「パーティーを追放されて田舎でスローライフがしたい」
天蛍のえる
「パーティーを追放されて田舎でスローライフがしたい」
酒場の片隅で安いエールを煽った男が吐き出すように言った。
これが知らない相手であればどうという事はないのだが悲しい事に彼は私のライバルで、私が一度も勝った事のない相手であった。
「そんな事言って……あんたがパーティー追放される訳ないでしょ。スローライフは世界を救ってからすればいいじゃない」
そう、こいつは勇者パーティーに必要不可欠な男、何があっても追放されないし出来ない。
何故なら
「あんた勇者なんだから」
城塞都市の解放者、人類の希望、生きる伝説。
数々の異名を持つその男は再び手にしたジョッキを傾け
「勇者でもパーティーを追放されて田舎でスローライフがしたい!」
力強く間の抜けた文言を放った。
「そう……で、何があったの?」
彼との付き合いはそこそこの長さになる。
わりと突飛な性格ではあるが勇者という肩書きに誇りを持っている事、正義感が強く行動力に満ちている事を知っている。
そんな彼が田舎でのんびり暮らしたいなんて言い出すとは思っても見なかった事だ。
「真面目なあんたがそんな事言い出すって事は、最近入った騎士様が強過ぎてへこんでいる……とか?」
彼のパーティーは彼と3人のメンバーで構成されている。
勇者と共に城塞都市を解放した女僧侶
魔族に捕らえられていた所を勇者に救われた魔法使い
旅の最中出会い共に四天王の襲撃を切り抜けた流浪の騎士。
魔王討伐は命懸けだからと誰にも助力を求めなかった勇者に無理矢理同行を認めさせた強かな面々である。
その中でも流浪の騎士とかいう胡散臭い美中年はそれまで勇者が担っていた後衛の二人を守る壁役を一手に引き受け、パーティーの頼れる前衛としての立場を確立した。しかも剣も槍も弓も使いこなす武芸百般、更に魔法まで使える万能騎士。
勇者と呼ばれてはいるものの飛び抜けた力があるわけではない彼が妬心を抱くのも仕方ないと思っていた。
返事は思っていたものとは違っていた
「強いだけならいいんだけどな」
「へぇ?」
含みを持たせた言い方に思わず声が漏れた。
彼が不快感を現す事は滅多に無い。
勇者としての矜持か性格的なものかはたまた処世術かは知らないが、彼にもそういう感情がある事、酒の席とはいえそれを見せてくれた事に些か心が浮き立つ様な
「あいつの持ってる剣、聖剣だったよ」
浮わついた気持ちが一瞬で落ち込んだ。
聖剣?勇者の為に精霊が鍛えたとされる伝説の剣。必ず勇者の元に巡り来ると言われている?
