第4話 ごめん。でも、そんなに嫌?

 あのセリフが頭に張り付いて取れないでいた。


 彼女が闇を見せたのはあの一瞬だけだったが、その分余計に気になった。環奈も気づいていないみたいだったし。俺は帰り道を歩きながら、どうして彼女はあんなことを言ったのだろうと考えていた。


 他の誰かと重ねないでよ。


 この言葉からは強い意志を感じた。他人に重ねられるってことをあんなに嫌うか?普通。

 実はあの後も4人で色々な話をしたのだが、頭に上手く入ってこなかったのであまり覚えていない。そのくらい強烈だった。しかもあのセリフ俺しか聞いてなかったっぽいし、簡単に触れてはいけない気がした。


 色々考えながら歩いていると、いつもの丁字路に出た。家に帰るにはここを左に曲がらなければいけない。だから今日は右に曲がる。あの人に今日のことを相談してみようと思ったからだ。

 右に曲がって少し歩くと小さな骨董品店が見えてきた。中に入ると、20代後半くらいの見た目の大人っぽく髭を生やした男性が、レジに座って本を読んでいた。だが俺は、この人が30代半ばであると知っている。


「おー勇作。いらっしゃい」

「大器さん聞いて下さいよ〜。俺今日ちょっと見てはいけないもの見た気がするんすよ」

「俺は今見てるぞ」

「いや、そういうのいいんで真面目に聞いて下さい」


 大器さんはこの骨董品店の店長で、ここを1人で経営している。俺は小さい頃からよく面倒を見てもらっていて、今では何でも話せる仲だ。言わば近所のお兄さん的な感じだ。おじさんだけど。


「で?2年生になって早々何があったの?可愛い子のパンツでも見た?」

「それは見てもいいものでしょ。そうじゃなくて」

「それは見てもいいものなんだ」

「俺が今日見たのは可愛い子のパンツじゃなくて……可愛い子の闇?みたいな」

「ほぅ……パンツも気になるけどそいつも気になるな。続けてくれ」


 いい歳して未だにロマンを求めるその姿勢には半分尊敬します。ちなみにもう半分は呆れてます。

 とりあえず順を追って今日の出来事を大器さんに説明した。


「……なるほど。それは確かになんかありそうだな」

「ですよね。でも本人には聞けないじゃないですか。初対面だし、可愛いし」

「そりゃあ過去になんかやばいことあったパティーンだな」

「その歳でのパティーンの方がやばいですよ」

「でもパティーンとパンティーって似てるよな!」


 実際、大器さんの言う通りな気がする。パティーンとパンティーが似てるの方じゃなく、彼女は過去になんかあったんじゃないかって方だ。

 それを聞くにはまだあまりにも距離が遠すぎる。そもそも触れていいものなのかどうかも分からない。


「全然話変わるんだけどさ、進級祝いやるよ」


 俺がめっちゃ変わりますね、と言うのと同時に大器さんは立ち上がり、店の裏に消えてしまった。まったく、何なんだこの人は。

 大器さんが裏に行っている間に店内を見回してみた。ここの品揃えは、俺が幼い頃から全然変わってないように思える。大器さんの会話の流れとは大違いだ。ここ儲かってんのか?どうやって店やりくりしてんだろ。

 そんなことを考えていると、お待た〜と言いながら大器さんが裏から出てきた。最低だ。見るとその最低な手で何かを抱えていて、それをレジのテーブルの上にゆっくりと置いた。


「何すかこれ」

「見ての通り鏡だよ、鏡」

「煽んないで下さいよ、それは見たら分かりますって。何で鏡?」

「こないだ裏を整理してたら出てきたんだよ」


 いくら大器さんでも整理と生理を掛けた冗談は言わないらしい。こんなことを考える俺の方が最低な気がしてきた。


「で、何でこれを?」

「いや〜こいつが君を呼んでる気がしてね」

「ちょっと何言ってるか分からないです」


 つい某漫才師をサンプリングしてしまった。大器さんと居るといつもつられてふざけてしまう。だが大器さんは俺以上に終始ふざけている。そのせいで真意こそ読めなかったが、俺はとりあえずその鏡を受け取ることにした。そして、また少し大器さんと話をした後、家に帰った。

 帰り際の大器さんのまた来いよ、の声がやけに切なかったのは、普段とのギャップのせいだろうか、気のせいだろうか。


 骨董品店と自宅は、丁字路を挟んでいても割と近い位置にある。だが大きな鏡を抱えて歩くとなると、やけに遠く感じた。玄関を開けて階段を昇り、部屋に入る。そして貰ったアンティークの鏡を壁にかけて飾ってみた。この1枚で男臭い部屋がなかなか洒落てる空間に変わったので、俺は意外とコイツを気に入った。飯を食って風呂に入り、杏子のことを考えながら眠りについた。

 嫌な予感など何一つしなかった。

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