終わった夏と始まる花火
紗沙神 祈來
終わった夏とはじまる花火
時刻は19時。
季節は夏真っ只中で夜でもこの時間帯なら多少は明るくなっている。
ただその光もほんと少し。部屋の電気を付けなければ暗いのは当然。
私はそんな薄暗い部屋のベッドに横たわっていた。
体調は悪いと言えば悪い。しかしそれは身体の不調というよりも精神の不調だろう。
もうあれからどれくらい経つのか。
ふと思いカレンダーを見る。
日付は8月15日。
ああ、今日は夏祭りか。と、気の抜けたように思う。
その日の枠は赤い丸で強調されていた。
そしてそこには――
「夏祭り&誕生日!!」
と書かれていた。
――――――――――――――――――――
「なぁ、お前彼氏とかいんの?」
とある日の下校中、幼馴染の
「はぁ?いたら何よ。別にどっちでもいいでしょ」
「なんだよそれ。教えてくれたっていいだろぉ」
「私がそんなこと教えたところで得るものなんてないでしょう。それとも何か得でもあるわけ?」
私がそう聞くと彼はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに手を組んだ。
「お前に彼氏がいるかどうか聞いて俺が得すること。それはすばり、俺がお前に告白できるかどうか決まることだ」
「.....は?」
告白できるかどうか?
私は彼が言ったことが理解できなかった。
黙ること数十秒。
ようやく今自分が置かれている状況が理解できて体が芯から熱くなった気がした。
「えっ、ちょ、告、白.....?」
「そうだって言ってんだろ。俺はお前がずっと好きだったんだよ」
「嘘.....なんで.....?」
「なんでって、それ言わせるのか.....」
少し顔を赤らめて俯く彼。
顔が赤いのは私も同じなのだろうかと思う。
「そりゃ、物心つく前からずっと一緒で、傍で見てきて、まぁとにかく好きなんだよ!」
ああ、と。私は勝手に納得する。
結局奈和は奈和なんだ。
高校生になっても昔の肝心なところで投げやりで、でも自分の思いに正直な彼。
それと同時に私もそんな彼が好きなんだなと自覚する。
一緒に居たいと思う。話してたい、笑っていたい。これからどんなに辛いことがあっても彼と一緒なら乗り越えられる。そう思った。
だから私は今自分にできる精一杯の笑顔で、
「私も、奈和が好き。だからこんな私でも、彼女にしてくれますか?」
「もちろん。ここまでくるのに結構時間かかっちまったな.....」
それはお前がヘタレだからだろ、と笑いながら言う。
こんな幸せがずっと続けばいいのに。
そう祈るのは自然なことだろう。
けれど現実は甘くない。
私と彼が恋人になって数ヶ月。それを身をもって知ることになる。
____________________
ドーン、ドーン。ドーン、ドーン。
外から聞こえる音。
夏祭りも終盤、花火が打ち上げられている。
本当なら私だって、浴衣を着て彼と、奈和と縁日を回って花火を見るはずだった。
もうそれは叶うことは無い。
それを今一度思い知らされた気がして無性に腹が立った。
どうしようもない怒り。
彼が死んだのは誰も悪くない。
いや、悪いのは私自身なのかもしれない。
行き場のない怒りを自分にぶつけることしかできない。無力な私。
そして何もできすに衰弱し、亡くなった彼。
もう何を信じて生きればいいのか分からない。腹が煮えくり返るような無性の苛立ちと憎悪に吐き気がする。
.....私、何か忘れていないか?
突然そんな考えが脳裏をよぎる。
しかしそんなのも杞憂に終わり、また過去の記憶が再生される。
____________________
奈和は病気で死んだ。
医者に身体を見せた時には既に手遅れだったらしい。
らしい、と言うのはそれが聞いた話だからだ。
結局私は彼のことを何も知らなかった。
知った振りをしていい気になっていただけだったのだ。
「一緒に夏祭り行こうって、花火見ようって約束、したじゃない.....。なんで死んじゃうのよ.....!」
葬式でそう言うのが精一杯だった。
何もかもが限界だった。
彼はいない。
私は何もできなかった。
自分の無力を呪った。
何も出来ない自分を恨んだ。
これからどうすればいいのだろう。
そんなことで頭がいっぱいだった。
だから私は、とても大事なことを忘れていたのかもしれない。
____________________
ここまで思い出して、私は自分の中の違和感の正体に気づいた。
なぜ、忘れていたのか。
私と彼を繋ぐ、1番大切なものだったではないか。
外を見る。まだ花火は上がっている。
私は急いで外に出た。
家から縁日までは徒歩で15分程度。
歩いていては間に合わない。
全力で走った。
走って走って走って。
足が悲鳴を上げるのも無視してただひたすらに走った。
これは自分への戒めなのかもしれない。
彼が居なくなってなにもかも嫌になって。
それを理由にして自分を責めて。
そしてそれすらも理由にして何もしてこなかった自分への。
縁日が行われている神社の前まで来ると私は隣にある獣道を通る。
坂に足を取られながらも全力で駆け抜けた。
途中で転んで泥だらけになっても走るのをやめなかった。
そして着いた山の上。
そこに生える1本の大木。
木の幹を掘り起こす。
そして出てきたものは、俗に言うタイムカプセルだった。
中を開け、入っていたのは手紙。
内容は私に向けたものだった。
『これを読んでいるってことは俺はもう死んだか、俺とお前が結婚した時ってことになるのかな。実は、俺ずっと前から持病があってさ。どっちにしろもう生きれる日が少ないんだ。それこそ奇跡が起きない限りもうすぐで死ぬよ。まず初めに謝っておく。ごめん。ほんとは君に1番に言うべきだったのかもしれない。けど怖くて言えなかった。もう君の笑う顔も、いつも通りの声も、そして罵倒も。それが怖くてしかたなかった。だから言わなかった。いや、言えなかったのかもね。俺は臆病だから。そしてありがとう。君がいなかったら俺の心はとっくに折れてた。正直こんなやつと一緒にいてあんまり楽しくなかったでしょ?(笑) それでも俺は君に助けられた。なんでもない笑顔に、ただそばに居てくれる姿に助けられた。だから何度でも、死んでも言うよ。ありがとう。俺の最後の願いは君が幸せに生きてくれることだ。死に際までワガママで申し訳ないけど、どうか俺のことなんか忘れて幸せに生きてください。小さい時から、それこそ誕生日も一緒でずっと一緒に生きてきて楽しかった。それじゃあね。会うとしたらあの世かな。すぐにこっち来たら許さないからね?覚えておいてね。最後までありがとう――――
―――
もう、手紙は涙で濡れていた。
どうして、どうして死んでから私の名前を呼ぶんだよ。ずっと、ずっとお前か君で、ずっとずっと名前で呼んでもらいたかったのに。
「死んでからじゃ遅いんだよ.....。生きてる時に、呼べってんだよ.....!くっ.....うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
最初で最後の絶叫。
涙が枯れても私は泣き続けた。
そんな私を他所に、花火はクライマックスを迎えていた.....。
終わった夏と始まる花火 紗沙神 祈來 @arwyba8595
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