なんだそれ、それじゃまるで騎士が……いや、勇者の元に巡って来た事には違いない。それだけでは騎士が『そう』だとはわからない。
「でも『勇者』はあんたでしょう!」
「俺は王様に勇者の称号を贈られたけど、神様にも精霊にも認められた事は無いんだ」
会った事もないけどと笑って杯を呷る。
へらへらと笑いながら追加を頼む勇者に苛立つ、誰が一番傷付いてると思っているのか
「じゃぁ私が認めてあげる、あんたが勇者よ。神やら精霊やら知らない奴等に認められるよりよっぽど有り難いでしょ。」
言葉にすると恥ずかしくて酒杯を呷って誤魔化す私に勇者は困った様に微笑んで言った
「でもおれ、魔法使いみたいに聖魔法も使えないし」
「そりゃあんた魔法自体得意じゃないで……待って、使えるの?あいつ」
気軽に使えるぞと頷かれたが、それは選ばれし者のみが扱えるとされる伝説の魔法だ。
魔を根源として聖なる力を生み出す対魔魔法、魔族に対する切札と言えるが……
「人界では失伝した魔法じゃない!神にも精霊にも会ってないっていうのに何処で覚えたっていうのよ!!」
「わかんね。あいつ昔のことは話してくれないし、聞かれたくなさそうだし。きっと俺とは違って色んな事情を抱えてるんだぜ?」
「街を支配してた土の四天王を倒したら勇者の称号を与えられて、そのせいで街に居られなくなって旅に出たのも大概な事情だと思うけどね」
勇者として旅立つ原因となった話を振ってやると苦味潰した様なしかめっ面をしていた
「茶化すなよ、出生の話だ。俺みたいな普通の農家の三男坊なんかとは違う、生まれついての何かがあんだよアイツら。」
「そうね、騎士も魔法使いも「僧侶もだ」……あの娘も?」
魔族に支配された街を解放せんと立った時から、常に勇者の隣に寄り添う少女の顔が浮かんだ。
「孤児院育ちって聞いたけど……」
「そうだな、顔も知らない両親よりも孤児院のみんなが家族だって言ってた。優しくて勇敢な娘なんだ…」
そう語る勇者の瞳は優しさに満ちている様にも苦しみに曇っている様にも見えた
「俺がどんなに声をあげても誰も話なんか聞いてくれなかったのに、あの娘が話し掛けるとみんなその気になってるんだ。『俺達の手で魔物から国を取り戻そう』って。俺が言った時は『俺達は生きていくので精一杯なんだ』って言ってた癖に」
「あー、私も言われたわ……って、ちょっとそれ初耳なんだけど!?あんたが説得したんじゃないの!?」
衝撃の事実である。
街から魔族を追い払う為人々が一丸となって戦ったあの土の四天王との決戦。
反抗する気概を失っていた民衆を奮い立たせ、勝利へと導いたからこそ勇者と呼ばれたのではなかったのか
「『あなたに勇気を貰いました。どうか私も一緒に戦わせて下さい』だったかな、あん時はすげー嬉かった。まだ1人だけど、いつかみんなで力を合わせて、街を取り戻せるんじゃないかって思ったよ」
「そのいつかが数週間後だとはそりゃ思わないわよね」
「気が付いたら決起の準備終わってるし、レジスタンスの旗印にされてるし、土の四天王を倒す役になってるし」
「あんたがそんな状態でよく勝ったわね、私たち」
勇者誕生の裏にそんな裏話があったとはまるで知らなかった。私も大概フシアナだ。
「頑張ったよ俺!そんで勇者って呼ばれる様になってさ、みんなに期待されて、プレッシャーもすごくて、こうして旅立ったんだけどさぁ……俺、勇者かなぁ?」
聖剣は騎士を選んだ、聖術は魔法使いに宿った、勇者としての功績は僧侶がもたらした。だから自分は勇者と呼ばれるには相応しくないと、別の誰かが呼ばれるべきだと思っているのだろう。
答えねばならない。
彼と同じ様に城塞都市で魔族への反抗を唱え、小娘の戯言と一蹴され、彼によってレジスタンスが生まれた時、レジスタンスが土の四天王を倒した時、彼が勇者と呼ばれた時、『どうして自分じゃ駄目だったのか』と羨んだ私だから。
勇者として旅立った彼を追って『勇者と手柄の取り合いをする』だけのパーティーを作った私は。
彼に答えなければならない。
「あん『て、てぇへんだぁ!』……」
酒場の扉を突き破るように転がり込んで来た男の叫びが響いた。厄介事の気配に彼への返事は霧散し、言葉にならぬまま消えてしまった。
