第5話 嫌よ。私以外私じゃないの。

 国境の長いトンネルを抜けると異世界であった。


 実際にはトンネルなんて通っていないのだが、感覚的にはそんな感じだった。マジで。

 何でこうなったかと言うと、朝起きて部屋に違和感を覚えたところから始まる。その正体はあの鏡だと分かった。

 そういや昨日大器さんに貰ったんだった。その鏡に写った自分の頭を見て、寝癖を直そうと思い鏡に近づいた。頭と鏡を交互にチェックしながら髪をいじっていると、ふと、装飾の所に小さく文字が刻まれていることに気がついた。


 2027.7.7.D.E.


 何だこれ、ED?

 寝ぼけた目を擦ってよく見ると、EDではなくDEだった。良かった。オシャレな鏡に勃起不全なんて彫られてたらたまったもんじゃない。しかしDEとはなんの略だ?


 その時、何かが第6感をチクッと刺した。起きた直後とは比べ物にならないほどの違和感を覚え、一瞬で目が覚めた。俺は、無意識のうちに鏡の奥の方を見つめていた。傍から見れば鏡に映る自分の姿を凝視しているだけだろうが、俺が見つめているのはそのずっと奥だ。そして、恐る恐る鏡に触れてみた。何かがある気がしたのだ。その嫌な予感は的中した。


 突然鏡が強烈に光った。

 思わずうわっ、と声を上げて俺は目をつぶった。何だ何だ何だ!何が起きているのか全く分からない。俺は生まれて初めてガチのパニックになった。すると次の瞬間、足の裏と地面とが離れたのを感じた。身体が宙に浮き、重力を鏡が支配しだした。そしてそのまま渦を巻き、意識とともに奥へと飲み込まれていく。もう何が何だか分からない。脳がエラーを起こして、これは夢だと頭の中で言い聞かせ始めた。

 つま先まで完全に鏡を通ると、ジェット機みたいな速さでさらに奥へと吸い込まれていった。それはトンネルの中をくぐるような感覚と似ていた。同じ景色が延々と続く、長いトンネル特有のあの感覚だ。そしてそれが突然フッと消えた。



 そして今に至る。完全に思い出した。あの時鏡が光って吸い込まれたんだった。そして目を開ければこの世界に来ていたと。


 …………はぁ?

 わけがわからないよ。俺は魔法少女になる契約なんかしていねぇのに、どうしてこんなファンタジーなことが起きてんだよ。困惑がイライラに変わってしまった。

 けど、色々思い出したおかげで少し整理がつきそうだ。生理のことは出来れば思い出したくなかったな。


「鏡を通ってこの世界に来たって……ど、どっから来たのよ!そんなこと、ある、わけ……」


 目の前の少女がそう言った。えっと、何だっけ?そうだ、鏡を通ってこの世界に来たのか?って俺が言ったんだった。


「今思い出したけど、どうやらそうらしい」


 現実感が無さすぎてどこか他人事っぽいセリフを言ってしまう。まぁ今考えてもありえない話なのだから仕方がない。なにせ昨日までの俺は、異世界どころか外国にすら行ったことがなく、日本しか知らない奴だったのだから。彼女が口を開いた。


「ちょっと何言ってるか分からない」


 おいサンド○ィッチマンかよ。俺は思わず吹き出してしまった。緊張と緩和の笑いとはこういうことだろう。不意な彼女の発言がツボに入って謎の笑いが腹の底から込み上げてくる。


「……んっふふふふふっ‪w‪w‪w‪」


 堪えようとすればするほどダメだった。彼女がめちゃくちゃ困惑しているのがさらに面白い。お前ふざけんなよ。


「何いきなり……私変なこと言った?怖……」

「言ったよ変なこと。何かこっちの世界では知らなさそうだけど」

「何のことかさっぱり分かんない。キモ……」


 ちょいちょい語尾に悪口をつける当たり、いくら美少女と言えどあの子とは似ても似つかねぇな。

 ふとそんなことを思った時、戦慄が走った。背筋が凍った。目の前の少女の顔をよく見ると、そっくりなのだ。

 

 驚愕の事実に気付いてしまった俺の顔は、さっきとは一転して一気に固まってしまった。彼女が更にまた困惑するが、それが今度は恐ろしく感じる。あの時苦笑いして困ってた杏子と、しぐさや雰囲気までもがあからさまに似ているのである。


「お前は……」


 自分のこめかみから汗が垂れたのが分かった。彼女は見れば見るほど間違いなく各務原杏子なのだ。


「……お前は、杏子か?各務原杏子なのか?」


 俺は恐怖の事実確認を行う。息を飲んでその返答を待つ。彼女をずっと見つめたまま。

 すると、彼女の顔に苛立ちが現れたのがハッキリと確認できた。そして放たれた彼女の言葉が、その意味が、俺の胸に焼印を強く押しつけた。


「ちょっと、他の誰かと重ねないでよ」

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セブンズゲート すかーりー @scary

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