平家のお侍様が、大蛇を倒すお話~村の邪魔者が英雄に!?~

牛☆大権現

第1話


かつて戦があった。

国の覇権を争う戦があった。


戦火は民草をも呑み込み、海は血の色で染まった。

勝者は美酒に酔い、敗者は隠れ潜むが習わし。


勝者と敗者が入れ替わったなら、立場もそのように入れ替わるものだ。

私も一度は勝者の側として、京で栄華に酔っていた側だった。


だが、敗者は奮起し再び戦いを挑んできた。

遂には我らを壇之浦にて追い詰め、滅ぼした。


それから、どこまでも私は逃げ続けた。

鳥の声が馬蹄のように聞こえ、隙間風は怨念の幻聴で私を苛んだ。


そして辿り着いた山中で、隠れるように住み着いた

泥のついた米で飢えを凌ぎ、濁った水を啜り喉を潤す。


いつかまた、栄華に返り咲く事を夢見て。



「お侍様、お助けくだせぇ 」


そんな屈辱の日を過ごしていた折、近隣の村の農民が私の元を訪ねてきた。

普段は寄り付きもしない者共が、希少であろう酒やご馳走を、自ら持ち寄ってきての事だ。

尋常の話とは思えない。


「何用か、申してみよ 」


「近隣の谷底に、大蛇が住み着いておりまする。

池の浮き島を七巻半もする巨体でございます 」


ここのところ、遠くから水音が聞こえていたが、その大蛇が水面を泳ぐ音であったか。


「それがまことであれば、異様な巨体よ。

しかしだ、いかに大蛇とて、訳もなく棲み家を離れ人は襲わぬだろう。

イタズラに刺激せねば、心配いらぬ 」


「なれども、お侍様

あの池は魚がよく獲れます。

漁場を失えば、村民は飢えてしまいまする 」


村民が飢えるのは困る。

今の私は、彼らより食糧を分けて貰い、食い繋いでいる身だ。

それが無くなれば、我が身も共に飢え死ぬが道理だ。


「良いだろう、我が武勇にてソナタらを助けよう

代わりに、大蛇討伐に成功した暁には、池にて獲れた魚、私にも分けてくれい 」


村民が去りし後、私ははちまきを締めて、懐の短刀を握り締める。


壇之浦の折りに身に纏いし鎧兜は、逃走の最中に脱ぎ捨てた。

履いていた太刀は、戦の最中に折れ砕けた。


ゆえに、手持ちの武装はただのそれだけ。

しかし懐の短刀は、我らの幼き帝より賜りし霊験あらたかなりし神刀。


そして、元を辿れば我らは、水と共に生きてきた武士。

いかに大蛇が強大なれど、勝てぬ道理は無い。


池の端から、大蛇の姿を観察する。

かなり距離があるはずなのに、それでもかなり大きく見える。

暫く観察していると、大蛇が浮き島に巻き付けていた身体をほどき、飛鳥を食らう姿が見えた。


飛鳥はかわすのが巧い。

戯れに弓で射落とそうとした時は、掠りもしなかった。

あの大蛇、巨体に見合わぬ敏捷だ。


けれども、分かったことがある。

あの大蛇、飛鳥を目で追ってはいなかった。


もし目を向けていたのであれば、鳥もその視線に気付き、近寄らなかった筈だ。

耳のような物は見当たらない。

なれば、恐らく匂いで当たりをつけているはず。


私は池に潜り、魚を一尾捕まえる。

蛇に接近し、魚に切り傷をつけてから、その場を離れる。


血の匂いに釣られて、蛇が大口を開けて接近し、食らい付いた。

口を閉じた拍子に、私は蛇の身体にしがみつき、左目を突き刺した。

出血は凄まじく、池の水は真っ赤に染まった。


大蛇は、暴れ狂いながら、池の中の洞窟内部に逃げていく。

沈んでいた岩を転がしながら、その洞窟に蓋をした。


「ありがとうございますだ、黒谷さま」


家に戻ると、村民達に歓待される。

昨日までは寄り付きもしなかったのに、勝手な連中だ。

だが、悪い気分はしない。


池は、真っ赤に染まったまま色が戻ることは無かったが、以前より魚は獲れるようになったらしい。

その池は蛇目谷、と名付けられるそうだ。

(終)

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