第74話 初陣

天文二十一年(一五五二年) 十月 但馬国二方郡芦屋城 塩冶 彦五郎


「殿、武田三河守が山名源七郎を擁立し山名中務少輔に謀反。次々と山名左馬助の遺臣が呼応している模様」


 弥右衛門が執務室に駆け込んで来た。俺も筆を止めて弥右衛門の話に耳を傾ける。政に励んでいる場合ではない。


「ほう、とうとう立ったか。戦況は?」

「山名中務少輔も謀反の動きは察知していた様子。どちらも一進一退となておりまする」


 これは嬉しい展開だ。どちらも潰し合ってくれるのが最良。そして俺が漁夫の利を得るわけだ。が、しかしそうも言ってられない。負けてしまっては元も子もないからな。急いで援軍に向かうとしよう。


「さて、山名右衛門督はどう動くかな?」

「何としてでも援軍を送りたいところ。こちらに頭を下げ、援軍の通行を願うか。それとも海から援軍を送るか。あるいはその両方か」


 海から援軍を送られるのは不味いな。鳥取が落とせなくなってしまう。それであれば日本之介に妨害させるか。いや、もし山名が海から来なければ悪戯に兵を遊ばせてしまうことになる。


「山名右衛門督の後詰めがどの道筋で来るのか急いで調べてくれ。海から来るのであれば日本之介に撃退させる」

「承知仕った」


 弥右衛門が立ち去っていく。さて、俺も動くか。城山城の源兵衛、それから芦屋城に残る治郎左衛門に事の次第を伝える。それから甚四郎を尼子に派遣し、西から攻めてもらえるかお願いする。


 これは援軍をもらえたら良いなという温度感だ。無理ならそれで構わない。大事なのは塩冶が尼子に援軍を強請りに行ったという事実。これを山名中務少輔がどう見るか。怖いだろうな。


 それから急ぎ奈良右近将監を羽尾の砦に入れた。出陣の準備だ。蒲殿衆の調べだと右近将監はどことも通じていなかったようだ。元からああいう性格なのだろう。疑ってすまん。この戦で少しでも仲良くなろうじゃないか。


 一気に慌ただしくなって来たぞ。だが、それもお家を飛躍させる良い機会だ。まず、俺は山名右衛門督の援軍を潰す。そして武田三河守の後詰めに行く。この方針だ。


◇ ◇ ◇


 後日、芦屋城にて待機していた俺の元に弥右衛門が情報を持ってやってきた。これでようやく出陣することができる。情報を待たずに出陣するという愚行は犯したくないのだ。


「殿、わかりもうした。山名右衛門督は陸から後詰めを送る模様。その数は三百」


 兵数は三百か。山名右衛門督のみの援軍だろう。垣屋も田結庄も首を縦に振らなかったか。まあ対岸の火事だもんな。誰も信頼できない状況になった今、山名右衛門督の要請に応じるわけがない。三百も相当な捻出だろう。


 陸からとなると八木但馬守の居る養父郡を通って因幡に入るつもりか。おそらく武田の背後を取ろうという作戦だろう。これはいただけない。


「俺たちも急ぎ出陣する。羽尾に居る右近と日本之介に準備をさせろ。右近が百、日本之介が百を率いて向かう」


 日本之介の海衆、それから賊上がりの右近将監の軍を率いて因幡の山名中務少輔を叩く。率いる軍の野蛮さが、なんというか、その、激しいな。どうしてこうなってしまったのか。


「まずは岩井郡を落とし、そのまま山名中務少輔の背後を突く。治郎左衛門、留守を頼むぞ」

「ははっ」


 五十名で羽尾の砦に向かう。この五十名は松永から援軍として派兵してもらった者たちである。自領内だ、危険はないだろう。そこで右近、日本之介の両名と合流した。両名とも準備は出来ている。


 これで二百五十の軍団が整った。これだけの数がいれば援軍としては十分だろう。


「よし、このまま山名中務少輔の背後を突くぞ。奴らは鳥取城を攻めている。挟み撃ちにしてやるぞ」

「承知! 腕がなるぜぇ」

「かしこまった」


 野蛮な二人が頭を下げる。こうなったら俺も山賊スタイルで中務少輔を襲うまで。旗は掲げず抜け道を通って鳥取城を攻めている山名中務少輔の軍に迫る。東浜から鳥取城までは歩いて二刻ほどだ。


 鳥取城は東が山、西が平地となっている。我らは東から進軍しているので平地がよく見える。もちろん、山名中務少輔の軍もだ。目に見える兵数はおよそ五百というところか。兵に休息を与えるついでに軍議を開く。


「さて、どう攻める? なにか意見はあるか?」

「そんなん、ガーッと攻めてバーっと倒して終わりよ!」


 日本乃介が言う。それは脊髄で反射したのかというほどの速度での回答であった。こいつも弥太郎と同じく脳みそが筋肉でできているんだろう。


「右近、何かあるか?」


 右近はあいかわらず痩けている頬を撫でて何やら思案に耽っている。そして俺に視線を送り、重い口をゆっくりと開き始めた。


「見るに武田勢が三百、山名勢が五百と言うところですな。我らが背後を突けば山名勢は混乱するでしょう」


 王道の策だな。失敗し難く、それで手堅い戦果が得られるだろう。だが、俺はそれで満足したくない。そこで、もう一計を案じることにする。


「右近、旗を貸してくれ。俺と日本乃介で中務少輔の背後から強襲をかける。右近はここからさらに散発的に中務少輔の脆いところに攻め掛かってくれ」

「責任重大ですな。承知致した」

「事実上、これが俺の初陣だからな。負け戦にさせるなよ」


 こうして俺の初陣である因幡攻めが始まった。奇しくも養父殿がなくなったのも因幡攻め、俺の初陣も因幡攻め。相手は同じ山名となったのであった。


———

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日ノ本の山賊、天下を狙う 上谷 岩清 @kamitani_iwakiyo

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