代わりに口をついて出たのはこの小さな酒宴の終わりを告げるものだった。
「行くの?結構飲んでたみたいだけど」
すでに勇者は酒杯を手放し、代わりに剣を掴んでいた。溺れる様に呑んでいた割に体がふらつく事もないが、それでもいつもと同じとは行くまい。
「うん、ちょっと飲み過ぎたかも知れない。でも放っておけないだろ?」
「……仕方ないわね。わかってるだろうけど、酔っ払いが二人いても勇者一人分にもならないからね」
慎重に行動する様に釘を刺すことは忘れない。
「わかってるって、パーティーを追放されて田舎でスローライフを送るまで死ねないからさ」
「魔王を倒すまでにしときなさい」
クエスト
二人は軽口を叩きながら、転がり込んできた厄介事に向かって行った。
ーーーーー
キャラクター紹介
・勇者
神にも精霊にも運命にも選ばれなかったけど勇者と呼ばれてしまった青年。
城塞都市に冒険者デビューしに来てデビュー前に街が陥ち、支配された街で強制労働に従事しながら人々に反抗を訴えて回れる体力お化け。
ふとした事から孤児院育ちの僧侶と出会い、賛同者を得てからとんとん拍子に話が進み、気が付けば魔族に立ち向かう為に立ち上がったレジスタンスのリーダーになっていた。
それから街を支配する土の四天王を戦いの末撃破、勇者と呼ばれる様になる。
本人はそのまま街で冒険者をするつもりだったが、気が付けば「勇者は魔王退治の旅に出る」という雰囲気が出来上がっており旅立たざるを得ない状況に立たされていた。
得意な武器は剣だが攻撃よりも盾での防御が得意
・私
城塞都市で中堅冒険者をしていた女性、魔族の奇襲で街が支配されたが準備さえすれば戦えると考え反抗計画を立案するも抵抗の意思が折れた人々の心を動かす事は出来なかった。
失意に沈みながら一人でも魔族を駆逐してやると準備を進めていたら知らないうちにレジスタンスが出来上がっており、そこに協力する形で合流する。
その際「何で今更」とか「私の言葉は無視したのに」などとコンプレックスを抱える事になる。
街を支配していた土の四天王を倒したあとレジスタンスのリーダーが勇者として旅立つと知り、今度こそ自分の方が上手くやってみせると旅立ちを決意する。
勇者に競うように旅をするうちに次第に目的が「勇者じゃなくても世界を救えると証明する」事になりつつある。
・騎士
自称流浪の騎士、どんな武器も使えるし魔法も使える上伝説に語られる聖剣を持ってるごく普通の流浪の騎士。
実は神に選ばれた魔王を倒す運命を背負う『勇者』だが既に一度魔王に敗れている。奇跡的に命を繋いだがそれまで自分を築いてきたものがポッキリ折れてしまい戦う事を諦めていた。
自分にトドメを刺しに来た風の四天王と戦う、勇者と呼ばれるただの青年の生き様に心を打たれ彼に仕える事を決意する。
・魔法使い
謎の施設で魔族に囚われていた少年、高い魔力と膨大な知識を持つが過去については何一つ口にしない。
実は魔族が作り出した人工的な『勇者』で数代前の勇者の細胞から培養されたクローンである。魔族の秘儀であれこれ強化した上で精神に魔族への服従心、恐怖心を植え付けられていた。
勇者に助け出されて、魔族が絶対的な存在であるという前提が崩れ、次第に恐怖心よりも怒りや反骨心が強く表れる様になり、勇者についていく事を決意した。
魔族によって膨大な知識を植え付けられている為人間界では失伝した知識などにも精通している。
・僧侶
城塞都市の孤児院出身のシスター、ごく普通の孤児だが初代勇者の末裔。
魔族の支配下で孤児院の家族が苦しめられているところを助けてくれた青年を『自分を救ってくれる勇者だ』と認識した結果、勇者としての才能を青年の為に全力で使える様になる。
人々へのカリスマ、トラブル吸引体質、魔族への抵抗力、勇者としての資質がすべて青年を通して発露する。つまり青年にとっては疫病神に近い。
・勇者だけどパーティーを追放されて田舎でスローライフがしたい
できるわけがない
「パーティーを追放されて田舎でスローライフがしたい」 天蛍のえる @tenkei
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