僕のたばこ
坊や
イタい
ある所に進学校に通う男子高校生が居た。どうやら彼は最近、父からこっそり盗んだタバコを学校で吸っているらしい。
しかし、ある女子高校生にその現場を目撃されてしまった。
彼は急いでタバコの火を消そうとしたが、如何せん慣れてないもので、タバコの火をそのままズボンに押し付けてしまった。
「あっちちち。火傷したよな、これ.....」
不幸中の幸いか落としたそれの火は彼のズボンで消えてくれた。その事に少し安堵しながら吸殻を拾いあげて、取り敢えずポケットにしまっておく彼。
「あの、ごめんなさい。誰にも言わないで下さい」
勿論、ここで吸っていた彼が悪い。いつもなら屋上で吸っていたものの雨で閉まっていたが為に教室で吸う羽目になったのだ。だが極論、吸わなければ良い話。
だが吸う。それは何故か。
そう、彼はバレたくはないが構って欲しいという、かまちょで、扱いづらい厨二病予備軍なのだ。
「あ、うん。分かった。言わないよ。忘れ物を取りに来ただけだから大丈夫だよ」
彼女の名前は柊 鏡花、高校3年生だ。その証拠にジャケットの胸ポケット辺りには3年生のバッチが付いている。
『先輩だったのか...』
どうやら彼もそれに気付いた様だ。
だが彼女、高校3年生にしては背は結構小さめで、ジャケットのボタンは全閉じ、スカートも長い。所謂、優等生だったのだ。
しかし彼女も一筋縄では行かない、難のある性格を持っていた。
彼女は1番前の窓際、彼の真ん前にあった机から何かを取り出して学生鞄にしまうとストンと彼の隣に腰を下ろした。
「せ、先輩も興味あります?」
「い、いいの?」
「あ、はい。どうぞ」
「やったぁ、有難う」
そう言って彼女はへにゃと笑った。
だがしかし、ここから既に鏡花の思惑は始まっていたのだ。
彼は丁寧に鞄の奥底に仕舞い込まれたタバコの箱から1本抜き出して先輩に差し出した。
「これを咥えるんだよね」
「あ、はい。僕も慣れてないんでそんなに詳しくないんですけど。火、付けますね。」
一言添えてから彼は脈打つ心臓の鼓動がバレない様に、タバコに火をつけてあげた。すると彼女はすぐにゲホゲホとむせ返して口からタバコを離した。
「ひぃぃ、やっぱり最初てこんな感じなのかな、全然良さが分からないや。僕はタバコ、好きなの?」
「いや、父さんが吸っててそれで机の上に置いてあるの見つけちゃって1箱まるまる取ってきちゃいました。」
「じゃあもう数本しか残ってないんだ」
「はい、あと2本だけ」
彼は吸い始めてこれが3回目。何処と無く心が落ち着く感じがあって今尚、吸っている様だ。
だがそれも結局は自分で自分の承認欲求を満たしているに過ぎず、別に落ち着いてる訳でもなんでも無いのだ。
「なんで、僕は吸い始めたの?」
「や、なんか、元々カッコイイなぁとは思ってたんですけど、こう...ハメはずしたいなぁみたいな」
この発言がその証拠である。
柊 鏡花もこの時、私と同じ考えを巡らせていただろう。『あぁ、こいつは厨二病なんだな』と。
確信を得た彼女は彼を手のひらで踊らせ始めた。
「えぇ、意外とやんちゃなんだね」
「ぼ、僕のこと口説いてます?僕、性悪男とかじゃないですよ?」
口説いている筈が無い。まるで彼が自ら彼女の掌で踊っている様だ。
「あはははは。今時の女の子は性悪男を好きになりやすいとか、そんなのないよ。」
そう言いながら彼女はまた口にタバコを戻して涙目に、少し咳をしながらタバコを吸った。
「今時の女の子は強いよ、男の子が思うよりも」
「そうなんですか」
「僕はどんな女の子が好きなの?」
「そう...すね...目立たないけど可愛い
言い終わった直後に恥ずかしさが込み上げてきた。ふとのぞいた、タバコを吸っている先輩の姿は儚そうに見えて、小さくて、可愛いなと思った。こういう人を好きになる人もいそうだな、と思った。
だがこういう人を好きになる人、それはもう彼自身のことである。正に特大ブーメラン。既に、彼は柊 鏡花に恋に堕ちていた。だがそれすらも気付いてない。また、彼女の「やんちゃだね」発言は彼を意識させる為であって心底そんなこと思ってもない。精々彼をイタいと思っている程度だろう。
そう、彼女こそ彼よりも数倍、頭がキレる性悪女なのだ。
「ごめんね、恥ずかしかったよね。ははは。実は私、今日告白されたんだ」
「え?」
あぁ、やっぱりモテる人なんだ。タバコ吸ってカッコづけて、他の男子とは違うとか思ってたけど、そんなことは無いんだ。僕もまだまだ子供で、高校生になったら何か変わると、変われると思ってたけどそんなことは無かった。満足して無かった訳じゃないけど、何処と無く自分に期待してた所があったから少しショックだった。
イタイ自分を顧みられたのは評価に値するが、ここまで来てもまだ愚かな彼は自分の恋心に気付かない。
逆に彼女は彼が既に自分に惚れている事に勘づいている。自意識過剰とも思えるが決して間違ってはいない。
「これで、告白、6度目なんだよね」
タバコを口から離して彼の方を見て彼女は言った。
「え!?」
「ビッチじゃないよ。初めて付き合った人以外は全員振ってる。皆、私が儚く見えるんだって。危うく見えるんだって。」
正に彼の事だった。褒めて惚れさせて下心をバキバキに砕くえげつない手法である。
だが鈍感な彼はそんなことにも気付かない。
そしてどんどん、どんどん彼女の化けの皮が彼女の手で剥がされていく。彼はそれに驚きを覚えつつも、その度に深みにハマっていっている様だった。
勿論、彼女が彼と付き合いたい、など邪な気持ちは1寸たりとも無い。ただ彼女は、病んでる自分に酔っている彼の心をズタズタに引き裂きたいのだ。
これが彼女の難のある性格の正体である。
「そういう人て大概、プライドが高いんだよね。ここ、進学校だから私の方が良い順位取ったり、足が速かったり、色々できると逆に困るんだって。私、告られたのに初めて付き合った人にこっぴどく振られちゃった」
そう言って今度は困った様に笑った。
彼女もその時まで自分が異性に「儚い」、「危うい」と見られてるなんて思いもよらなかっただろう。その時から彼女の異性を見る目は180度変わってしまったのだ。
「だから今度は私から恋愛したいんだよねぇ」
自分の魅力は儚くて、危うい所だが逆にそれしかない。それが男性を燻り、それしか男性を燻ることしか出来ない。そんな忌々しいものがあるのなら一生、受け身の恋愛では自分が相手を好きになる事はなくて満足する恋愛はできないと踏んだのだ。
彼女は立ち上がってジャケットの前ボタンを開けて、スカートを曲げ始めた。そして彼から数歩離れ、1回回ってみせた。
「どう?」
その姿はまるで彼女の心そのまんま。
今度の彼女はスカートは膝がギリギリ見えて、ジャケットの前ボタンが全開で、カッターシャツの第1ボタンも空いてる。数分前とは見る影も無かった。
「援交してそうじゃない?」
「え、えんこっ...」
やっぱり彼女の儚さはどこかで消えてなくて、消すことができないのだ。
だが彼女は自分の承認欲求を満たす為に忌み嫌いながらもそれを餌にして、今日もかけがえのある男性を釣り上げている。もはや、忌み嫌っているのかすら怪しいが、やはり疎ましくは思っていた。
「実際はしてないよ。スカートを折ったのも前ボタンを全開にして他人に見せたのも初めて。けどしてみたかったんだよね。誰かに見せれて良かったぁ。」
次はへにゃと笑った。
「これあげる。」
そう言って彼女は鞄の中から一通の手紙を取り出した。
「忘れ物」
表には柊 鏡花ちゃんへ、と書かれていて、裏に名前は無かった。ラブレターなのは言わずもがなだった。
これが彼女から彼に宛てられた、君の恋は絶対に叶いません、という失恋のメッセージだということは鈍感な彼にはやはり気付けなかった。
「え、これゴミですか?」
冗談半分に問う彼。
「うん」
それに満面の笑みで答える彼女。
「じゃあ私そろそろ帰るね。」
「あ、はい。さよなら...」
彼女はこれで彼は気付いただろうと思った。しかしそれが彼女、唯一の誤算だった。
呆気なかった。時刻を見るとまだ10分程度しか話してなくて、けど僕にはそれが1分よりも短く思えて、まだ話したりなかった。だから思い切って、
「あ、あの...」
「?」
彼女は不思議そうに彼に振り返る。
「ら、LINE。良かったら教えて下さい」
彼はそう頼んでみたのだ。彼女は吹き出しそうな笑いを堪えながら言った。
「嫌だ。女は見掛けによらず意外と強い生き物だし、タバコがなくったって生きていける女子もいるの。君みたいなケツの青いガキ、こっちからお断り。」
これが彼女が彼へ宛てた最後のヒントだった。
彼女は自分に惚れる自意識過剰でかまちょで厨二病な彼と元カレを承認欲求の餌にすると共に嫌っていたのだ。
だが男で承認欲求を満たそうとするそんな彼女も中々のかまちょで厨二病だし、それが肯定派多数なだけであって私はそんな彼女のことは大嫌いだった。
そして彼女は微笑みながら帰って行った。
あの時に残った2本のタバコは自室の机の中に今でも大事にしまってある。それは先輩との思い出の象徴であり、黒歴史の象徴であり、自分への戒めでもあった。
あの後、家に帰宅して先輩との余韻に酔いしれていた時、ふと全部に気付いたのだ。その時の恥辱、屈辱、後悔といったらこの上ないものだった。
社会人になってタバコを吸う人間に幾度となく出会うが、その度にこの黒歴史が思い起こされて、悶え死にそうになる。あれから二度とタバコは吸っていないし、吸う気もない。だが、あの時に急いで消そうとしたタバコの火の火傷は未だに私の足に小さく残っている。
もう2度と会いたくないし、あんな彼女のことは今でも大嫌いだが、心の隅でまた会いたいとも思ってしまう、そんな馬鹿で幼稚な私(彼)もどこかに居た。
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