基本つくりばなし~釈迦太郎~

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日本一の釈迦太郎

 昔々ある所に、お爺さんとお婆さんが住んでいました。そこは隣の家に行くのにも半日かかるような人里離れた場所です。お爺さんは日の出と共に起き近くの山の手入れをし、お婆さんは川で色々な物を拾い、貯まったら都に売りに行き暮らしていました。

 朝食を食べながらお婆さんはある事を思い出しました。


「そういえば最近、都の方で強市きょうしと言うのが流行ってるそうですよ。宝飾品を無理矢理に買い叩いていくとか」


「ワシらみたいに自給自足で暮らしとるもんには関係の無い事じゃろうし気にせんでもええじゃろ」


 そう言うといつものようにお爺さんは山へと向かいます。その背中を見送ってからお婆さんは川へと行きました。

 すると上流から桃の形をした何かが流れてきたではありませんか。お婆さんがそれを拾い上げると中からシャカシャカと音がします。


「今日、記念日じゃろ?」


 背後からお爺さんの声、驚きながら中身を確認するとそこには金の首飾り。頃合いころあいを見計らいお爺さんが流したのです。

 お婆さんが見とれていると更に後ろから若い男の声で


「婆さん良いもん持ってんじゃねーか」


 近頃都で悪事の限りを尽くしている雷神一家らいじんいっかのヤクザ者です。ヒョイと首飾りを奪い取ると


「状態が悪いなー、劣化してるけど三千円で買い取ってあげるよ」


 三千円を置いて立ち去りました。一瞬の出来事に唖然あぜんとしていると家の方から子供の泣き声が。そこには眉間に立派な黒子ほくろのある仏のような子供が居ました。顔立ちからすると年の頃は四才、それでも大きな子供です。


「子宝にも恵まれず首飾りも奪われたわしらを天は哀れんでくれているのじゃ」


「この子は天からの授かり物、そうだこの子を釈迦太郎しゃかたろうと名付けて育てましょう」


 それから十年、釈迦太郎はすくすくと育ち屈強な青年になりました。何不自由ない暮らしを送ってきたのですが一つだけ心にひっかかる事が……それはほぼ毎晩聞かされた雷神一家の蛮行ばんこうです。その事を話すお婆さんの目はいつも哀しそうでした。その度に釈迦太郎は二人との心の距離、実の家族ではないと言う負い目を感じるのです。

 今の自分なら首飾りを取り戻せるかもしれない、そうすれば真の家族になれるのでは?

 釈迦太郎は二人に打ち明けます。


「お爺さんお婆さん、雷神一家を懲らしめて首飾りを取り戻してこようと思います」


「首飾りなんてもういいのよ、それよりも釈迦太郎が危ない目にうでしょう?そんな事は止めて頂戴」


「困っている人は他にも大勢居るはずです。全ての金銀財宝を取り返しそれを良民りょうみんに分け与えるのです」


「そんな事をしたら死罪は免れん」


「あの時拾って育てて貰わなければとうに死んでいた訳ですから、元より無い物と思えば少しも惜しくありません、この命を捨てるつもりで悪を成敗してきます」


「それ程の覚悟とは……じゃあこれを持って行きなさい、刃先に毒を塗った剣じゃ、きっと役に立つじゃろう」


「それだけじゃ旅は出来ませんよ。この吉備団子きびだんご、雨に濡れた時の着替え、それからこの鉢巻を締めていきなさい」


「なんだか力が湧いてきた、それでは行って参ります」


 都に向かう峠道を歩いていると遠くに痩せ細った野犬が見えます。可哀想にと思い吉備団子を取り出しますが警戒して近くに来ようとしません。


「怯えているんだね、僕も昔はそうだった。けど世の中そんなに捨てたもんじゃないよ。吉備団子、ここに置いとくからね、お腹が空いたら食べるんだよ」


 吉備団子を切り株の上に置くとすたすたと歩き出しました。今まで人に優しくされた事等無かった犬は釈迦太郎の優しい口調に胸を打たれ自然と吉備団子を食べていました、気が付くと釈迦太郎を追いかけ共に歩いています。

 暫く行くと今度は猿が現れ吉備団子が入った袋を奪い取りました。すぐに犬が追いかけたのですが猿は木の上に登り犬と釈迦太郎を嘲笑うかのように吉備団子を一つ口の中へと放り込みます。


「この旅の目的は吉備団子ではなく首飾りを取り戻す事、吉備団子は君にあげるよ」


 そう呟くとまたもすたすたと歩き出しました。犬は時々振り返りながらもその後を着いていきます。

 その時です、猿の後ろからキジが飛び出してきました。巣を荒らされたと思い怒っているのです。

 猿は木の上からまっ逆さま、吉備団子の袋を持っているので上手く着地できそうにありません。あわや、という所で釈迦太郎が受け止めると猿は自分の非礼を詫びるように吉備団子の入った袋を返しました。しかし袋の中に吉備団子は一つだけ。折角だからと残りの一つを木の上に置き、釈迦太郎はまたもすたすたと歩き出しました。その後を犬、猿が追いかけます。

