洪水期

@yugamori

洪水被害の最中。

 気がつくと外は大雨だった。さっきまで晴れていたはずの昼の空は、真っ暗な世界に変わっている。降りしきる雨がすべての音をかき消す。俺の周りにはもう水しかない。激しい流れがとどまることはなく、俺の小屋を乗せた土地以外は、もう水が支配していた。

「予報見てから昼寝すりゃよかった」

 いまは洪水期だから、毎日天気をチェックするようにと朝のニュースキャスターも言っていた。携帯端末を取り出して画面を確認すると、着信が何件か入っている。おそらくこの一帯が浸水することを事前に知った友達が、一緒に大島へ避難するよう誘ったのだろう。メッセージも来ている。大方がそういった内容だった。

「避難時の大島は好きじゃねえんだよな……」

 むしろ嫌いだった。洪水で俺の住むような小島が浸水する場合は、洪水被害に逢わない近隣の大島へ避難することは常識だ。そんなこと俺も知っている。だが、大島に住むことを避け、わざわざ浸水被害がザラにある小島を選んでいる時点で、密集地を避けている人種なんだ。いくら避難時とはいっても、いつも以上に人が集まる大島に行くくらいならば、多少の浸水被害があっても水が引くまで孤立していたほうがマシだ。

 別に人との関わりを避けているわけではないし、大島の遊技場へ行くことは好きだ。孤独は嫌いだが、いまの気分はひとりでいたかった。それは昼間から望まない昼寝をした理由でもあった。

「……つうかヤバイじゃねえかよ」

 孤独を選んでいる場合ではなかったかもしれない。携帯端末の画面には、避難レベルが今期の洪水期でもトップの数値を示している。この分じゃ捜索隊が派遣されて無理やり大島に連行されかねない。いや、そんな人混みに混じることを心配している場合じゃない。場合によっては小屋に浸水するどころか、土地が崩れて小屋自体が流されかねない。

「……まあ、そんときはそんときか」

 ぶっきらぼうに大雨の雨粒に声がかき消され、まるで海のような景色は玄関口を閉めると消え去った。こんなことで流されるようじゃ、俺はその程度のことだったのだろう。昼寝をしても気分は冴えなかった。昼間の明るい光が妙に鬱陶しかった。それに比べてみれば、いまの孤立したこの嵐のなかは、俺の気持ちに近くて居心地の良さにすらなっている。窓突き破るくらいの雨音だけど。

「そうこう考えてるうちに、どうでもよくなってきたわ」

 眠気が襲ってきたのもあるが、このまま眠ってどうなっているか、試したくなった。おそらく本気で捜索隊が探しているだろうし、本来ならば救難信号を出さなければならないだろう。そうこう言っているうちに着信が何度か鳴っている。おそらく友達のだれかだろう。出る気にもならない。この気分が昼寝をさせて俺をこの状況にさせたなら、俺がいったいどうなるか試してやる。これで終わればその程度だ。終わってなければ。





「すげえ空」

 上よりも圧倒的に下の方がすごいことになっているが。今季どころかここ数年の記録をぶち抜いた降水量によって、洪水は記録的なものになった。ニュースでは本当に流された小屋もいくつかあるらしい。幸いにもそこでは昼寝をして逃げられなかった住民はいなかったようだ。

 朝日で目覚めたときには、携帯端末の着信履歴とメッセージ数が凄まじいことになっていた。心配してくれることはありがたいし嬉しかったが、当の連絡をくれた奴からすれば気が気じゃなかっただろう。あとで大島に行って姿を見せよう。ひっぱたかれることを覚悟して行こう。

「……いやグーで殴られるな」

 想像して思わず笑ってしまった。笑えるような状況ではないにもかかわらず。雲ひとつないどこまでも続く青空を目の当たりにすれば、そんなことも楽しいひとときに思えた。

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