第9話  私の愛した料理たち 其の七

私はタコを食す事が余り得意ではない

何故ならばあの噛みきれぬ弾力に苦労するからだ 特に酢蛸というやつは酢で締めてあるので尚更に歯応えがあり難儀する。

日本人はその歯応えが良いのだと大層に有難がたがる向きがある。

然るに世界に目を遣るとタコを食す文化を持つ国は余りない タコと言うものは海の悪魔だとか 船を襲う大ダコの化け物とか 兎角評判が悪い 確かにその見た目は大凡食べ物として認識できなかったろうに、あのグロテスクなタコを始めて食べたのは大層好奇心の強い者か何か刑罰みたいに無理やり食べさせられたのではないか 海で捕まえたタコは、軽い気持ちで食べてみよう等と言う代物では無かったであろうに、いずれにせよ大層勇気が要ったに違いない。

しかしながら栄養学的に見るとタコは高タンパク質 低カロリーおまけにタウリンを多く含み疲労回復にも効果がある、体に嬉しい食べ物らしい 

タコが得意でないと言っているが、それは顎の筋力増強運動の様なタコを食べると言う行為が苦手であって、タコの持つ淡白な味は決して不味いとは思っていない タコは刺身であれば旨いと感じる。

そんな私のタコに対しての観念を変えたのが「ギリシャのタコの炭火焼」である

少し表面が黒く焦げたタコ足をオリーブオイルと塩で頂くのだが それがなんとも柔らかく口の中でホロホロと砕けて行くのだ。少しの力でも身が己から剥げ落ちて行く感じである。そしてタコの身とオリーブオイルは許嫁の如く遥か昔からそうなるべくして結ばれた、もはや離れられない二人、いや二品と言うべきであろう。 少し流暢に語りすぎた。

こんな柔らかなタコなら何時でも食べたいと心底そう思っものだ。何故こんなに柔らかいのかと言うと、ギリシャでは、子供たちが小遣い稼ぎに地中海で捕れたてのタコを壁にバンバン投げつけるそうだ。何度も何度も壁に投げつけている内にタコの身の繊維が砕かれ身が柔らかくなると言う訳だ 

きっとタコ好きの日本人はこんなのタコじゃねえやいとばかりに、鼻で笑うのであろうが 酢蛸より格段に旨いと思うのは日本国民として在るまじき嗜好なのであろうか。


タコ続きで言うともう一品好きなタコ料理がある。 果たして料理と呼べるのかは疑問であるが 韓国で食べたタコの踊り食いサンナクチである。小指ほどの太さの生きたタコの足をぶつ切りにしてごま油と醤油等で食すのだが、初めて食べた時、皿に盛られたタコの足に醤油を垂らすとタコの足が痛みを感じたのであろうか、ミミズの様にウネウネ動き始めてビックリしたのを覚えている。

口に入れると足の吸盤が何処かを探し求める様に、そこかしことペタペタとくっついて来る。二度目のビックリである。ペタペタとくっついて来ると言う表現が最も分かりやすいかと思う。

生まれて初めての食感 いや感触である。タコが旨いだの何だのの前にこの感触が強烈である。小さないっぱいの吸盤が口の中の壁面を吸引してくる。

未知との遭遇だ カルチャーショックを覚える

頬の裏側にキュッと吸い付いた蛸の足を歯でプチプチと引き離すと直ぐに今度は舌にペタペタとくっついて来る。その足をまた舌と歯を微妙に動かしながら剥がす。今度は吸いつかれる前にと奥歯で吸盤達を噛み砕くのだ。 

ごりっとした食感が妙にタコの足に勝利した気分にさせてくれる。

二、三本も食べればかなりコツが掴めてくる。タコ足マスターになる

口の中を吸い付かれる得も言われぬこの感触に韓国の人々も病みつきになってしまったのであろう。彼の国の達人はかなり太い足に挑戦するらしく年に数人は格闘の挙句、吸盤に喉を吸い付かれ窒息死しているらしい。大きな吸盤が喉に吸い付いたらもう是が非でも剥がし取る事は不可能なのだ。それでもどれだけ太い足を制覇したかを自慢し合う、全くもって命懸けの食事である

尤も我が国に於いても正月に餅を喉に詰まらせて亡くなる人もいるが、

片や悪魔の吸盤との闘いだ。きっと韓国パワー全開のソウルフードなので有ろう。いやソウルで食べるから等という古典的な洒落は言うまい 

ならばパワー全開の韓流フードだ

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日々これ口実 亭無 @sessha

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