 峠道を抜けるとすぐそこには長屋があり町人がせわしなく駆け回っています。


「どうしたのですか」


「どうしたもこうしたもねえよ、さっきあっちの方で雷神一家の奴を見たんだ。早くうちに入んねえと金目のもん全部取られちまう」


 そう言うと一目散に長屋の中へと消えていきました。


「今もそんな酷い事を続けているのか」


 釈迦太郎は怒りながら男の指差した方へ走って行きました。そこは雷神一家の溜まり場がある都の一等地でした。

 門を前にして釈迦太郎は悩みました。突撃するべきだろうか。相手の人数が分からない事には無謀ではないか。

 悩んでいると後ろから犬が飛び出し中へと入っていきました。暫くするとウオー!と言う雄叫びと共に犬を追い回す大勢の足音。これで戦力は分散した訳ですが何時いつ入れば良いのか分かりません。

 そこへ先程のキジが飛んできて中の様子を確認してからキイと鳴きました。それが合図だと感じた釈迦太郎は門を開けて庭を突っ切ると一気に本部の入り口を蹴破り中へと入りました。

 中では用心棒風の大男が床に寝ていました。突然の物音に驚いて起き上がると細い目でこちらを睨み付けてきます。そこで釈迦太郎は大声で名乗りをあげます。


「我こそは日本一の快男児かいだんじ、釈迦太郎と申す者なり」


 寝ぼけ眼をパチクリさせながら切りかかってきた大男の刀をすんでの所でかわした釈迦太郎でしたがその一撃で力の差を思い知りました。かなりの手練れでしょう。

 ふと上を見ると天井には猿が……心配するなと言う風に笑っています。

 釈迦太郎は目を閉じて腹をくくりました。


「勝てぬと諦めたのか」


「だとしたらどうする?」


 釈迦太郎の両手はぶらりと垂れ下がり完全に弛緩しかんした状態でした。そして全身から力が抜けるとその時を待っていたかのように大男は前へと踏み出します。

 その時です。釈迦太郎の体が分裂しました。


「分身だと?貴様忍術の使い手か……だが本物はこっちだ」


 そう言って大男が切りつけると確かな手応えが、一気に血が吹き出します。


「私はここだ!」


 大男が振り返るよりも先に釈迦太郎の剣が大男の足を切りつけました。体勢を崩した大男の刀を釈迦太郎は前転でかわします。

 その拍子に鉢巻が取れ、眉間の黒子が姿を表しました。 するといきなり大男が泣き出しました。泣き落としかと身構える釈迦太郎に大男は語りかけます。


「生きていたんだね、ゴータマ」


「良心の呵責に耐えかねて頭がおかしくなったか」


「十年前のある日、仕事に連れていってそのまま行方知れずになっていたんだ。君の本当のお父さんは……」


 毒が効いてきたようでそのままがくりと倒れた大男を横目に釈迦太郎は全ての金庫を破壊し金銀財宝を袋にまとめていました。

 その時です。


「今夜はキジ鍋に犬肉、食べられる為に来るなんて馬鹿だよな」


 笑いながら大勢の男達が入ってきました。釈迦太郎、そして倒れている大男の存在に気が付くと一斉に刀を抜きました。傍らには犬とキジの死骸。どうやら捕まって殺されたようです。


「お前らには心ってもんが無いのか。この鬼め!」


 釈迦太郎は一心不乱にバッサバッサと敵を切り続けました。我を忘れる程の大立ち回りの末に気が付くと釈迦太郎の周りに生きている者は居ませんでした。


 捕まった犬とキジ、釈迦太郎の分身として切られた猿の死体を一ヶ所に集めると手を合わせ釈迦太郎は思いました。彼らとは前世でも一緒に旅をしていた気がする。きっと来世でも一緒になれるだろうと。


 帰路についた釈迦太郎は途中に関所があるのに気付き、何の為かと尋ねました。


「将軍の親類の方が身分を捨てこの先で暮らしているのだが、だからと言って放っておく訳にもいかん、それで悟られぬように邪魔物を追い払っているのです」


「左様ですか、私は釈迦太郎、この先で暮らしております」


「存じております、どうぞお通りくだされ」


 家が見えてきた辺りで自分の首筋を軽く切りつけてから大声で叫びました。


「お爺さんお婆さん、雷神一家を成敗してきたよ」


 奪ってきた財宝を袋から取り出そうとした時、毒が回り釈迦太郎は息絶えました。それを見たお爺さんは気を失いそのまま倒れると石に頭をぶつけて死んでしまいました。


「と言う事は……このお宝は全部私のもんじゃー」


 お婆さんは倒れた二人を見てから叫びました。その時向こうから中年女性がやってきて開口一番


「雷神一家の代言人だいげんにんをしております、坂本と申します」


「釈迦太郎さんは貴女方あなたがたと血縁関係にない、つまり相続権は認められない訳です。ですからその金銀財宝は返して頂きます。それから……この家と土地はお爺さん徳川さんの所有物です。徳川さんと貴女は籍を入れていないので夫婦としては認められず相続権はありません」


 そう言うとお婆さんを叩き出します。それはあんまりだと抗議しましたがそれが法律だと無機質に返されるだけでした。


 実はこの女性、ゴータマの実の母親だったのです。遂に息子を取り戻す機会が巡ってきたが一足違いで息子は死んでしまった、そんなやり場のない怒りがお婆さんに向いたのです。


 家を追い出されたお婆さんは死ぬまで実家で暮らす事にしました。明治初期の三千円、現在の価値に換算すると六千万円もあれば十分に優雅な暮らしを送る事ができるでしょう。


 そうしてお婆さんは幸せに暮らしたそうな。めでたしめでたし。

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