水晶茶

安良巻祐介

 自販機で「水晶茶」という名前のお茶が売られてあって、物珍しく思い、購入した。

 水晶水ならば聞いたことがあるが、お茶とは。しかも、パッケージの謳い文句を見るに、お茶なのに無色透明の液体らしい。面白い。

 がこん、と音を立てて受け取り口に落ちて来た缶は、薄青色の爽やかな見た目のわりに、普通の缶ジュースに比べて、やけに重たい。

 聊か驚きながら持ち上げて、プルトップを起こし、さっそく口へ運んでみる。

 冷たく甘い、しかしそれでいて、驚くほど後味に何も残らない、山頂の冬の空気を胸に吸い込んだ様な味だ。缶を持っている手に感じる重みと合わない、というより質量を感じない飲み物だ。

 不可思議な感覚に混乱していると、やがて、水晶茶を飲み下した口、喉、そして胃の腑の中が、薄荷を噛んだようにすうっとしてきた。

 その、すうっとした感覚が、だんだんと硬質できらきらとした、光を呑んだ様な感覚に変わってきて、おっなんだなんだ、なんだこれは、と思っているうちに、手足が思うように動かなくなって、ぽっかりと口を開けたまま、身体の他の部分も全て、固まってしまった。

 助けてくれ、という言葉を吐くより早く、全身がすうーーっと透き通って行って、やがて人型の水晶の塊になるまで、さほどの時間はかからなかった。

 ごろん、と手から落ちた缶が、地面へと転がる。

 空きっぱなしになった口の中、喉の奥が何やらむずむずと痒くなって――それが感覚としての最後であった――そこからぬるり、ふゆり、と、半透明の寒天のようなものが抜け出して来て、口から外に出た途端、何もわからなくなった。


 水晶塊から抜けて、空にぽかりと浮いた人魂を、虫取り網を持った少女がやってきて、網に掴まえてしまった。

 女の子は嬉しそうに笑いながら、駆け去って行った。

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水晶茶 安良巻祐介 @aramaki88

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