておけ!」



 男が後ろに向かって怒鳴ると、風穴から大勢の足音が近づいてくるのが聞こえた。


 わたしはディアグインの傷口に手を当てて、回復魔術を掛けようとしたけど……。

 呪いが邪魔をして、術式が掻き消されてしまう。



「……チッ、ちょろちょろと目障りな……」



─── ズグ……ッ



 背中に熱くて冷たい刺激。

 途端に体が火傷しそうに熱く、力が抜けて手足が動かなくなった。


 わたしのお腹から、冷たい鋼の刃が生えている。



「─── ここにはもう、エルフどもは居ないな。

いよいよ本拠地だ、一匹足りとも残すなよ?」


「「「─── ハッ‼」」」



 男はちらりとわたしを一瞥して、白銀の鎧の兵を連れて、里に行ってしまった。



「…………ディア……し、死なないで……。せめてあなただけ……でも!」



 わたしはディアグインの胸に、血で魔術印をしたためる。



─── ……マ……マ……なに……する……の……?



 もうわたしもいよいよダメみたい。

 ディアの声が聞こえた気がした。



「……森の精霊……命の歯車……エインズミュールよ……。…………我が魂を……削りて……この者に……生の営み……血の温もりを……」



 全身から温かさが、力が、魔力が抜ける。

 命を分け与え、魔力を注ぎ込む、禁断の精霊魔術がディアグインへと発動した─── 。



─── ……だめ! ……ママやめて、ママしんじゃう……!



 ああ、この子の声だったのね……?


 澄み切った、なんて可愛らしい声なんだろう。

 『ママ』って呼んでくれた……。

 こんな不甲斐ないわたしを、この子は母と慕ってくれた……。



「……ディア……わたしを……わたしを……食べて……」


─── ⁉︎



 傷口が塞がれたディアグインの体がびくりと動いた。

 言葉が通じてる、それだけがただ嬉しかった。



─── イヤ! ママしなないで、ママを食べたくなんかない!


「ふふ……優しい……子。あなたは本当に……いい……子。

でも……ママは……もう……ダメみた……い」



 傷口から呪いの炎が上がり、わたしを暗闇で満たして行く。

 焼けるような痛み、でも、心の底から冷えるような孤独感が、わたしに死を実感させていた。



─── ぽたっ……ぽたた……っ



 温かい何かが頰に触れた。



「……ディア……? あなた……泣いて……」



 『人と龍は相容れぬ』なんて、嘘だったのね。

 ほら、やっぱりこの子にだって心がある。

 家族との別れに胸を痛め、涙を流す心が、この龍にもあったのよ……。



「……ディア……? …………魂は……死なない。

命を……奪った者に……奪われた……魂は宿る……。

あなたが……わたしを……食べれば……ずっと一緒……」


─── ……い、いや……ママ……死なない……で



 ああ、ラーマの気持ちがやっと分かった。

 生きて欲しい、この子に幸せに、ただ生きて欲しい……。



「…………わたしの……魂は……特別……なんだって。……きっと、きっと……あなた……は、ステキな龍になれ……る。

そしたら……ここを……離れて……しあわせに……生き……て……」


─── ま……ママ? ママぁ‼︎



 闇、暗闇。

 冷え切った体に、この子の温かさが、ただ心地よかった───




 ※ 




「…………はや……く、食え……!」



 ママの力がぬけて、こころがまっしろになったディアに、ケルナムがさけんだ。



「……サラ……ティナの……最期の……願い。きいて……やって……くれ……。

それと……つぎは……俺を…………食え!

彼女と……共に……おま……えの……中に……」


「…………うぅ……私も……食って……くれ……」



 たおれてた里のみんなが、つぎつぎにいった。


 ディアはおもった。

 みんなのねがい、かなうなら、ディアはあくまにだって─── なるッ!


 ひとり、またひとり。

 ディアはみんなのねがいを飲み込んだ。



─── 口に広がる、知った匂い



 知ったかおりの血の味、やわらかな肉の感触に、吐き気をもよおす。


 でも、吐いちゃだめ。

 みんなを私の中に─── !


