真夏の彼女とラッキーデイ
teardrop.
第1話
「舞、今日は何の日か覚えてる?」
記念日を覚えているか尋ねる面倒な人間のように話しかけるも、彼女はスマホのショート動画に夢中。織姫と彦星は仕事を放り出していちゃいちゃしまくっているのだろうに、うちはせっかくの休みだというのに彼女が彼氏にそっけない。
今日は年に一度の7の揃う日。スロットならパンパカパーンと大放出だろうに、愛が足りない。
「ねえ、舞さん」
「うるさい。ちょっと黙ってて。これから滅多にないYou君の生放送始まるんだから」
「はい、すいません」
ちょっかいをかけたらかなり本気で怒られてしまった。これはボディータッチでもしようものなら叩かれるな。彼氏彼女が同じ部屋にいるっていうのに、動画を一人で見始めるって、それ今やることなの?とは思うのだが、まあ我々ゲームを嗜む人間は期間限定というものには理解がある方だ(主語がでかい)。仕方がない、とイヤホンを耳に装着し始めた彼女を尻目に立ち上がる。ゲームでもするかと思ったのだが、おや、そういえば昼に食べられるものはあっただろうかと冷蔵庫を開けた。虫の知らせというやつか、冷蔵庫はかなり寂しい感じであった。
「仕方ない、買い出しに行くか」
無駄に彼女の神経を逆撫ですることもない。小声でボソッとつぶやくと、抜き足差し足玄関へと向かった。
「うぅ~ん!」
アパートの一室を出て駐車場で伸びをする。どうやら少しストレスだったらしい。部屋の鍵を音も無く閉めるというのはかなりの難易度であったが、驚異的な集中力を見せ、どうにかこなしたようだった。人ごとのようだが自分のことである。かなり歪んだ自画自賛であった。
財布の中身を一応確認すると、きちんとお金は入っていた。さすがにもう一度出なおすのは嫌だったのでよかった。なぜ自分の家の出入りにこれほど気を使わなければならないのか。まあ最悪スマホのキャッシュレス決済を使えばいいのだが、食費などの共同費用は現金で管理するほうが楽である。
近所のスーパーに着くと、買い物かごを片手に生鮮コーナーをぶらぶらする。夏野菜がたくさん並んでおり、目に楽しい。さて、昼は何を作ろうか。今日はあまり暑くないので素麺というのも面白くない。とはいえミョウガが安いので購入。こいつは天ぷらにするとフキノトウに似た感覚になるのだ。まあミョウガは所詮ミョウガであるのだが、それっぽい気分になれる。おいしいしね。
トマト、オクラ、きゅうり、シソ、新生姜とかごに入れていく。ししとうも買ってもよいのだが、彼女は辛いものは苦手な上にピーマンもそれほど好きではない。当たっても外れてもブルーになるのは可愛そうなのでやめておいた。
鮮魚コーナーではあわびがドンと出ていた。そういえばそろそろ季節か。とはいえこれを料理するほどお金に余裕があるわけでもない。バターでソテーして、岩海苔としょうゆをかけてやりたいところだが、諦める。買って行けと恨みがまし気に見つめてくる織姫のポップが憎らしい。
サザエ、ハモ、うなぎにカジキ。高い魚のシーズンである。ちょっとお高いがスルメイカを一杯買っていくことにした。今日の夕飯だ。醤油につけて口に運べば甘くねっとりとした身がたいそう旨いことだろう。
イカを手に入れて満足したのか、そのまま会計を済ませてしまった。さて、昼ご飯はどうしようか・・・?
