3
そして数瞬後――。
松澤病院のベッドに横たわる
真っ先に
「おや? 妙に部屋が小綺麗になっておるではないか」
そう言われて、慎一も辺りを見渡す。
すでに夜の明けた明るい病室は、補修後の壁紙もなく、何より
ベッドの横では、
「姉さん……」
慎一は戸惑いながら床に立ち、
部屋や
「……慎ちゃん?」
「よかった! 戻ったんだね!」
「あ……うん」
我ながら大変な一夜だったとは思うが、あちらで穏やかな朝を迎えてきた慎一には、
「それより
「おう、やっと戻ったか、慎一」
松澤医師は、白衣だけは清潔だが、そこから覗く袖やズボンの足元には、明らかに
「……はい。でも、
「大丈夫。もう小一時間前には完全に回復してる。かすり傷以外は健康体だよ」
慎一は、ようやく心底から安堵できた。肩の
「それより、なかなか戻ってこない君らのほうが、悩みの種でね。
松澤医師は、ちょっとこっちへ、と慎一を外の廊下に誘った。
「実結ちゃんの容態が安定したんで、向かいの個室に移ってもらったんだ」
そう言いながら、その向かいの個室、つまり元の病室の扉を開けてみせる。
中を覗いて、慎一も
ベッドから計器類から四方の壁まで、まるで火事場の跡のような惨状である。床のあちこちに転がっている多数の消火器は、すべて使用済みらしい。
「いやあ、今度こそ病院ごと丸焼けにして、親父に勘当されるかと思ったよ」
そう言って、松澤医師は
◎
あれからもう何年が過ぎたか――。
春の午後、妻の
その後、
慎一は地方公務員を続けながら、その後も三度ほど
そして
その後、必要以上に元気な男の子を三人ほど育て、一番忙しい時期に夫の慎一が『ふるさと創生一億円事業』による公民館の多目的ホール化を任されたため、いっとき火を噴きそうになったが、それはあくまで形容としての噴火であって、陰火でも陽火でもなかった。
昭和から平成、そして令和――。
令和に生まれた末の孫も、来年は高校に上がる。
それらの歳月を重ねる内、この国の大地は、幾度もの惨禍を被った。
都市が灰燼に帰することもあった。
街々が海に呑まれることもあった。
全土に疫病が広まることもあった。
安全と思われていたこの山陰の町までが、数年前には、昂ぶった日本海の大波に洗われた。今、慎一と
神々の和解は、まだ先のことらしい。
もう
美しい、と思うこともある。
たとえば毎年の春、こうして桃林の町を眺める
だから、一日でも長く生きるに越したことはない、とも、慎一は達観している。
〈 完 〉
桃林羨道 バニラダヌキ @vanilladanuki
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