小話


 十二月三十一日。二十三時五十七分。

「あ、」

「あ?」

 硝煙と血の匂いでバカになった鼻でもわかる、むせかえる悪臭のなか。前方だけを見つめるちいさな目玉がおれを一瞥した。

 興味も関心もない、無情の瞳が物語ってる。何を言おうが、今日も明日も明後日も、おまえはまともにゃなれねえ。ってさ。

 ハンドルを握る手には迷いがないところから見ると、十中八九次の現場だろうな。今日はあと何人殺せば赦されるんだろう。あと何人殺せば、おれは見つけてもらえるんだろう。

 徐々に厚みを出して重くなる車内の酸素濃度は急降下して消えかけていた。うんざりするくらいひとけの感じない、舗装された夜道は暗くてよく見えないけど、どうやら海沿いを走っているらしい。さっきの家、行ったとき、冷たすぎた潮風特有の生臭さが通り過ぎたから、おそらくは。たぶん合ってる。

 口溶接されたみたいに一切しゃべらない、おれと対話する気のない東堂さんがとにかく面白くない。昔はなにかしらにつけ一畳のコンクリ部屋に閉じ込めてくれたのにね。いつまでもそんな態度なら懐の銃で自分のド頭ぶち抜いたほうがよっぽどマシでは、ってくらい。やんないけど。死に損なったときが一番怖いからやんない。痛いのはもうこりごりだ。

 けれど一向に口を開かないおれを急かしてくる薄い口。

 ハンドルを握る武骨でおおきなてのひらが赤く染まるのを知っている。というよりさっき見た。おれのことさらってナイフ足にぶっ刺してきたときの威勢はどうしたよってくらい、静かで気味が悪い。

「んだよ」

 このひとはおれよりキャリア長いし、そらそーだと、撃ち洩らした男が地に伏せるのを見て、思った。おれが勝てるのは、結局人間寝てるときだってことか。

「今日って大晦日だったんだぁーと思っ、て。」

 東堂さんはおれのこと怒らなくなった。閉じ込めたり、痛いことしたりしなくなった。

 代わりに仕事全部やらされてるけど。ご本人の監視付きで。

「この仕事に大晦日も元旦もねえぞ」

「知ってる。」

 目が合った。

 前見て運転しろって蹴飛ばしたくなるくらいには、しっかり目が合った。

 食い気味に言った回答もたいして癪に障らないらしい。残念。

「知ってるし、わかってるよ」

 そこまでバカじゃない。

 うっかり洩れた余計な一言に、東堂さんは鼻で笑った。むかつく。

「元旦かァ。ハツモーデでも行っとくか? 明日も生き残れますよーにってよォ」

 皮肉でも嫌味でもない。だから不快だ。

「とーどーさん」

 おれに興味のない目が今度はちらりとも見てくれなくて、カップルが別れるときってこんな感じなのかななんて見当違いに思考を吹っ飛ばしかけて、

「あけましておめでとーございます」

 手元のスマートフォンはまだ、日付を超えていない。

 なに言ってんだって目がおれを捉えた。

 ほんとなに言ってんだろね。

 助手席なんて座るんじゃなかった。後ろでとっとと寝たふりこいて、起こされて、仕事するだけのほうが、まだマシだった。

「次のヤツ、忘れてねーだろうな」

「わかってるよ」

 最近はいやに眠りが浅くて、嫌になる。夢見は悪いし臓物気持ち悪いし。

「東堂さん」

「なんだ」

「着いたら起こして」

 目が回る。目が回っているのか、世界が回っているのか、おれがおかしいのか。

 地球って自転してるらしいし、たぶんきっと、みんな目が回ってるのかもしれない。

 とにかく眠い。でも寝たらろくなもん見ないから寝たくない。でも寝なきゃ身体キツイし。むりやり眠って、息も絶え絶えに目を覚まして。

 大抵初仕事の記憶か、目の前で内臓バーンって弾ける夢か、東堂殺す夢しか見てないから、もう見飽きたんだけど。

 夢のなかの不愉快で恐怖の象徴のあんたを殺す夢が見れたらいいな。

 あれ、そしたら初夢じゃん。初夢って叶うんじゃなかったっけ、違ったかな。覚えてないけど。普通の生活も、もう覚えてないけど。

 不愉快なエンジン音を子守歌に、意図的に意識を沈めていく。

 眠りに落ちる一瞬に、誰かの謝罪が聞こえた気がした。




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