帰宅する時もかなり気を使ってゆっくりと鍵を開け、ドアの開閉音もなるべくしないように心がけた。
買い物袋を床に置き、イカをを冷蔵庫へと仕舞う。野菜は昼に使うのでキッチンへ。チラとリビングを見たがどうやらまだ生放送中のよう。
乾麺のうどんがあったので、それを茹でながらトマト以外の野菜を細かく刻んで醤油と鰹節を入れて混ぜる。それを薄めためんつゆに入れてつけダレの完成だ。トマトをくし切りにしているとうどんが茹で上がったので、お湯を切ってから氷水で洗う。
手抜きだがあまりそう見えない昼飯の完成である。ごま油をかけても美味しいので、お好みで。
食卓に食事を運ぶと、彼女はのそのそと起き上がって定位置に座った。イヤホンを外してポイと俺のベッドへ放り投げると、うどんを見て文句を垂れた。
「えー、またうどん?」
「そうでーす。頑張って我が家のうどん消費戦争に貢献してください」
やたらお歳暮でうどんが届くのである。平たい細いやつで、俺は割と好きだ。
ズルズルとうどんをすする。オクラの粘りでめんつゆが絡みやすくなっているため、少しだけいつもよりしょっぱい。水差しから少し水を足し、野菜をボウルから追加する。
洗い物を終えて戻ると、彼女はまたイヤホンをして動画を見ていた。買い出しから片付けまで何もしないとは、いい御身分だな。やらないならその分、愛をくれよ。
などと考えつつも、もう最近は半ば諦めている。これが冷めたというやつなのだろうか。俺は、舞のことが好きなんだが。
仕方が無いのでPCを起動して動画を見ながらネットサーフィンをする。主に見ているのはゲームのテクニック動画や解説ブログだ。自分があまりゲームが上手くないという自覚があるため、最低限、フレンドとレベルを合わせておきたいからだ。半ば義務感である。上達する喜びもあるが。
2時間ほど経っただろうか。電話がかかってきた。発信者の名前がない。知らない番号だった。
「はい、もしもし」
「あ、久しぶりー!元気?」
響いてきたのは高い女の声だった。誰だったか。
「あー、うん久しぶりー」
必殺、問題の先送り。
「あのさ、別れておいてこんな事言うのちょっと悪いなとは思うんだけどさ。相談に乗ってくれないかな。こんなすぐ電話出られるってことは多分暇でしょ?」
元カノであった。あー。途端に背中に重圧を感じる。舞はイヤホンをしているし、これは多分気の所為だとは思うのだが、それでも背中から嫌な汗が吹き出してくる。
「いやまあ暇ではあるけど。なんの相談?男?」
「うん」
「誰かいるならいいけど、二人っきりはちょっと」
彼女のいる身で、自分から他の女と二人きりの環境に飛び込むのは気が引ける。
「いやいや。そういう話じゃないよ!プロポーズされたから」
「プロポーズ?!そりゃ凄いな。おめでとうでいいの?」
「うん、ありがとう。そんなわけで、ちょっと話せないかなって」
「うーん…」
と、迷っていると横から伸びてきた手に携帯を奪われる。
「ごめんなさい。この人は私と用事があるので行けません!!」
舞はそう言い放って通話を切った。
「ええ…取られたんだけど」
思わずこぼした俺にスマホを突き返す舞は、ご立腹な様子。
「誰」
「元カノでした…」
こえーよ。
「何で私がいるのに元カノと話すの?」
「いや、舞さん動画見てたし、それなら外行ってた方が邪魔にならないかなって」
もちろん二人だけじゃなくて、共通の知り合いも呼ぶ予定だったよ。そう付け加えても、納得のいかないご様子。
「ライブ」
「はい?」
「終わったから」
そういって俺のスマホを、ご丁寧に電源を切って机の上に置く。
そうして俺を床に押し倒すと馬乗りになり覆いかぶさってきた。冷房の効いた部屋。少し前までは肌寒さを感じていたが、今は目の前の舞から発せられる熱で汗ばんできた。
頬に当てられた手のひらはしっとりと濡れ吸い付いてくる。
「次は彼氏の番」
そういって鼻に噛みついてきた。
「自由だなあ。夕飯の準備、手伝えよ」
「はむ」
抱き寄せると唇を奪われた。夕飯は、またうどんになりそうだ。
あとがき
アポカリプスの方の続きを待っていた方が居ればすみません。別のもの書いてました。というかずいぶん前の七夕用に書き始めて結局途中で投げてたやつです…。いっつも季節外れのもの書いてる。
真夏の彼女とラッキーデイ teardrop. @tearseyes13
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます