2
この世界から私は消えた。
「死神」によって。
突然私の目の前に現れて「嫌な世界から抜け出そうよ。」
そう私に甘く囁いた。
もう生きることに嫌気がさしていた私はその問いかけに即答した。
そして私は死神に寿命を売った。
ーーたったの三万円で。
ーー私はどこにでもいるような冴えない高校生だ。
最近、何も無いところで転び、まっすぐ歩いているはずなのに気づけば壁にぶつかっていたりすることも多い。
登校して、靴を履いた時靴の中でチクリと痛みが走った。靴の中に画鋲が入れてあった。靴箱から取り出した靴の中に画鋲なんか入るわけもなかった。
誰かが意図して入れなければ…。
教室の扉を開けると上から黒板消しが降ってきた。なんとか頭への直撃は免れたものの制服の肩が白くなってしまった。そんな私をみてちぇっ。とクラスの女子がつまらなそうな顔をする。
そして後ろから「邪魔!!」と言われ押される。不意に前に倒れた私に次襲いかかってきたのは水の入ったバケツ。
バケツの中になみなみと入った水を頭からかぶる。
そして目の前に雑巾が飛んでくる。
「じゃあ。あとは片付けとけよ」
そう言って私の前から去っていく。
ーー私はいじめられている。なんて人に相談できなかった。
だからいじめられてしまう。というのも私はどこかで感じていた。だけど他の人に迷惑はかけられない。と自分の中に閉じ込めてしまったのだ。
《いじめられるのは私のせい》
いつからかそう思うようになっていた。
そんな日々が長いこと続いたある日
私は体調が悪くなり保健室へ行った。
事情を聞かれテキトーなはなしで繋いでいたが養護教諭の先生は騙せなかった。
そのまま私はありのまま話した。
すると「今日、ちょうどスクールカウンセラーの方がいらっしゃるから話してごらん。少しでも楽になれると思うわ。」
そう養護教諭に先生に案内された。
スクールカウンセラーの人はとても優しく話を聞いてくれた。
最後には「あなたのこれからの人生、もっと楽しいことが待っているわよ。」そう言ってくれた。
誰かにきもちを話すことはなんてすっきりするんだろう。
不安が完璧に消えたわけではないが、少しは前を向けそうだ。
ーー夜お風呂に浸かりながら今日あったことを振り返る。
風呂を上がったあと、勉強机に向かうが今日のことが頭から離れない。
《私、相談しちゃった。迷惑かけちゃった。私がこのまま生きていたら、ますます人に迷惑かける……。》
自分が自己嫌悪の塊へと変わっていくのがわかった。
《あぁ…。私、ダメな人間だ。ダメだ、ダメだダメだ……。》
「この世界は嫌かい?」
「…。嫌っ!嫌い!!もう大っ嫌い!!!」
「そっか。じゃあ嫌な世界から抜け出そうよ。」
「…うん。」
急に目の前に現れた黒いコート姿の人物にひとつ返事をしてしまった。
「じゃあ、寿命。もらうね。そして君も死神になるんだ。」
急に死神だの言われて理解できるわけもなかったが。私は寿命を売った代わりに死神になってしまった。という事実だけが残っているらしい。
こうして私はたった3万円にしかならない残りの人生を売り、死神として生きていく道を選んだ。
死神になってからは生きる気持ちの薄れた人の寿命をもらっている。
昼に消えたい。と願う人もいたがほとんどの人は夜だった。
一方的に寿命をもらうことは出来ない。必ずその人の「死」への気持ちが芽生えていることが条件だった。
この仕事をして何ヶ月が経っただろうか。
私は人の生や死というものがどうでも良くなってきていた。そんな作業化したこの仕事を今日もこなしていく。
今日は30代の女性だった。お腹が大きくなっていた。その女性のお腹にはもうすぐ顔を出そうとする赤ちゃんが間違いなく存在する。
《こんな幸せ間近の人が…?》
それでも少なからずこの女性は死を望んでいる。私はいつも通りの仕事をする。
「なぜあなたは死を望んでいるのですか?」
死神といっても私は元人間だ。そりゃ言葉遣いくらい考える。
「!!…。あなたは誰ですか!?」
当たり前の反応をされる。これももう慣れた。
「言っても信じてもらえませんよ。死神です。あなたが死を望んでいるから駆けつけてきました。」
「…。そうですか…。」
状況がよく理解出来ていない様子の女性だが、とりあえず女性の認識下でも私は死神で間違いないようだ。
「よかったら私に少し話してみませんか?」
とっさにそんな言葉が私の口からでた。
私は今完全に死神の仕事を放棄してしまっている。
「実はもうすぐこの子が産まれるのに…。夫は出て行きました。私はもうお金もないので…。この子と一緒に…。」
「それで…。死にたくなったのですか。」
「…。違います!……。いえ、違うことはないかもしれません。でも。もしこれから先、今より幸せな人生があるかも…。そう思うんです。」
この時私はスクールカウンセラーの言葉を思い出した。
《これからの人生、もっと楽しいことが待ってるわよ。》
「そ、そうですよね。」
私は気がつけば泣いていた。
それは同情の涙だけではなく後悔の涙でもあった。
「私、あの時の言葉すら知らん顔して死神に寿命を売り、今こうして死神になりました…。でも実は…。少し後悔しています。私が奪った人たちの人生がもっと輝かしいものだったとしたら。…私にももしかしたらそんな人生が待っていたかも、しれません。」
自分の昔話と後悔を女性に話す。
「…そう。そんなことが…。なら私、あなたの後悔を受け止めるわ。私には今、この子がいてくれてるから。この子がいてくれている間は死じゃなくて幸について考えるわ。」
「はい。その子大切にしてください。」
そう言い私はその場を去った。
これ以来私は必ず「後悔はしないのか。」と聞くようにしている。
こんなおせっかいな死神は私くらいだろう。
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