 ひとり、またひとりと飲み込む度に、牙が伸び、爪が伸び、体の筋肉が軋みを上げて伸びて行く。

 鉄のような鱗が、私の体を覆い、魔力のヴェールが包み込んだ。


 私は強くなる。

 私は龍、地上最強の種族のひとり。


 ママの魂も、皆の魂も乗せて、私は生き続けると誓った─── 。



─── でもね、ママ。これだけは許して。

私はこの里を守る、ママのいた、優しいみんなのいた、この土地を守りたい



 魔力は呪力に、想いはブレスに。


 突き込まれた呪いは、確実に私を蝕んだ。

 それでも、矮小な人間など、今の私の足元にも及ばない。



「─── 我はディアグイン!

エルフの魂を継ぎし、風の境界フィナゥ・グイの龍なり!

この里に貴様ら、指一本足りとも触れる事、この我が許さん!」



 魔力の使い方は、体が教えてくれた。

 私の想いは呪力が叶えてくれる。




 ※ ※ ※




「神龍さま……。

いいや、辛くはないかね、ディアグイン」



 ラーマ婆が【時間停滞】の魔術の更新に来てくれた。

 暗い風穴の中、ラーマ婆は弱った体でいつも来てくれる。


 あの時、私は里を狙う人間全てを追い払ったけど、最初に受けた魔剣の呪いで、死ぬ寸前だった。


 魔剣の呪い傷は、治しようがないからと、里のみんなは私に時間を遅くする魔術をかけてくれた。

 それからはほとんど動く事も出来ずに、寝ているような夢を見ているような、そんな時間を過ごしてきた。



「もう少し……もう少しで三百年。長いようで、あっと言う間だったねぇ。

ディアグインよ、予言にあった英雄が来る。いよいよ、来るよ。お告げも出た、森も噂しっぱなしさね。

─── あんたが、みんなが紡いでくれた里は、相変わらず幸せさ」



 ラーマ婆はいつも同じ話をする。

 でも、それが約束みたいで、私は安心してしまう。


 その人が来たら、この里は自由になるって、みんなが信じてる。

 そうなったら、私も自由になれるのかな……。



「─── じゃあ、また来るよディアグイン。

……次に来る時は、英雄さまを連れて来れるかも知れない。精々、お互いに命を紡ごうじゃないか」



 私はラーマ婆の声に返事が出来ない。

 あの忌々しい魔剣の呪いは、今も私を蝕んでいる。

 それを止めるために掛けられた【時間停滞】で、意識は朦朧もうろうと微睡んで、声を出す事も出来ない。


 私は瞬きで、ラーマ婆に返事をする。



「ふぇふぇ……いい子だ、あんたは本当にサラティナの自慢の子だよ……。

じゃあね、また来るからね─── 」



 ラーマ婆の約束は心地よい。

 外の時間が確かに進んでいると、里が続いていると、教えてくれるのだから。


 そうしてまた、ひとりになった。



─── ママはひとつだけ、嘘をついた



 一緒にいられるって言ったのに、あの日からママの声は聞こえない。

 あの時食べたみんなの気配も感じられない。


 でも、私は語りかける。

 私の魂に背負った、ママに、みんなに。


 あの温かな声が、もう一度だけでも、聞きたくて─── 。




 ※ 




─── カツーン、カツーン、カツーン……



 風穴を何かが歩いてくる音で目が覚めた。

 もうラーマ婆の来る日? あれからどれだけ寝ていたのか、分からない。



─── オニイチャ、神獣、かーさまと同じなの?


─── 多分な。そうで無けりゃあ、人間の考え出した呪術程度、エルフ達はとっくに解呪してるだろうし



 声が聞こえる。

 ラーマ婆の声じゃない、里のエルフの声じゃない。


 ……それにこの禍々しい魔力は……何?




─── ん、治せる?


─── 見てみないと分からないよ。女騎士とか母さんの時みたいに、魂が一定量残っていれば属性反転で聖属性に変えちゃえばいいんだけどな


─── ん、オニイチャ、いた



 エルフじゃない!

 里から人間達がやって来た……⁉︎


 殺す……! 里を汚す人間は、みんな殺してやる!


 体が重い、私を守る【時間停滞】の魔術が、重く重くのし掛かる。

 ……でも、そんなもの、最期の力を使ってでも、私はこの里を守らなければならない!


 魔力を呪力に、想いをブレスに。



─── ママ、みんな、力を貸して!




 ※ 




─── ディア……ディア……。わたしの可愛い子



 懐かしい声がする。

 真っ暗になった私の世界に、突然、金色の温かな光が射し込んだ。



「……ま、ママ……?」


「フフフ、やっとこっちを見てくれたわね」



 ああ、ママだ……!

 顔を撫でる温かい手、優しい声に心が丸くなる。



「ママッ! ママぁーッ‼︎」


「ディア、おいで」



 ママの胸に抱き着く。

 大人になったはずの私の手が、小さく柔らかくなってる。



─── 私、人の女の子になってる!



「ふふ、可愛い。それがあなたの想う姿なのね? 本当のわたしの子みたいだよ?」


「─── ずっと、ずっと逢いたかった!

ママの声が聞きたかったの! 何度も何度も話しかけたんだよ! 何度も……」


「ごめんね、ディア。みんなでね、あなたの魂を汚れから守っていたの。

─── でも、もう大丈夫よ」



 みんな? 顔を上げると、あの頃のみんなの姿があった。

 みんなニコニコと優しく微笑み掛けてくれる。



「……みんな……みんなも元気だったぁ……」


「よ、よお。元気っつうか、みんな死んでっけどな?」



 ケルナムがふざけると、みんなが笑った。

 心があったかくなった。



「ディア? もうここは守らなくていいのよ。あなたは立派な龍なのだから、これからは好きに生きなさい。

これからは、みんな一緒だから─── 」


「ううん、ママ。私は里を守りたい。

みんなの里を紡ぐのを、手伝いたいの。

私は神龍ディアグイン、この里を、エルフを守る神さまになる」



 そう言うと、ママは涙を浮かべて笑って、何度も頭を撫でてくれた。



「─── ありがとうディア。

じゃあ、これからはママとみんなで守ろう?」


「うん─── !」



 こんなに幸せでいいのかな?

 龍になれなかった私が、龍を捨てた私が、こんなにも幸せで……。


 そう思ったら、頭の中にあの人の姿が浮かんだ。



「どうしたのディア、なんだか顔が紅いけど」


「えへへ。ママ、今度紹介したい人がいるの!」



 そう言うと、なぜかケルナムが目を見開いて膝をついた。

 なんでケルナムがショック?



「へえ〜、誰? どんな人♪」


「へへへ、うんとねぇ〜」



 真っ黒な骸骨がいこつの鎧を着た、すごく強くて怖いのに、すっごく優しい人。

 一度も話していないけど、私には分かる。


 あの人の憂いが、あの人の優しさが。


 きっとあの人がラーマ婆の言ってた英雄。

 だから起きたら逢いに行かなくちゃ。



「パパになってくれるかなぁ〜」


「なッ! サラティナがママで、そいつがパパだとッ⁉︎

ゆるさん! そんなもん、俺が許さねえ!」


「どうしたのケルナム。そんなにディアのことが好きだったの……?」


「違ッ! ば、馬鹿、俺が好きなのは─── 」



 急に賑やかになっちゃった。

 でも、すごく幸せ。


 私はディアグイン。

 エルフのママを持つ、風の境界フィナゥ・グイの龍。

 あ、でもまずママに言わなきゃいけない事があったんだ!



「ねえ、ママ?」


「うん? なぁにディア」



 ずっと言いたかった言葉、ずっと言えなかった言葉─── 。



「ママ、だいすきだよ……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

風のエルフと森の神龍ディアグイン あずみけいし @keishi-azumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