第6話 100万円
今度こそ家に帰ることにした。その前にパチンコをしようか、それとも昔一度だけ友人たちとした賭け麻雀か。いや、この金を手放しそうになるなんてそんな馬鹿なことはしなくてもいい。
―あの車を探してみよう。金のなる木だ。
ドラッグストアの駐車場にはすでに1台もない。辺りの住宅やマンション、月極め駐車場としらみ潰しに探していると、学生アパートのような小さな外観の駐車場に見覚えのある車がとまっていた。
まさか本当に見つかるなんていう偶然があるはずないだろうと、一応、ナンバーを確認すると、一致していた。次はどうやってこの車の持ち主を特定するか、であった。
チャンスだが、それにはまだ一歩届かないというもどかしい焦燥で喉を焼く感覚を味わいつつ、しかし思考だけは続けた。
どうすれば、このアパートから車の持ち主を特定できるか。いちいち一軒一軒聞いて歩くなんて、非現実的だ。
―どうすれば、車の持ち主から現れてくれるかを考えろ。
そして柳原は妙案を考え付いた。
「落とし物のお知らせでーす。さきほどドラッグストアでお買い物をされていた方はおられませんかー?」
柳原は大声を出した。深夜近い住宅地に、男の意味の分からない叫び声が響きわたる。酔っぱらいがなにか言ってる、以上の意味を見いだす人は必ずいる。
「もし、おられなければ、警察に届けることになりますよ」
ここまで言うと、さすがに馬鹿でなければ分かるはずだ。脅していることが。
アパートの一部屋だけ、カーテンを開ける人物がいた。
ドアホンを押して現れたのは、かなり痩せた女だった。ノースリーブに短パン。そしてやはり、全身不健康なほど生白い。
彼女は柳原の腕を引っ張り部屋の中にいれた。
部屋の中央で赤ん坊が眠っている。
―旦那は?
―いない
―そう
柳原は赤ん坊の近くに座った。そして顔面蒼白の女をよく見るため部屋の明かりをつけた。
台所の様子や部屋の散らかり具合が、男の一人暮らしの自分より酷いと感じたのは、彼が母と子の関係に変な幻想を抱いていたからだろう。
彼女の腕は注射器の痕でもついていそうだな、それかカッターで切った痕か。鼻で笑って、赤ん坊の寝顔をみた。酔いが覚めていくようだった。
―ところで、いくら出せる?
―その子を殺してくれるなら、いくらでも出す
―なぁ、俺がそんなに悪い奴に見えるのか? 俺はずっとまじめに働いて生きてきただけ。たまたま今日は金が手に入っただけで、きっとあんたと同じようなワーキングプアだよ。
―一緒にするな、クズ
女は錯乱している。柳原に包丁を投げてよこした。
―その子を刺してくれるなら、いまある私の全額渡してやるよ。ざっと50万はある。
柳原は包丁を手にした。
100万円を手にした男 古新野 ま~ち @obakabanashi
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