第7話
制服泥棒の一件から一夜明けて、ごちゃごちゃした頭を整理しきれないまま俺は学校に着いた。
学期はじめのテストが一段落ついて、校内にはゆるみきった雰囲気が漂っているように感じられる。すれ違う生徒の顔に、日常に迫りくる悪しき影のことを危ぶむような色はまったくと言っていいほど見られなかった。
万が一にも、都坂たちに茶化されている可能性は考えられないだろうか、と考えながらホームルーム教室に向かっていると、
「あ、内田くんいた」
つい最近聞いたばかりのような気がする声に名前を呼ばれて、俺はとっさに後ろを振りかえる。茶髪のショートカットを揺らしながらぱたぱたと駆けてきた蒼井は、俺の前で止まった。
「よう蒼井、元気そうで何よりだ。今日は制服着てるんだな」
「まるで普段は水着で生活してるみたいな言い方だなあ。まあ確かにこの下には来てるんだけど……、じゃなくて、内田くん、昨日、更衣室で私の制服漁ったでしょ。ロッカーの前に制服が散らかってたよ?」
「ナンノコトデスカネ」
「明らかに視線が私の方に通ってないんだけど」
ボロは出すまいと必死に目を合わせないようにしたが、それ自体がボロだったようだ。蒼井からのジト目が痛い。
「まあそれは置いといて」
「置いとくのかよ」
「だって、更衣室に男子を入ることを許した以上、その男子が己の性欲に抗えず暴走状態に陥るなんてことは、許容して然るべきでしょうよ」
「おお……」
思春期男子の行き場のない性衝動にここまで理解を示してくれるとは驚きだ。蒼井のことを尊敬を込めて「保健の先生」と呼びたくなる。
「でもパンツは返して欲しいな」
「は? パンツ?」
「そ。昨日もパンツが見当たらなかったせいで、色々と苦労したんだから」
パンツ。パンツか。
そういえば昨日、俺はこいつのパンツを拾った。
空から舞い降りた純白の翼。その肌触りはこの世のどんな繊維にも再現不可能なほどに心地良く、その感触を独り占め、否、誰かに悪用されないように、ズボンの右ポケットに突っ込んだはずなのだが、そういえばいつの間にか消えていた。
「ちょっと待て」
「何だいね、エロ紳士」
「うるせえ、そんな二つ名はいらん。昨日の帰り、履いてたか、履いてなかったか、教えてください」
「うわー、女子高生にきくには最低最悪の質問」
蒼井が白い目で見てくるが、残念ながらこれは死活問題。これをきかずして今日の俺は生きてはいけないだろう。
「まあそれも置いといて」
「ダメだ、これは男として何としてもきいておかねばならん」
俺の悲痛な願いは、しかし蒼井のスルースキルに華麗に流されてしまった。
「私がホントにききたいのは、昨日私の制服を衝動の昂るままにスーハ―スーハ―しまくった内田くんは、私のおつかいもこなさず、どこに行っちまったんだい、ってこと」
「俺の容疑がどんどんエスカレートしていってるのは気のせいか。いや、じゃなくて、実は生徒会の……」
と言いかけたところで、昨日の都坂たちとのやり取りが脳裏をよぎる。
いや、こんなモンはそもそも取引として成り立っていない。が、最悪の形で俺の弱みを奴らに握られている現状は、そんな文句など言う暇も与えさせないくらいには切羽詰まっており、俺が彼女らの活動を秘匿しなければならないことは明白である。
「ん? 生徒会の?」
「いや、生徒会の……、生徒会の代がもう少しで変わるから、誰に投票するのか決めておかねえとなあ、とか」
「何で急に話逸らしたの」
投票の話は関係ない、と蒼井が疑り深い目でこっちに語り掛けてくるが、今度もまた俺はその目線から逃れるべく必死に目を逸らすことしかできなかった。
しばらくそれを続けていると、蒼井は堪忍したようにため息をつき、
「ま、とりあえず、観月ちゃんへの選手登録申請は私の方で済ませたから、それについては気にすることはないよー」
「あ、ああ。すまないな。頼まれてたのに」
「いいって、いいって。無理言って頼んだのはこっちだったしね」
助かった。蒼井は昨日の俺がとった行動にいちいちケチをつけるような女子ではないらしい。
「それに」
「ん?」
蒼井はにやりと笑いながら呟く。
「履かない、ってのも新鮮で、案外キモチいいモンだったからさ」
そう言って「じゃあねっ」と蒼井は廊下を陽気に駆けていく。
その後ろ姿に向けて先輩らしく「走るなよー」なんて声をかけられるわけでもなく、俺は彼女の残していった言葉を脳内に反芻し、勝手に舞い上がりながら、朝の教室へと向かうのだった。
下着泥棒に間違われた俺が、なぜか学校中の女子の衣服を回収することになった 瀬良雪市 @sera_yukiichi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。下着泥棒に間違われた俺が、なぜか学校中の女子の衣服を回収することになったの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます