仕事終わりのギター練習。

@yugamori

趣味って大事よねって話。

ぶちイラついてたけど壁をクリアしたらスッキリしてもっと前に進もう的なの。


嫌なことがあったからストレス発散がてらギターを触る。

けどギターを触ってもうまく弾けない。イライラが募る。

ぜんぜんうまくいかないことばっかでだるい。投げ出そうとする。

けどそこで思いとどまる。これもできなかったら一体なにができるんだっての。

そっから2時間練習する。できるようになる。没頭してる。イライラが消える。

次もっとやろうと思える。今日のムカついたことも乗り越えようと。




 仕事でうまくいかなかった苛立ちをそのまま家に持ち帰ってきたことで、部屋は妙に薄暗く感じた。鬱屈した気持ちで部屋の照明をつける。それでも暗く感じるほど落ち込んでいる。荷物を床に投げ出し、ため息をつきながら洗面所を扉を勢いよく開きけたたましい音が鳴った。鏡に映った自分の表情はひどく暗く疲れ切っている。自分の仕事のミスではあるけれど、嫌な同僚の含み笑いがなおさら俺の心を苛立たせた。法律がなければ動かなくなるまでぶん殴り続けたい。そう思いながら、その気持ちがひどくつまらないものだとも自覚している。

 情けない。怒りはストレス発散のエネルギーに使おう。そう思いたち、手と顔を洗ってリビングに戻り、部屋の隅に立てかけておいたギターを手に取った。


「クソコードが!!!」

激しく舌打ちをしたギターを振り上げたくなる気持ちをなんとかこらえた。練習中のコードがどうしてもうまく弾けない。仕事もできなければギターも弾けないのかと余計に鬱屈した気分に陥る。なにもかもやめてしまいたい。なぜこんな嫌な気分になることをわざわざやっているのかと自分を疑いたくなる。練習をやめて酒をコンビニで買って思いっきり呑んで寝てしまおうか。そう思ってギターを置き、立ち上がろうとする。

 玄関に無造作に散らばった小銭を握って玄関扉に手をかけ、ふと立ち止まる。コードの練習を投げ出すようなやつが、ほかの問題を解決できるのか。仕事でのトラブルは俺がミスしたことを周りに告げなかったからだ。周りと協力しなかったことが俺の失敗を大きくした。自分で自分のミスを大きくしたんだ。

 ソファに座りなおして、ギターを眺める。自分でできることも投げ出すようなやつが、他人と協力なんてできるのか。自分でやりたいと思ったことを、なにかを理由をつけて止めるようなやつに、仕事のトラブルを解決できるのか。

「こんなこともできねえで」

 いったいなにができるのか。やりたいこともやらねえようなやつに、いったいなにが。


「……もう23時回ってるし」

置いたギターを持ち直して、すでに2時間が経っていた。ピックを使わず指で弾いていたから騒音にはなっていないと思うが、途中時間を忘れて弾いていたときの音量は自分では保証できなかった。何か言われたら、まあ、謝ろう。もともと楽器は禁止の物件なのだから俺が悪い。そう素直に自分の非を認められるくらいには、落ち着いた気持ちになっていた。

「通しでできるかな」

 そうつぶやき、2時間前までは弾けなかったコードをぎこちない指で鳴らし、練習途中の曲をゆっくりと全体を通して奏で始めた。

 たどたどしいながらも、自分で奏でる音が初めて曲として流れることに、素直に喜んだ。まだ荒さだらけだが、弾けなかったコードが弾けるようになって、一応は音楽としての形を成せるようになった。

「ふぅ……」

 初の演奏は、額を汗ばませて終わった。集中していたから腹も減った。眠気も襲ってくる。けれど、心はさきほどまでの怒りではなく充実感で満たされていた。

 今日はしっかりと謝って会社を出ることができなかった。明日、会社の人に改めて謝ろう。

 ギターを部屋の隅の台に置いて、洗面所に行く。仕事終わりの練習後の顔は、帰ってきたときの暗く疲れ切った顔とはちがい、はっきり開かれた目に光を宿していた。

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