3
「ミチルは大きくなったら何になりたい?」
「ボクはね、おかあさんをまもるヒーローになる!」
「うふふ、ありがとうね。お母さん楽しみに待ってるね」
そんな約束から十三年が過ぎた。
「ミチルー勉強しなさい」
机に向かってスマホを触るミチルに部屋の外から母が言う。
「わかってるよ。今からやる…。」
「本当に?ならいいけど…。そのままだとあの大学いけないって三者面談で先生言ってたよね。本当に大丈夫なの!?」
「……がんばるよ。」
「うん。ミチルはお母さんのヒーローになるんだもんね」
――ミチルは十三年前の“ヒーローになる”ととう約束に縛られている。
(ボクがどんなに努力をしても母は認めてくれない。ボクはもっと頑張らないと。)
ミチルはスマホをベッドに放り投げ、机に向かい問題集を開く。
静かな部屋にシャープペンシルのカリカリという音と紙のめくられる音が重なる。
リビングの方からはテレビの音がする。三時間も経った頃にテレビの音は消えた。
ミチルはその間もペンを走らせていた。
更に時間は経ち、時計の針は二時半は指していた。
その時、部屋の扉を優しくノックする。
「ミチル。まだ勉強しているのか。」と父が声をかけ、扉をゆっくりと開き部屋に入ってきてベッドの上に腰を掛ける。
「…どうしたの?父さん」
「ミチルは何の為にそんな必死に勉強してるんだ?」
「何のためって…。母さんの為だよ。ボクは母さんのヒーローにならなくちゃ…。」
「自分の為じゃないんんだな。それであの大学に行って楽しいのか?母さんのヒーローになれるのか?」
父は窓から月を眺めながら答える。
「わからない。ボクにはわからないよ。でも母さんがそう望むから、だからボクはそうならなきゃいけないんだ。多分それが母さんの思うヒーローだから。」
「それはしんどくないのか?」
「しんどいよ。どれだけ努力しても認めれもらえないし、賞を取っても“それくらい出来なきゃ”ってしか言われないし…。何回かやめてやろうって思ったけど。母さんが悲しい顔するから…。」
「そのままだとミチル、潰れるぞ。少し息を抜いたら――」
「それじゃあダメなんだよ。ボクはあの日約束したから。約束は守らなきゃいけないでしょ?さ。父さん、勉強するから、そろそろいい?」
「…そうか。ごめんな。邪魔したよな。じゃあ“頑張れ”よ」
父が発した言葉が更にミチルを追い込む。
(父さんも“頑張れ”って…。ボクはこれ以上何を頑張ればいいんだよ。無理だよ。ボクの努力を認めてくれる人なんていないんだ。)
「私は認めてあげるよ」
ミチルが声のした方向を見るとカーテンが揺れ、窓辺に座ったフード姿の人が居た。
「…誰ですか?」
「いやぁ~少年、勉強だけで世の中見えてないのか?私ら最近有名だぞ~?」
「…すみません。わからないのですが、というか勝手に人の家に入ってきて何してるんですか?」
「あららぁー。知らないか。私ら“死神”って呼ばれてて人の寿命をもらって生活してんのさ。」
「しにがみ…?あのニュースにも出てくる謎な死因と呼ばれてる?…でも、あれは死因がわからないからそう呼ばれてるだけで本当は存在しないのでは…?」
「なぁーんだ。知ってんじゃん。私ね、その死神なの!すんごいでしょ。実は死神はちゃんと実在してるんでーす」
「…勉強の邪魔なんでさっさと出て行ってください。」
「もー。なんでそうなのさぁー。ねえ、ちょっと外行ってみない?少年も勉強ばっかで疲れたっしょ?」
「いえ、母の為に勉強するので…。」
「さては少年、マザコンってやつ?」
「ち、違いますよ!」
「ふ~ん。まぁいいや。ほら、行くよ」
死神は少年の腕を引っ張り窓を開け飛び降りた。
夜中に外を歩いたことのないミチルは夜の寝静まった外の風景を見て驚いていた。
ミチルは死神の後ろをついて歩く。
「少年さ、」
星を眺めながら死神が話し出す。
「見えてる世界なんてほんの少しなんだよ。私だってそうさ、この前まではなにも見えない高校生だった。学校っていう狭い空間で見える世界なんてほんのわずかだった。でも、死神になっていろんな人と出会ったんだ。」
しみじみと話す死神の背中をミチルはただただ見るだけだった。
「どう?少年も死神になってみる?そうすればそんな約束に縛られなくていいんだよ?」
「…死神かぁ…。」
「まぁ、少年が望むヒーローってやつには遠くなるだろうね。」
「!!?」
ミチルが驚く。
「ところで少年、あの木にいる鳥は見えるかい?」
「いいえ、見えません。」
「じゃあ星は見えるかい?」
「はい。なんとなくですが、あれはベガ…アルタイル、デネブ…。」
「おぉ。さすが~。夏の大三角だね。じゃあそこに咲いてる花は見えるかい?」
数少ない街灯の一つに照らされた花がポツンと咲いている。
「さすがに見えますよ。」
「少年もそう思うでしょ?でも見えない人だっているんだよ。上を向けない人も、いろんな人がいるんだよ。今見えない鳥は日が昇れば見えるようになる。それはその時が来なければわからないもんさ。」
「それは、遠回しにボクのこと悪く言いました?」
「そんなことないよ~。少年は今、勉強もお母さんの期待に応えようと頑張っているじゃんか。私は応援してるよ、少年。その指に出来たペンだこだってその証拠だろ?」
(いつから気づいただろう。初めて努力を認められた…。)
「じゃあ、もうすぐ明るくなっていく。またね少年、大学絶対受かれよ。」
「えぇ!?」
それでミチルは目が覚めた。
夢かと思ったが、窓は開いていて下を見ると昨晩飛び降りた跡が確かに残っていた。
優しい死神のはなし。 田土マア @TadutiMaa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます